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 シキョウが手振りをすると、闇の中にぽっかりと浮かぶ家具。普段は闇の中にひっそりと身を潜めているそれらが姿を現したのはシキョウがここで暮らし始めてから、来客があるときだけ。



「悪いな」



 ジャスパーはどっかりと椅子に座る。シキョウがお茶を出すと、ジャスパーはそれを啜る。



「それで? 用件はなんだ?」



 シキョウが眉間にシワを寄せると、ジャスパーは小さく頷いた。



「重力の精霊魔石が必要でな。持っているだろう? それが欲しい」



 ジャスパーの言葉にシキョウが肩をすくめた。その表情はどこか馬鹿にしているようで、ジャスパーの眉がピクリと震えた。



「重力の精霊魔石の希少さはお前も分かっているだろう?」


「分かっているさ。だからシキョウに頼みにきた。希少な精霊魔石の中でも、最も精密なものを作ることができるのはシキョウだからな」



 ジャスパーが信頼を伝えるようにジッと見つめるものの、依然としてシキョウは嘲笑うようにジャスパーを見つめる。



「たった1人の人間のためだけに我に力を行使しろと? いくらトンとはいえ、馬鹿にするのも大概にしろ」



 シキョウの目つきに鋭さが増す。けれどジャスパーはその目つきに怯むことなく見つめ返した。



「別に、1人の人間のために動いているわけではない。その人間のために動くことで、この世界の全ての人間のためになると心から信じているからそうしているんだ」



 ジャスパーの言葉に、シキョウは怪訝そうに眉間にシワを寄せた。



「それはつまり、どういうことだ? お前は何に手を貸している?」



 鋭く追及するような圧にもジャスパーはいつものどっしりとした態度を崩さない。それどころか、顎を上げて自慢げに笑った。



「我の契約者は道具師だ」


「道具師? たかが道具師に何ができる?」


「たかが?」



 これまで穏やかだったジャスパーの周りの空気が、ピンッと張り詰めた。シキョウは多少の動揺を抱えながらも顔には出さず、ジッとジャスパーを見つめた。



「たかが、だろう? 王家のように国1つを動かすだけの力もなく、冒険者のように秘宝を見つけるでもなく。農家のように暮らしの必需品を生産し続けるわけでもない」


「生活を豊かにするのが道具師だ。そのアイデアと技術がなければ、文明の発展も文化の発展も稚拙なものになるだろうな」


「どうだろうな? 道具師という職が生まれる前から、人々は自ら生産性の高いものを生み出して発展してきた。その思考力を奪うだけの職だろう?」



 何千年もこの世界を見守り続けた2柱だからこその言葉の重み。けれどジャスパーは知っている。どんな職の中にもカリスマというものが存在するように、道具師の中にも他に類を見ない者たちが存在しているということを。その姿を、どの精霊たちよりもずっと近くで見守ってきた。



「専門職というのは、必要だからこそ生まれるんだ。人々が各々試行していたものを代わりに思考して構築し、生産する。それによって欲しがっていた1人だけでなく、他の者にも技術が流れる。1人だけが発達した技術を持つ世界ではなくなる」


「技術を誇示して売り捌いているだけだろう?」


「それの何が悪い。道具師たちが技術を売ることでアイデアを持つことも難しかった者たちが助けられる。それに、道具師たちは技術を誇示しているわけではない。技術を蓄積し、経験を積み、その経験からさらに上質なものを生み出そうと日々研鑽している。専門職の強みは、その経験だ」



 ジャスパーが熱く語ると、シキョウは黙り込んだ。そして、ゆっくりと考え、口を開く。



「そうだとしても。道具師に手を貸したからといって世界が良くなる保証はない。何度も見てきただろう? 人が悪に染まっていく瞬間というものを」



 人間誰しも、善と悪の二面性がある。その大小の差はあれど、大抵の人間は善悪を持ち合わせているものだ。


 ジャスパーは知っている。ジェマにだって善と悪の二面がある。道具師として無邪気に前を向き続ける一面の他に、心の奥底には仄暗い闇が隠されている。未だ顔を出していないその悪の一面が表に出ることがあれば、ジェマは犯罪者となってしまう。ジャスパーはそれを止めてあげなければならないと決意している。


 ジャスパーにも、自覚している悪の一面がある。精霊は人間の味方。人間が大地を穢さない限りには静観し、ときには手助けをする。けれどもしも万が一、人間が大地を穢すようなことがあるならば大地を転覆させるくらいの怒りを覚えるだろう。


 実際に、何度か意図的に地割れや地震を引き起こしたことがあった。それに誘発されて津波や土砂崩れのような大災害が発生すると分かっていながら、実行した。いくら寛容なジャスパーでも、許せないことがある。


 善と悪。そんな簡単な言葉では言い表せないけれど、悪いと分かっていながら手を染めることというのはよくあることだ。



「分かってはいる。でも、あの子はそんなことのために希少な素材を使うなんて馬鹿なことはしないくらいには、道具師という職を愛している」



 ジャスパーは断言できた。その揺らぎのない眼差しに、シキョウは深々とため息を漏らした。



「良いだろう。重力の精霊魔石はくれてやる」


「そうか。助かる」


「ただし、条件がある」



 シキョウの漆黒の瞳には、挑発的な光が宿っていた。



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