監察官・南雲修一の研究してる場合じゃねぇ
こちら、南雲監察官室。
日須美ダンジョンに設置していたサーベイランスは第10層のものが最後。
だが、しつこく何度でも言うが、南雲は優秀な研究者。
チーム莉子の煌気を追うようにサーベイランスを3機ほど調整しておいたのだ。
小坂莉子と逆神六駆の煌気の情報は手元にないが、椎名クララと木原芽衣の煌気サンプルは協会本部に登録されていた。
その情報さえあれば、南雲にとってチーム莉子を追跡、監視する事など造作もない。
そして、第14層にてモンスターの群れを撃破する彼女たちを見守り、「やはり彼らのランク、間違ってるよ」と思いながらも「まあこのくらいの相手なら苦もなく倒すだろう」と納得して、珍しくコーヒーを噴いていなかった。
だが、第15層にて緊急事態を目撃する。
チーム莉子だけでも得体が知れなくてお腹いっぱいなのに、さらに得体の知れない軍勢が突如として出現して、どういうわけか交戦状態に突入していた。
「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」
これには南雲、堪らずコーヒーを噴く。
むしろ、このタイミングで噴かなかったらいつ噴くのかと言う異常な状況。
南雲は3着目のスラックスに穿きかえながら、山根に指示を飛ばす。
「なんだ、あれは! 一応スキルの照合作業を!」
「もうやってます! ただ、どう考えても探索員じゃないですよ! 仮にそうだとしたら、とんでもない反逆行為じゃないですか!」
「いや、違う! あれは異世界からの侵攻だ! 過去にも異世界からの侵攻は何十例と報告されている! もしかすると、それらの国が再び蜂起したのかもしれん!!」
南雲が監察官らしく、毅然とした態度で対応していた。
違和感を覚えるが、これこそ彼の本来の姿。
諸君もこちらの彼に少しずつ慣れていって頂きたい。
「照合するスキルはないですよ! って言うか、まずくないですか!? さすがにチーム莉子とは言え、最上位がCランクのパーティーじゃ、やられますよ!」
「そうだな! 今は逆神六駆のよく分からん盾で防いでいるが、さすがの彼らも防戦一方のようだ! ダンジョン内にいる高ランク探索員のパーティーは!?」
山根が「確認します!」と答えて、数秒で天を仰いだ。
続けて、受け入れがたい現実と対峙する。
「ファビュラスダイナマイト京児です」
「あああああ!! よりにもよってあいつらか!! それ、なかった事にできないの!?」
山根はさらに端末を操作して、日須美市に滞在している探索員を検索する。
すると、該当する人物がヒットした。
「Aランク探索員の加賀美政宗がいます! ただ、日須美市の東のイオンにいるので、【転移黒石】の稼働範囲まで移動させるのに2時間はかかります!」
「構わん! とにかく連絡しろ!」
「もうやってます! ああ! 南雲さん! モニター! モニター見て下さい!!」
「な、なんだ!? まさか、チーム莉子がやられたのか!? しまった! 私が彼らの調査にかまけていないで、サーベイランスをもっと深い階層まで潜らせていたら……!! すまない、チーム莉子の諸君!!」
南雲は己の判断ミスを悔いて、力任せにデスクを叩いた。
お気に入りのコーヒーカップがその勢いで床に落ちて割れる。
彼が物に当たるなどという愚行に走るのは極めて珍しく、それだけ若い才能の喪失を悔やんでいる証拠であった。
「南雲さん!」
「聞こえている!! ああ、私はなんと愚かなことを!!」
「いえ、逆神六駆が意味不明なスキルで侵略者を全員捕縛しました」
「コーヒーカップ割ってまで自分を悔いた数秒前の私が実に滑稽なんだが」
とりあえず、南雲は逆神六駆に感謝した。
サーベイランスの煌気検知装置でモニタリングしたところ、鬼の面の軍勢は極めて高出力の煌気を保持しており、並みの探索員では命を落としていただろう。
そのような脅威が上層までやって来て、低ランクの探索員と遭遇していたらと考えると、さすがの南雲も背筋が冷える思いだった。
「山根くん」
「サーベイランスを更に深い階層まで潜らせるんですね? やっています!」
「先ほど戦闘を仕掛けていた部隊が本隊であってくれ。あの銃のような武器は厄介だ。Bランク以下では太刀打ちできない」
「南雲さん、そういうフラグ立てるのヤメてもらえます?」
南雲は山根の報告を待っている間に、自分の研究資料を端末から引っ張り出す。
どこかのダンジョンのイドクロアに類似した煌気はないか。
過去に侵略して来た異世界の国が所持していた武器との照会も同時に行う。
その様はまさに監察官のあるべき姿であり、これほど頼りになる南雲を見られる日が来ようとは、我々も想像していなかった。
「南雲さん。悪い知らせがあるんですけど、聞きますか?」
「……聞きたくないと言ったらセーフになるヤツか?」
「下の階層に大軍がいます。ざっと見積もって、60人くらいの鬼面部隊が」
「なにかい? 私が悪いのか? フラグって立てた人の責任になるのか?」
南雲の嘆きを無視して、山根はさらにサーベイランスを操作する。
今は少しでも情報が欲しい。
現場で必要な力は、何も武力に限ったものではない。
知る事こそが最強の矛。
どんなに強靭な盾であろうと、弱点を突けば貫く事ができる。
現状、その矛の刃先を研ぐことこそが肝要。
「うわっ。南雲さん。まずいっすよ。こいつら、武器がさっきの連中と違います。確認できるものだけでも、剣、鎖のようなもの、手投げ式の爆弾のようなものがあります。しかも、全てから煌気が検知されてます。ぶっちゃけ、超ヤバいっすよ」
山根のもたらした情報で、南雲も事態の緊急性の高さを理解する。
繰り返すが、過去にもこのような異世界の国からの急襲はあった。
それをどうやって探索員は防いできたのか。
簡単な答えである。
そのような事態のために、協会本部は監察官職を置いているのだ。
「山根くん。【稀有転移黒石】を出してくれ」
「マジっすか。了解しました。すぐに」
【稀有転移黒石】とは、協会本部から登録済みの各ダンジョン入口に瞬間移動できる超貴重なイドクロア加工物であり、その使用はSランク探索員、および監察官にのみ許されている。
「申請通りました! 3分後に職員が持ってきます! 南雲さん、4番の装備ですよね? そっちもすぐに持って来させます!」
南雲は眼鏡をかけ直して、山根に指示を伝える。
「私はすぐに現場へ向かう。山根くん、監察官室の全権を一時君に預ける。必要に応じてサポートをしてくれ。平行して、近場のBランク以上の探索員のいるパーティーには引き続き招集命令を出すように」
「了解です。あっ。はい、ご苦労様。南雲さん、装備と黒石が届きました」
「よし。では、出るぞ!」
「すみません。ズボン脱ぎながら格好つけないでください。正直萎えます」
「私も言うタイミング間違えたかなと思ったよ。すまんが、背中のファスナー上げてくれる?」
南雲修一監察官。
緊急事態により、日須美ダンジョンへと急行する。




