3
シキョウに連れられて、ジャスパーはシキョウの家の奥に向かう。そこには小さな小部屋がいくつか設置されていた。
「ここは?」
ジャスパーの問いには答えず、シキョウはその小部屋の1つの扉を開けた。その向こうには2人の人間の少年がいた。痩せ細ってはいるものの、世話はされているようで栄養状態は悪くはなさそうだ。
「彼らはこのメタリスで暮らしていた民だ。今は、訳があって地上での生活ができずここで匿っている」
「おい、シキョウ。自分だって、特定の人間に肩入れしているじゃないか」
ジャスパーの言葉にシキョウはムッとしたように眉間にシワを寄せた。
「違う。最低限の衣食住を保証してやっているだけだ。それに、我が視認できる者ならば種族を問わず不特定多数をここに住まわせている。この2人は兄弟で、兄の方が我を視認できている。死にかけていたところを拾ってここへ連れてきた」
シキョウが説明している間にも、確かに兄と思われる少し身体が大きい方の少年はジャスパーをジッと見つめていた。
「君は、我らが見えるのだな」
「は、はい……」
「名は?」
少年は少し口籠もって、弟の肩を抱き寄せた。
「ぼ、僕はナット・シャフトです。こっちは弟のボルト、です」
「そうか。我の名はジャスパーだ。よろしくな」
ジャスパーはナットと視線の高さを合わせる。ナットはジャスパーの小さな笑みに安心したのか、こくりと頷いてボルトの肩を抱いていた手の力を緩めた。ジャスパーはその様子を見て、蹄に魔力を集めた。
「土人形」
その詠唱と共に洞窟の壁がカタカタと揺れる。その揺れに驚いた兄弟が身を寄せ合うと、2人の目の前にちょこんと座るジャスパーの等身大人形が現れ揺れが収まった。
「これ、は……?」
ボルトは興味津々といった様子でジャスパーの土人形をつんつんとつつく。ナットは弟のそんな様子に優しく微笑んでその頭を撫でてやる。
「今ここにいる、精霊さんの姿だよ」
「ああ。ボルトには我が見えぬからな。挨拶代わりだ。よろしくと伝えよ」
「ありがとうございます。ボルト、ジャスパーさんがよろしく、だって」
「よろしくお願いします!」
今まで精霊の存在を感じたことがなかったボルトは嬉しそうに土人形を手に抱いて挨拶をする。その手つきは優しくて、土人形を絶対に壊さないという強い意志があった。
「ボルトはナットが大好きなんだな」
ジャスパーは呟く。そんなジャスパーの後頭部に、シキョウの翼がバシッとクリーンヒットした。
「なんだ。痛いぞ」
「なんだではない。我の家を壊すでないわ。ここには他にも暮らしている者がおるのだぞ」
その呆れたような表情にジャスパーは肩をすくめてみせた。
「すまないな。それで? シキョウ、この子どもたちがなんなのだ?」
「この子だけではない。我が保護している全ての者が同じ問題を抱えている。お前の契約者が本当にお前が肩入れするだけの力を持つ人間だというのであれば、この者たちを助けてみせろ」
シキョウの言葉にジャスパーは眉間にシワを寄せた。その依頼を受けることになるのも、発明をするのもジェマだ。ジェマならばやると言ってくれるだろうと分かっているけれど、まだ詳しく状況を聞くこともできていないのに安請負をすることはできない。
「詳しく聞かせてくれ」
「自信がないか?」
「いいや。うちの契約者は依頼者に親身になって寄り添う主義でな」
2人の視線が鋭くぶつかり合う。自信に満ち溢れた力強い視線を送るジャスパーに、シキョウは諦めたように小さく息を吐いた。
「分かった。ついてこい」
シキョウはそう言うと、ジャスパーを連れて洞窟の外へと向かった。メタリスの端。そこにもたくさんの機械が置かれている。けれどそれらは全てが破壊されている。どれも断面が美しく、一部の部品が消滅したような奇妙な痕跡が残されている。その様子にジャスパーは眉を顰めた。
「これは……破壊したのは、シキョウだな」
「……ああ。これは毒だ。これが彼らの目を壊したんだ」
シキョウの瞳は冷ややかで鋭い。ジャスパーはその機械を調べるために近づいた。その機械は壊れすぎていて何がいけないのか分からない。
「これと同じ仕組みのものは他にもあるのか?」
「ああ。この国にはありふれたものだ。この毒が蔓延し続ける限り、この国では彼らのように目を壊し、太陽の光の下で生活できなくなる者は増え続けるだろう」
哀れみだけでなく、どこか嘲笑うような口調。その視線がどこかへ向いた。ジャスパーはその視線を追いかける。森の向こうに広がるのは機械化された王都。そこにはきっとここにある機械の何倍もの機械がある。
シキョウの憂いがそこには集まっている。そしてその毒を蔓延させ続けている根源であろう王家の人間がそこにはいるはずだ。
ジャスパーにとって、最も大切なのはジェマだ。それは断言ができることだった。けれど他にも大切なものがある。
この世界の始まりとも言われる5柱の大精霊の一角として。この世界を、この世界に生きる人たちを守ること。それはジャスパーやシキョウがこの数千年の間務めてきたことだった。