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また新しい異世界に悪魔が降り立つ ルベルバック北西部・異界の門

 日須美ダンジョンの最深部から異世界へと渡る六駆。

 歩みを進めるにつれて、少しずつ大気中の煌気の質が変わって行くこの感覚は、異世界転生周回者(リピーター)時代を思い出してなんだか心がモニョっとする。


 まさか、探索員になってまで異世界に行ったり来たりを繰り返すとは。

 なんと因果な運命なのだろうと思うと、思わず自嘲的な笑みがこぼれる。


「なんだ、貴様ぁ! な、なにを笑っている!? 所属はどこだ!?」

「あっ、着いちゃった」


 六駆は自嘲していただけなのだが、異界の門を守っていた軍勢からすればいきなり半笑いの若者が現れたので、慌てるのは致し方ない。

 気配を消してやって来た事で、彼らの索敵にも引っ掛からなかった六駆くん。

 それが一層、彼の不気味さを際立たせていた。


「えーと。……ふむ。思ったよりも数が少ないなぁ? 1000人もいないんじゃないの? 想定外なのは気になるねぇ。敵さん、本土決戦を選んだのかな?」


「何をぶつぶつ喋っている!! 質問に答えよ! 所属を言わんか!!」

「ああ、これは失礼しました。僕は逆神六駆。所属はチーム莉子です」


 この高圧的な態度の軍人はカラメルメ大尉。

 異界の門防衛軍の隊長であり、ルベルバックにおいて逆神六駆の被害者第一号になる悲しき運命を背負った人だった。


 六駆の応答の意味が分からない防衛軍は、すぐに攻撃態勢を取る。

 一方、六駆は六駆で、気付いたことがあった。


 この世界の人は、現世の人間に見た目が限りなく似ている。


 違いがあるとすれば、つののようなものが生えている点。

 鬼の面を外したルベルバック人を見るのは初めてだったので、「ああ、これは面倒だな」と六駆はすぐに考えた。


 元探索員で今は影の支配者、阿久津あくつ浄汰じょうた。およびそのパーティー。

 捕縛する時に、角さえ頭に生やせばルベルバック人に溶け込む事ができるので、逃げられる可能性を加味しなければならない。


「う、撃てぇ! 『アストラペー』!! 一斉射撃!!」

「芸がないなぁ。『鏡反射盾ミラルシルド』、広域展開!」


 『アストラペー』から放たれる電撃を3倍返ししながら、六駆は『観察眼ダイアグノウス』で軍隊の煌気オーラをじっくりと目に焼き付ける。

 それは現世のものと違う。当然である。

 大気中の煌気オーラが違うのだから、それを日常的に取り込んでいる人間の煌気オーラも気候や風土が違うように、ご当地の色をしている。


「よし、覚えた! 莉子が怪我させるなって言ってたなぁ。もしかしたら、キャンポムさんの知り合いかもしれないし、無傷で無力化か。……面倒だから、氷漬けにしよう!!」


 考えている間にも防衛軍は『アストラペー』の反射でバタバタと前衛から倒れているので、やるなら早くやれ。


「よっしゃ! 超広域展開ぃ! 『虚無の豪雪(フィンブル・ゼロ)』!!」


 六駆が放つのは、かつて古龍を氷漬けにして、ついでに山嵐助三郎も氷漬けにした事もある氷属性のスキル。

 瞬間冷凍するため、その後に正しい処置をすれば比較的治療は容易。


 莉子の言いつけもしっかり守るし、防衛軍には悲鳴をあげる暇も与えない事で無駄な恐怖を避ける、六駆おじさんのお手軽クッキングであった。


 ここまでのやり取りで、だいたい4分。

 1分ほど余ってしまったので、六駆は『激跳躍ゴウフライド』で上空へと飛び上がり、異世界の地形を確認した。


 砂漠地帯を間に挟んで、遥か彼方に巨大な街が見える。

 あれが帝都だろうか。

 緑地帯もあるし、遠くには海もある。


 住んだら退屈しなさそうな世界を眺めて、六駆は少しだけ憤る。

 「征服するのは結構だけど、やり方が汚いなぁ」と、まだ見ぬ阿久津一党に対して、彼にしては珍しく小さな怒りの炎を燃やした。

 これも、莉子やクララ、それから芽衣がもたらしてくれた副産物だろうか。


 長い跳躍を終えて地上に降り立ったタイミングで、チーム莉子を先頭に日須美ダンジョンから仲間たちが続々と集まって来る。


「やあ。待ちくたびれたよ! いらっしゃい! いいところだよ、この世界!!」


 六駆は彼らを笑顔で出迎えた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 まず、南雲がこめかみを押さえて苦悶の表情を浮かべる。


「私、氷属性のスキルを使うのヤメようかな。逆神くん。いや、聞くまでもない事だけど、一応聞いておくが。何したらこんな事になるの?」


 六駆は自分の属する組織の上官に対して、しっかりと説明する。


「とある異世界の猛吹雪をですね、こう、何て言うんですか? ギュッと詰め込んだ亜空間があるんですけど、そこから必要に応じて取り出す感じでして。これが便利なんですよ。煌気オーラはほとんど使わないし。良ければ今度教えましょうか?」


「……いや、結構。逆神くん、人にはできる事とできない事があるんだよ」

「良くないですよ! そうやって自分の限界を決めつけるのは!」


 南雲は力なく「そういう意味じゃないんだよ……」と答えた。

 だが、彼は自分の責務を果たす男。

 すぐに気持ちを切り替えて、キャンポムに尋ねる。


「司令官。うちの逆神くんが大惨事……いや、無力化したこの兵隊たちは、君の知っている者か? もっと言えば、懐柔できる手合いだろうか?」


 キャンポムは六駆から「部隊長はどの者でしたか?」と聞き出し、「偉そうなおっさんならあの人ですよ」と指さす方向の人物を確認する。

 あと、どうでもいいけど六駆くんは自分のおじさん棚に上げて人の事をおっさん呼ばわりするのは良くないと思う。


 キャンポムは答えた。


「ダメですな。カラメルメ隊は、アクツから厚遇されております。説得するだけ無意味でしょうし、それに応じても信用などできません」

「結構。ならば、彼らは捕縛しておこう。……逆神くん? この人たち、まだ生きてる?」


 六駆が答える代わりに、山嵐が怯えながら手を挙げた。

 珍しいこともあるものだと思ったものの、よく考えればこのスキル唯一の被害者は彼だった。


「温めたら蘇生可能だと思います。俺がそうでしたから……。ああ、すみません!!」

「やだなぁ! 鼻嵐くん! もう過ぎた事じゃないの!!」


 山嵐の肩を抱いて、六駆は笑顔で語り掛ける。

 逆神六駆被害者の会にとっては、その行為が最上級の脅しだと誰か彼に教えてあげてくれ。


「それにしても、1000人もどうやって捕縛したものか。いや、予想よりもはるかに少なくて助かったが。うん。私が拘束するスキルを使うか。少々時間がかかるが、このまま見殺しにするのも後生が悪い」


 そこで莉子さん、名案を思い付く。


「六駆くん、あれは? なんか檻の中に閉じ込めてスキル使えなくするヤツ!」

「あー! ミンスティラリアでやってたヤツだにゃー!」


「なるほど、それじゃ早速! 『完全監獄ボイドプリズン』! 広域展開!! すみませんが、炎系のスキルが使える人、端から順に溶かしてもらえます? 僕のスキルだと加減しなきゃこんがり焼けちゃうので! お願いしまーす!!」


 こうしてルベルバックにも、逆神六駆が降臨した。

 炎のスキルによって解凍された防衛軍の捕虜たちは、六駆の背中にある「莉子」の文字を見て、「あれは異国の悪鬼羅刹を表す文字に違いない」と震えたと言う。

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