鼻くそ連合軍、悲壮な特攻 日須美ダンジョン第16層
山嵐助三郎。23歳。Bランク探索員。
彼にもかつて理想に燃える熱い魂を持った少年時代があった。
大学進学と共に探索員への道を歩み始めて、着実に力をつけ、パーティーを組み、ランクを上げていく。
どこで歯車が狂ったのだろうか。
いつしか山嵐は探索員としての本分を忘れ、やっとの思いで到達したBランクという地位にあぐらをかき、上の者にはこびへつらい下の者には高圧的に接する、ダメな若者の代表のような存在になってしまった。
だが、彼にはまだ機会が与えられた。
更生の機会である。
1度ならず2度までも逆神六駆にボコられた彼は、「マジメに生きよう」と心変わりを始めていた。
それは、莉子の言葉に感銘を受けたからに他ならない。
「社会のために働け」と言った莉子。
彼にとって、これまで重ね着をし過ぎて既に境界線が見えなくなった汚名を雪ぎ、あるべき道へと回帰するラストチャンス。
その好機を得ていた。
「お、俺! やります! やらせてください! 捨て駒にだってなんだって!!」
「いや、なにエヴァンゲリオンの第一話みたいな雰囲気を作ってるんですか? 鼻くそ嵐さんは準備運動でもしてて! はい、屈伸! ストレッチも!!」
六駆おじさん、1度敵と認定した相手は味方の勘定に入らない模様。
莉子はとっくに割り切っているのに。
なんと心の狭いおっさんだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇
梶谷京児。25歳。
Aランクになったと思ったら1ヶ月持たずにBランクに転落する。
彼の場合は、別に熱い魂を持っていた時期などなかった。
探索員になったのも、遊ぶ金欲しさである。
動機が六駆おじさんとどっこいどっこいなのは悲しい事実。
諸君、目を伏せてくれると幸いだ。
たまたま煌気の量が多いと分かったのが、高校卒業寸前に友人たちと冷やかしに出掛けた探索員の説明会だった。
「もしかして、俺って人生イージーモードなんじゃね?」と勘違いした彼は、そのまま探索員へなる道を歩む。
腹立たしい事に、ここまでの道のりは梶谷が描いていた通り、結構なイージーモードだった。
スキルはすぐに習得できる。
煌気の総量が多く、扱いにも長けていたので、Bランクまではとんとん拍子で昇格して行った。
そこで少しだけ伸び悩むのだが、彼は小狡い考えが得意だった。
他のBランク探索員がダンジョン攻略に励む一方で、彼は新種のモンスターを狩る事にだけ精を出した。
コミュニケーション能力も有していた梶谷は、各ダンジョンでコミュニティを構築し、使えそうな者は舎弟として手なずけた。
山嵐もその1人。
自称を「ミー」に変えて、喋り方も個性的にバージョンアップ。
頭を真っ赤なモヒカンにしたのは2年前の事だっただろうか。
思い上がっていたところを六駆おじさんに叩きのめされて、挙句、南雲監察官に「これはひどい」と判断されて一瞬でAランクの座から転がり落ちたのがつい先日。
まだ、顔には生々しい傷が残っていた。
「み、ミーはごめんだね! 異世界の軍勢!? 勝てる訳がない!! 帰らせてもらう!!」
「モヒカンさんは黙って言う事聞いてください。ワンチャン勝てるかもしれない異世界の軍隊と、絶対に勝てない僕。事を構えたいのはどっちですか?」
「あ、すみません。ミーはユーの、いや、ミスター。ミスター逆神の命じられるままに働きます」
体の傷は治癒スキルで治っても、心の傷を治せるのは自分だけ。
六駆がこの場にいる時点で、彼には選択権などなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
話はだいたい纏まった。
強引に纏めただけじゃないかとお思いかもしれないが、緊急事態では多少乱暴な方法でも意見を一致させる事が肝要。
百戦錬磨の逆神六駆は知っていた。
「じゃあ、鼻嵐組とモヒカンとゆかいな仲間たちは、すぐに下の層へ行ってください」
いつの間にか作戦会議の主導権を完全に握っていた六駆。
だが南雲監察官も、人として、この場の最年長者、最高権力者として、一言くらいは物申しておかなければと立ち上がる。
「逆神くん。君の案には隙がない。ただ、心もないような気がするのだが」
「えっ。戦争に心って必要なんですか!?」
南雲は「ちょっと待ってね。1分でいいから」と六駆を制して、通信機の先の右腕に相談した。
「山根くん! やーまーねぇー!! 逆神六駆が思っていた以上にヤバいぞ!!」
『聞こえてますよ。まず、アンガールズの田中さんみたいに呼ばないでくれます?』
南雲監察官は「あれ、私の人望、低すぎ?」と思った。
逆神六駆と言うこの世のジョーカーを引き当てている時点で、相当なヒキを使っているのだが、まだその事実には気付いていない。
「はいはい。12人、全員並んでください。『貸付武者』っと。この鎧付けてれば、まあ銃撃の2発3発くらいならしのげますから。4発目喰らう前に敵さんを押し戻してください」
基礎能力向上スキルは六駆の情け?
それは違う。
作戦の成功率を上げる事しか彼は考えていない。
そんな彼に代わって、莉子が胸の前で両手をグッと握りしめて、死地へと赴く山嵐組とファビュラスダイナマイト京児にエールを送った。
「無理しないで下さいね? 危なくなったら、助けに行きますから! 今は、過去のいざこざなんて関係ないです! みんなで協力しなくちゃですよ!!」
小坂莉子に聖母の姿を見たと、のちに彼らは口々に語る。
「チーム莉子には、悪魔と天使が同居している」という噂も走る事になる。
「はい! じゃあ行ってらっしゃい!! 頑張って! 死ななきゃ良いですね!!」
悪魔がエールの上書きをして、12人の探索員は下層へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「兄貴! ここは俺が先陣を務めます! 『ガイアスコルピウス』!!」
ちょっとだけ澄んだ瞳になった山嵐助三郎。
第16層に下りるなり、土のバリスタを構築し、遮二無二に撃ち散らかす。
「うぉぉぉ! 行くぞ! 組長に続けぇ!」
「くそったれ! この戦いが終わったら絶対にこんなパーティー抜けたらぁ!!」
山嵐組の士気が上昇している。
ヤケクソになっているだけなのだが、戦においてヤケクソな兵隊ほど思考の読み取れない手合いはおらず、できれば相手にしたくないものだ。
「司令官! なにやら先ほどの2人組と違います! あと、凄まじい気迫です!!」
「『アスピーダ』を最大出力で展開しろ! 防御を固めるのだ!」
ルベルバック軍の煌気を纏った盾『アスピーダ』は結構頑丈に出来ている。
が、それを山嵐の『ガイアスコルピウス』が貫く。
「お、俺のスキルが、パワーアップしている!?」
それは違う。
六駆の『貸付武者』によって、最強の男の煌気を纏っているからである。
だが、勘違いだって思い込みだって、何でも武器にするのが戦。
せいぜい彼らには勘違いをしておいてもらおう。
「ミーも行くぞ! 助三郎だけヒーローにしてたまるか! 『エレクトリックスパーダ』!!」
「イエス、ウィーキャン!!」
梶谷も少し遅れて、お得意の電撃スキルで戦闘に加わる。
ちなみに、ルベルバック軍の武器も電撃属性のため、彼の奮戦にはあまり意味がない事はここだけの話。




