闇の精霊シキョウ
ジェマの申し訳なさそうな表情に、ジャスパーは小さく笑みを漏らした。
「別に、悪くない。我の友人は太古から生きている精霊が多いからな。太古の精霊、特に5柱の精霊と呼ばれる我らのような上位の精霊は力が強いからな。精霊たちの中で、その情報は秘匿とされていることが多いんだ。だから、契約者といえど、ジェマにも話せないことが多いというだけのことだ」
ジャスパーの言葉に、ジェマは頷く。ジャスパーだって話したくなくて話していなかったわけではなかった。それが分かっただけで、少し安心した。
ジャスパーはジェマの気持ちが少し和らいだことを感じて、小さく頷く。そしてジェットに視線を向けた。
「ジェット、我はしばらくジェマのそばを離れることになる。その間、ジェマのことを頼むぞ」
「ピィ!」
ジェットは自信満々に2本の足を上げた。その様子を見安心したように笑ったジャスパーは部屋を出ていく。向かった先は、シヴァリーの元。
「シヴァリー、我は少し出かけてくる。その間、ジェマを頼むぞ」
ジャスパーの唐突な言葉にシヴァリーは驚いて目を見開いたが、すぐに凛々しい顔つきで頷いた。
「分かりました。ジェマの様子はどうですか?」
「今は大丈夫だ。少し感情的になるくらいには焦っていたようだが、ジェマのやりたいことを叶えるために、我が出ることにした」
「なるほど」
何をするつもりなのかは全く分からなかったけれど、シヴァリーは頷いた。ジェマのためなら、というジャスパーの強い意志が瞳からひしひしと伝わってきた。
「ジェマのことは私たちが必ず守ります。だから、心配しないでください。ジェマのために、お願いしますね」
「……話が通じるやつで助かる。あ、それと。あまりハナナをジェマに近づけすぎるなよ? あいつはジェマに色目を使うからな」
ジャスパーが頬を膨らませると、シヴァリーは思わずくすりと笑ってしまった。ジェマのためならと奮闘しようとしている姿も、ジェマに恋する相手を排除しようとしている姿も。父親にしか見えなかった。
「なんだ?」
「いえ。微笑ましくてつい。ハナナのこともよく見ておきますからね」
「ああ、よろしく頼む」
ジャスパーは1度シヴァリーの肩の上に飛び乗り、それから何も言わずに飛び立った。
ジャスパーが向かった先は国外。山を越え、海を越え。隣国メタリスへと飛んでいく。メタリスの中にある最も深い地下洞窟。その最奥部へと潜り込んでいく。
光のない、闇に包まれたじめじめとした空間。精霊によってはここまで来ることさえ耐えられないほど闇が強い。ジャスパーは闇の中を大地の地形を感じながら浮遊する。大地の精霊であるジャスパーには、闇しかなくても大地の中なら周囲の把握が簡単だ。
ジャスパーはふと、人間で精霊よりも身体が大きいジェマは難しいだろうが、小さくて闇属性のジェットならこの場所を自分よりもさらに楽々と通り抜けていくのだろうと考える。ジェマとジェットのことを考えるだけで気分が上がった。
「そこにいるのは……懐かしい奴だな」
ジャスパーが最奥部に到着したとき、ジャスパーにとっても懐かしい声がした。
「久しぶりだな、シキョウ」
ジャスパーが声を掛けると、ジャスパーの目の前に真っ白な梟が現れた。ふわふわとした身体が闇の中で発光するように輝いている。
「それはそちらもな、トン」
「ふんっ、今の名はトンではない。ジャスパーだ」
ジャスパーの答えに、シキョウは眉を上げた。
「ほう? 改名とな? ……その紋。契約したのか?」
ジャスパーの蹄の甲に浮かぶジェマとスレートの紋。シキョウは眉を顰めた。
「ああ。我が怪我をしたところを助けてもらってな。そのときに互いに意図せず契約が成立した。だが、契約者の親子は笑ってしまうくらいの善人でな。我は契約が失敗だったと思ったことはない」
「だが、我々は5大精霊とも呼ばれる存在だ。誰か1人に肩入れするなど、許されないだろう?」
シキョウの鋭い視線に、ジャスパーは肩をすくめた。
「分かっている。だが、どうしても目が離せなくてな。親の方が亡くなってしまって、まだ未成年の娘が遺されたんだ。そのまま孤児院に行くなら離れられたが、親の店を継ごうと懸命に努力していてな。食生活も睡眠も忘れるくらい没頭するんだ。1人になんて、させられなかった」
「……それでもだ。そんな境遇の人間がこの世にどれだけいると思っている」
シキョウの言葉は最もだった。けれど、ジャスパーは首を横に振った。
「事故であったとはいえ、我はあの子の契約者だ。あの子を守る義務がある。それに、あの子はまだ幼いのに大人になり過ぎてしまった。心配で堪らないんだ」
シキョウはため息を漏らすと、くるりと後ろを振り向いた。
「ここへ来たのも、どうせその契約者とやらが関わっているのだろうな。まあ、良い。とにかくこっちへ来い。こんな我の家の前で立ち話なんて疲れるだけだからな」
「ああ、ありがとう」
ジャスパーはシキョウに導かれて、数100年ぶりに訪れるシキョウの自宅へと足を踏み入れた。