11
ハイランドオークの素材を手に街に戻る。騎士団詰め所に戻る前に道具師ギルドでハイランドオークの素材を買い取りに出した。
「これは……凄いねぇ」
ギルドマスターのアイレットは久しぶりに確認されたハイランドオークの素材に感嘆の声を上げる。ハイランドオークは個体数自体が少ない上に、討伐も難易度が高い。それ故に素材の出回りも少ない。
「流石は騎士様ってところかな」
アイレットは肩をすくめながら素材の報酬を計算する。その額の大きさに、ジェマはこの街でどんな希少な素材を買おうかと胸を躍らせる。アイレットの嫌味を含んだ言葉には興味がない。
シヴァリーは変わらず余所行きの笑みを浮かべながらアイレットを注視する。中立そうな雰囲気を出しながらも、実力主義で騎士への嫌悪感が強い。道具師として日が浅いジェマと騎士たちではやや分が悪い相手ではある。
ギルドマスターへの任命権は王国にはない。各ギルドを総括している人物が各支部の長を決めることになっている。つまり、各ギルドの思想を強く踏襲している人物が選ばれていることが多い。王家や騎士への反感が強いギルド支部が多い理由はそこにある。
シヴァリーは黙って何も言わない。ジェマが討伐に参加していたことも、ここでは言わない方が良い。実力至上主義ではありながら、そこにはその力を裏付ける経験が必要とされる。天才は、異端になってしまう。
麻袋に入った報酬を受け取って、ジェマはいつものように微笑んだ。中身を確認するまでもなく、明らかに軽い。
「アイレットさん」
「はい、なんでしょうか?」
アイレットは悪びれる様子もなく微笑む。ジェマはその様子を見て、懐からギルド証を取り出した。
「こちらに登録をお願いします」
「……分かりました」
ギルド証への成果と報酬の登録。毎度行われるこの工程はギルド側の道具師への不正を防ぐための措置。ギルドは職員を守る立場でもありつつ、道具師登録されている道具師たちを守ることも仕事。公平でなければならないと公には言われている。
アイレットはギルド証への登録を行う。ジェマは登録された情報を確認して、にっこりと笑う。
「確かに。ありがとうございます」
納品された物品も渡された金額も正確に記載されている。ジェマが渡された金額の倍以上の金額が支払われたとして記入されている。ジェマはにこやかに微笑んで道具師ギルドを後にした。
「シヴァリーさん。騎士団詰め所から道具師ギルドの本部に連絡はできますか?」
道具師ギルドから離れたところで、ジェマがそう問いかける。シヴァリーは一瞬戸惑ったような表情を浮かべたけれど、すぐに頷いた。
「緊急連絡用の無線があるから連絡はできるけど、何かあったのか?」
「はい。道具師ギルドコマス支部で不正が行われている可能性があることを伝えようかと」
ジェマの柔らかな微笑みと意思の強い瞳。シヴァリーは眉を下げた。
「詳しく聞いてからでも、大丈夫かな?」
「はい。でも、ここだと人通りもありますから、どこか別の場所で……」
「それなら、うちの商会の会議室を貸そうか?」
ジェマの言葉を遮り、後ろから声がした。振り向くと、エメドとレップ。声を掛けてきたのは、レップだった。
「我が商会の会議室は防音になっていてね。それに、この街に関わる話なら私も興味がある」
レップの言葉に、ジェマは少し考える。レップにまで聞かれて良い話なのか、それとも。しばらく考えて、結局ジェマは頷いた。
「分かりました。レップさんとエメドさんも同席していただけるなら有難いです」
〈ストライプ商会〉はこの街で1番の商会。発言権も大きく、彼が言うことが正解になると言ってもおかしくないほどこの街での権力を持っている。経験と実力。誰もが認めるものを持っていた。
そして〈エメラルド商会〉はファスフォリアに本店を持つためにこの街での規模こそ小さいものの、全ての街に行商の拠点を持っている。素材集めも売買もお手の物。この国で暮らす全ての人が名を知っている商会といえば、〈エメラルド商会〉と言って過言ではなかった。
2人の協力があれば、新人のジェマが大きな権力に立ち向かう後ろ盾として申し分ない。何より、エメドはジェマにとって父親のように大切にしてくれる存在だ。そばにいてくれるだけで心強い。精神的な支えになる。
レップに連れられて、〈ストライプ商会〉の本店に向かう。その最上階にある会議室に到着すると、ジェマは早速話し始めた。
正規の値段で買い取りが行われていないこと、報酬額が詐称されていること。その話を聞いて、レップは難しそうに眉を顰めた。
「ジェマが貰った金額が確かではないという証明が難しいな。道具師ギルドの口座から引き出されて渡されたとしても、差額が元々ギルド内にあったと言われれば証明のしようがない。逆にジェマが貰っていないという証明も難しい。証拠となるのは、このギルド証に記入された内容だけと言われる可能性もあるからね」
レップの言葉は最もだった。ジェマはさっきまでの凛々しさが消え、俯くしかなかった。どうしたら良いのか、分からない。おかしいのに、どうしたら証明できるのか。そもそも証明できないと言われるなんて思ってもみなかった。
ジェマは思わず、心の中でスレートに助けを求めてしまった。