勘違いしたのは自分なのに、嬉々として八つ当たりするおっさん
逆ギレと呼ぶにもいびつな形をした六駆の怒りは、眼前に並ぶメタルヒトモドキに向けられた。
既に彼の両手は古龍の咆哮の構えを取っており、莉子がいち早くその危険を察知して、叫んだ。
「六駆くん、待って、待ってぇ! 第4層、結構探索員の人がいるから、フルパワーで撃ったら絶対ダメだよ!? 10パーセント……でもダメ! えーと、そう! 2パーセントくらいの威力で撃って!!」
八つ当たりモードの六駆にも、「莉子の進言は基本的に正しい」という基本的思考は残っており、「了解!」と返事をする。
返事をしたらすぐに実行。
おっさんの仕事は意外と早い。堪え性がないからだ。
「せいぜい誘爆すると良い! 『大竜砲』!! 2パーセント!!」
グオンと轟音を響かせて、六駆の手の平から炎の渦が飛び出した。
「みっ、みみみみみっ!? こ、小坂さん。椎名さん? 逆神師匠は何をしてるんです? なんです、あれ。ノーモーションでなんかすごいことになってるです……」
初めて見る六駆のスキルにドン引きの芽衣。
だが、莉子とクララの反応は実に穏やか。
「あはは。芽衣ちゃん、六駆くんの『大竜砲』はね、あんなものじゃないんだよ? 普段の威力に比べたら、マッチの火くらい低出力に撃ってるの」
「だにゃー。さっき話した異世界ではね、だいたい6000人くらい居る魔術師をほぼ一撃で戦闘困難な状況に追い込んだ、六駆くんの得意技だぞな。今日は超控えめ!」
「お二人が何を言っているのか、ちょっと分からないです」
彼女は今更ながらに「あれ、芽衣は何かとんでもない人の弟子になったです?」と、疑念を抱いた。
莉子やクララもかつて同じ感想を持った事があったが、彼女たちに代わって言うと、その感想を脳裏に浮かべた時点で、既に手遅れなのだ。
芽衣よ、諦めろ。
「ちょっと、莉子さん! これじゃ僕、全然スカッとしないよ! 消化不良もいいとこだよ!」
「ああー。六駆くん、それならちょうど良かったにゃー。メタルヒトモドキさんたちも、今の炎じゃ満足してないみたい」
クララの指摘通り、1度どろりと溶け落ちたメタルヒトモドキは、ゆっくりと元の形に体を再構築していく。
六駆の手加減が過ぎたのは否めないが、メタルヒトモドキの耐久性と復元能力は、同種のメタルゲルをはるかに上回る。
それでいて価値はゼロなのだから、まさに低ランク狩りの異名に相応しい存在。
死力を尽くして得るものなしでは、低ランクの探索員はアホらしくなって日須美ダンジョンから撤退するだろう。
「莉子! もう、物理で殴っていい? こう、何て言うか、思い切り暴れないと収まりがつかないんだよね! 周りに迷惑かけないようにするから!!」
「ホントー? じゃあ、壁とか天井壊すのもなしだよ? 大きな音を立てて人が集まるようなのもダメ。ちゃんとできる?」
莉子に手のかかる子供扱いされる六駆おじさん。
精神年齢46歳。莉子のほぼ3倍生きております。
「できる! できる!!」
「もぉ。じゃあ早く済ませてね? 悪目立ちしたくないから!」
「合点! よっしゃあ! 覚悟しろよ、メタルゲルのパチモン!!」
これから六駆が静かにメタルヒトモドキを殲滅します。
彼が物理オンリーで戦うのは結構レアなので、是非お楽しみいただきたい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「『瞬動』! そんでもってぇ! 『斬手刀』!!」
メタルヒトモドキは全属性の攻撃を弾く。
その中でも、特に物理攻撃はまったく通らないとされている。
そんなモンスターを一瞬で3体ほど、ただの手刀で叩き斬ってしまうのがチーム莉子のやべーヤツ、逆神六駆である。
「あの、小坂さん。逆神師匠は何をしているのです?」
「芽衣ちゃんに教えてあげた『瞬動』で勢いをつけて、『斬手刀』とか言ったっけ? あの煌気を纏わせた手の平で切り刻んでるんだよ」
「芽衣の『瞬動』と全然違うです……」
「気にしちゃダメダメ! 六駆くんがおかしいのだぞよ! 異世界で29年過ごして、6つの国の争いを全部ひとりで片づけるんだよ? 比較対象にもならないにゃー」
戸惑う女子中学生に、見慣れた光景を解説するお姉さんたち。
このお姉さんたちも異世界で戦乱に巻き込まれた辺りから割とおかしいので、君は気にしないで良いと誰か芽衣に伝えてあげて欲しい。
「残りは4つ! それじゃ、品を変えよう! 『爆砕拳』っ!!」
静かに流体金属生命体をなます斬りにしていた六駆はどうやら飽きたらしく、今度は煌気を込めた拳をメタルヒトモドキに突き刺して、その体内でエネルギーを弾けさせる。
すると、物理を弾くはずの体が、四方八方に飛散した。
何と言う皮肉な倒され方だろう。六駆に慈悲はないのか。
「きゃっ! 体の破片が飛んでくるじゃん! もぉ! 『風神壁』! 広域展開!!」
「え。あの。小坂さん。この大きな盾みたいなのはなんです?」
「これはねー、莉子ちゃんお得意のガードスキルだよー。ミンスティラリアでは、名うての魔術師の火球を全部防いで見せたんだよねー!」
「えへへー。照れちゃいますよぉ。芽衣ちゃんも動かないでね? なんか、あの銀色の液体、当たると気持ち悪そうだもん!」
メタルヒトモドキの残骸を「当たると危ない」ではなく、「当たると気持ち悪い」と考えている莉子も、結構な勢いで六駆の色に染まって来ていた。
「うん。確かにー」と頷くクララは言わずもがな。
「最後の1体にはとっておき! 『斬手爆砕拳』!!」
もはやストレス発散のためだけにスキルを即興で組み合わせて遊ぶ六駆。
『斬手刀』で十六等分に切り刻んだメタルヒトモドキの破片ひとつひとつに超高速でパンチを叩き込み、内部に残した煌気を一斉に爆発させる。
それはもはや、銀色に輝く花火のようだった。
低ランク狩りとして日須美ダンジョンの守護者の一角を担うメタルヒトモドキが、低ランク探索員の六駆にいいようにされるという惨劇。
ただ、彼らはダンジョンの壁から無限に湧いてくるので、悲しむことはない。
数十分もすれば、新しいメタルヒトモドキが、腕試しにやって来た低ランク探索員たちを返り討ちにするだろう。
「いやいや! スッキリした! やっぱり、たまには体を動かさないとダメだね!!」
「うわぁ。すっごい爽やかな顔して帰ってきたぁ。ねね、ところで今のモンスター、わたしのスキルでも倒せたかな?」
「うーん。『苺光閃』なら多分貫けるかな? でも、燃費が悪いし、莉子のレベルなら適当に躱して相手しないのが一番だと思うよ」
「そっかぁ。わたしもまだまだ修行が足りないね! 頑張らなくっちゃ!!」
「その意気だよ! 今回の探索で3連リングのスキルは全部習得したいね!!」
芽衣は急に心細さを覚えて、クララのスカートの裾を引っ張った。
「およ? どしたの、芽衣ちゃん?」
「芽衣はこのパーティーでやっていく自信が一気になくなったです……」
「あー! 分かる! あたしも入りたての頃には何回も思ったよ!」
この戦闘以降、芽衣はクララに懐いた。