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シヴァリーは木を飛び移りながら、ハイランドオークが武器である棍棒を持つ右肩に剣で斬りかかる。ジェマが左側から【マジックペンダント】を構えた。
「風よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」
ウインドシールドが両手に展開され、ジェマはハイランドオークの左肩に向けてフリスビーのように投げた。ハイランドオークは先に斬りかかってきたシヴァリーの剣を回避しようと身体を右に向ける。その瞬間、視認できていなかったジェマが放ったウインドシールドがハイランドオークの背中に突き刺さった。
「ハナナ!」
シヴァリーの声に、ハナナがその背中に追撃するように矢を放つ。矢がハイランドオークの背中を貫く。
「グァァァッ」
ハイランドオークの咆哮。天へ顔を向けたハイランドオークの両脚にシヴァリーとカポックが斬りかかる。太ももを切られたハイランドオークが呻き声を上げる。
「ジェット、お願い!」
「ピッ!」
ジェットの糸がジェマを絡め取り、ワイヤーのような頑丈さでジェマを木の上に引き上げる。ジェマはハイランドオークの顔の前に降り立つと、【マジックリング】を構えた。
「水よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」
ジェマの魔力を注ぎ込まれ、巨大化したウォーターボール。ジェマはハイランドオークの口と鼻を塞ごうと投げつけた。
「グァァァッ!」
けれど正面からの攻撃はハイランドオークの棍棒によって薙ぎ払われた。ジェマはジェットを抱えて木の下に飛び降りて茂みに身を隠す。
「カポック! 合わせろ!」
「ああ!」
シヴァリーとカポックが再び斬りかかる。シヴァリーが右側のギリギリ視界に入るところから。カポックは対をなして完全に死角となる位置から背後を取る。
シヴァリーに棍棒が振り下ろされた瞬間、カポックが斬りかかる。カポックが与えた攻撃にハイランドオークは呻き声を上げたが、それでもシヴァリーへ振り下ろす棍棒は的確にシヴァリーに狙いを定めている。その必死な攻撃に、シヴァリーは身を翻しても避けきれず、防御姿勢を取った。
「ジェット!」
「ピィッ!」
木を這い上ったジェットが糸を吐く。シヴァリーとハイランドオークの間に吐かれた糸。そこから緑色の魔力が溢れ出す。その瞬間、いつものように糸があるところだけでなく、その周辺の魔力が侵食している空間の次元が歪んだ。
振り下ろされたハイランドオークの棍棒が異空間に吸い込まれて行く。それにつられてバランスを崩しかけたハイランドオークが、咄嗟に後ろに身体を傾ける。
「ハナナ!」
そこにハナナの矢が飛び、ジェマはそこに【マジックステッキ】を翳した。
「火よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」
魔力の出力を最小限まで抑え込んだ小さなファイヤーボール。真っ直ぐと飛んでいったそれは、ハイランドオークに突き刺さる直前の矢にぶつかり燃え移る。火矢は加速したままハイランドオークの背中を貫いた。
「グァァァッ!」
その声と共に肌が燃え始める。
「水よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」
ジェマは燃えた肌に水をかけて消火する。脆く朽ちた矢が折れると、そこを目掛けて再びジェマがウィンドシールドを放つ。肌も爛れて脆くなり、ウィンドシールドがハイランドオークの身体を切断する。
ハイランドオークは声を上げる間もなく、膝から崩れ落ちていく。ジャスパーはその瞬間に魔法を解除する。泥沼から急に硬く乾いた地面。ハイランドオークは土埃を上げて倒れた。
その瞬間、カポックはハイランドオークに近づき確実に仕留めたことを確認しに行く。ハナナは全員に怪我がないことを確認し、シヴァリーは全員揃っていることを指さしながら数える。
「ジャスパー、ジェット、解体を手伝って!」
「分かってる」
「ピピィ!」
一方のジェマたちは珍しい獲物に喜び勇んで解体の準備を始める。それでも周りは見えていて、カポックが死亡確認をしているところからは少し離れてそわそわしている。
「確認できました」
カポックが声を上げると、ジェマたちは早速いつものように解体を始める。オーク種は肉が食肉として売れる。皮は服飾用に流通する。そしてハイランドオークの特徴である牙。希少価値のあるそれは装飾品の素材として高値で売買される。
他にも内臓や眼球も希少部位を扱う食堂が求めているということで、このコマスを中心に激しい競りが行われるほどに人気がある。その味は賛否両論あるが、希少価値があるもの特有の、あのこの良さが分からないのか、というスタンスを保つ人々によって高級珍味の地位を勝ち取っている。
「ジェマ、私たちも手伝うよ」
「ありがとうございます!」
この旅の中で、シヴァリーたちもすっかり解体に慣れた。これまでも騎士として討伐した魔物を解体することはあったけれど、その素材に何が求められているのか、何に活用されるのかという知識が乏しく、漫然と解体していた。
けれど今では、その知識を得たことで解体の的確さが向上した。より高値で買い取りされることで第8小隊の懐も潤う。それゆえにそれぞれが技術の向上を楽しんだ。
ジェマは集まる素材の質が上がっていることを改めて認識して、嬉しそうに微笑んでから自分の作業に戻った。