商人レップ
ジェマの案内で一行は山道を進んでいく。聳え立つ断崖絶壁のそばの細い道を馬車でゆっくりと通過する。ハナナは手元の地図を見ながら現在地を逐一確認する。地図にトンネルの情報はない。
「こっちです。ここを右」
ジェマが言う通りに進んでいくと、一行は崖に行き着いた。ジェマは迷うことなく崖の壁面に手をつく。
「ジェ、ジェマ? まさか、そこを登ったりはしない、よな?」
シヴァリーが引き攣った声を出すと、ジェマは不思議そうに首を傾げた。
「そんなことしないですよ?」
ジェマは壁のある場所を押す。すると何やら人工的な石板が現れた。そこにはジェマの紋が入っている。石板に組み込まれたボタンを押していくと、崖だったはずの場所がドアのようにスライドして開いた。
「これは、一体……」
シヴァリーたちが目を見開く。ジャスパーはジェマの肩からふよふよと飛び上がり、石板に魔力を注ぎ込む。そしてジェマと同じようにボタンを押して、ドアの向こうに現れたトンネルの方へと向かう。
「ここには同じ石板が3つあります。どれも所有者固定魔道具で、私とジャスパー、私のお父さんの魔力に反応してこうしてトンネルの入り口が開くようになっているんです」
「魔法のトンネルって、こと?」
「いえ、魔道具のトンネルです」
ジェマは自慢げに胸を張る。トンネル自体もスレートによって魔道具のスコップでえっちらおっちらと掘られ、途中から面倒になって魔道具で爆発させてできあがったもの。街同士で問題が発生しないように、通行許可に所有者固定魔道具を組み込んだ。
ジェマとジャスパーにも教えておいたおかげで、今でもこの場所を使うことができる。先に仲に入っていたジャスパーが戻ってきて、ジェマの肩にちょこんと乗る。
「大丈夫だ。侵入の形跡はない」
「ありがとう。それじゃあ、行こうか」
ジャスパーが先頭をふよふよと飛び、ジェマたちが続く。馬車でも入れる広さまで拡張されているのは、スレートが荷物の運搬用に使っていた荷馬車を通すため。1人で堀ったとは思えないほどの広さと頑丈さ。シヴァリーたちは圧巻されながら歩を進める。
「途中で一度休憩しましょうか。このトンネル、少し長いので」
「分かった。じゃあ、トンネルの中でキャンプ地の設営をすれば良いのか?」
「いえ。休憩所があるんです」
「……はい?」
シヴァリーがポカンと口を開ける。騎士たちも、そもそもこのトンネルに圧倒されている上に新しい情報が出てきて、もう脳の処理が間に合っていない。
「こっちだ」
ジャスパーがふよふよと飛び、ジェマも迷いなく休憩所へと向かう。
「ジェマたちはここに何度も来たことがあるのか?」
「いえ、数えられるくらいしか来たことはないですよ。ただ、魔力を通したことで魔力回路が視認できるようになるんです」
「それを辿っていけば休憩所の方に行くことも、出口に行くこともできる」
スレートの所有者固定魔道具だからこそできること。本人の意思を読み取って経路を見せる。魔力の流れを操らせることは、所有者固定魔道具師ならば認定試験を受ける時点でできるようになっている。けれどそれ以上の技術となると、片手で数えるほどもいるかどうか。
だからこそ、ジェマの憧れだ。所有者固定魔道具師になるという夢には、さらにその先がある。スレートを超えること。その難しさを、シヴァリーは体感させられた。
「本当に凄い人なんだな」
「はい。お父さんはとっても凄い人です」
ジェマは自慢気に笑う。その姿にシヴァリーはほっこりした気持ちになった。
それも束の間。ジャスパーがドアを開けると、シヴァリーたちはまた唖然としてしまった。
「普通に、家、だな」
シヴァリーがそう言うと、ジェマはケラケラと笑う。
「凄いですよね。避難所も兼ねているので、一週間くらいなら籠城できるように作られているんです」
「ろ、籠城……」
何を想定したら籠城できるような避難所を作るのか。道具師であればそんな必要はない。
けれどスレートなら事情が違うことをシヴァリーはすぐに理解した。
スレートは王妃から追われる身になっていた。実力があるだけ。それだけが理由でも、こうして避難所を作る理由にはなる。スレートらしいところは、ジェマとジャスパーのための所有者固定魔道具を用意していたことだ。
ジェマとジャスパーが1人だけでも逃げられるように。それを想定した上で装置の発明を考えられている。何よりも家族を守ろうとするその姿勢。スレートだからこそ考えることができた所有者固定魔道具だ。
部屋の中はジェマの家の生活スペースとほとんど同じ。家具の配置から配色まで。眠っているときに連れ込まれたら、ジェマの家にいると錯覚するレベル。
「こっちは作業場です」
「作業場まであるんだ」
ジェマがドアを開けた先。ここもジェマの家の作業場と瓜二つ。広さも道具の量も同じ。違うのは保存期間が長い素材しか置いていないところ。道具師の避難所なら当たり前かもしれない。けれどこんな岩をくり抜いて作ったトンネルに、こんな立派な家があると予想する人はいない。
シヴァリーは、もう半ば諦めて苦笑いを浮かべながら、見知ったような部屋の中を散策して回った。