待望の良質なイドクロア 御滝ダンジョン第5層
チーム莉子は、第5層へ。
六駆にダンジョンの構造は分からないが、莉子とクララが口を揃えて言う。
「このダンジョンはおかしい」と。
ダンジョンは基本的に下の階層に行く度にモンスターが強くなり、天然のトラップも増えると言う。
それは異世界から流入してくるモンスターたちの生存競争によって、弱いものほど上の階層へと追いやられるからであると、六駆も納得のいく理屈が展開された。
この御滝ダンジョンには、その法則性を無視する点が多々ある。
第1層でギランリザードやメタルゲルといった、通常のダンジョンではかなり深い階層に生息するモンスターがウロウロしているかと思えば、先ほど通過した第4層ではまともなモンスターに出会う事すらなかった。
ならば上から順番に強いモンスターが幅を利かせているのかと考えようにも、第3層の大蜘蛛の存在がそれを否定する。
その議論は大変興味深いものだったが、六駆の一声によって中断された。
ついに、良質のイドクロア持ちのモンスターと遭遇したのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あー! なんだっけ、あいつ! あたしも2回くらいしか見た事ないヤツ! えーと!!」
「レッドパオーム! あの真っ赤な牙、イドクロアだよ! しかも、結構高価だったはず! えっと、1本で5万円とか、そのくらい!」
六駆は、目の前に出て来た紅い牙を持つマンモスの虜になった。
両方の牙を採取できれば、それだけで10万円。
屋根の修理が出来るではないか。
「2人とも、下がるんだ。ここは危険だ。僕がやる!」
「わー。今まで修行だー! とか言って、散々わたしにモンスターの相手させてたのに! 相変わらず、すごい変わり身!!」
「あたしを助けてくれた時でも、こんなに真剣な表情はしてなかったよねぇ」
頼りがいのあるセリフを口にしたのに、自分の株価を下げる男、逆神六駆。
だが、彼にとって他人にどう思われようとも構わない。
10万円が雄たけび上げてこちらに突進してくるのだ。
頬ずりして歓迎する構えの我らが主人公。
その横顔は端正な少年のものなのに、一枚皮を剥げば欲にまみれたおっさんがそこにはいる。
「『光剣』! サクッと片付けさせてもら……!! ちょっと待って!!」
「うわ、わわっ!! なんで避けるのぉ!? ひゃあっ! こっち来たぁ!」
「莉子ちゃん、こっちこっち! 思い切り飛んで! 受け止めるから!!」
六駆が、エバラウシドリをバターでも切るかのように鮮やかな解体をして見せた異世界の名刀を引っ込めた。
その結果、彼の後ろで安心していた乙女2人が危うくレッドパオームに踏みつぶされるところであった。
当然、この主人公にあるまじき行為を責める権利が彼女たちにはある。
「六駆くん! 危ないでしょぉ!? わたしたち、君みたいに強くないんだよ!!」
「やー。今のは本当に危なかったにゃ。せめて避けるなら前もって言ってくんないとさー」
「これは申し訳ない!」
全然悪いと思っていない事が誰の目から見ても明らかな謝罪をしたのち、六駆は続けた。
「この象、使ったらまずいスキルってある!? ほら、メタルゲルみたいな事があるからさ! しかもこいつ赤いじゃん! 切った瞬間に蒸発したらどうしようって!!」
「あたしと莉子ちゃん2人がかりでも多分倒せないモンスターに大接近して、そんなこと考えてたんだ。はっはー。六駆くん、すごいや!」
「すごくないです! それならちゃんとわたしに聞いてよぉ! レッドパーオムは、赤い体してるけど、口からは水を吐いてくるんだよ。だから、牙だけ切り取ろうとしないで、動けなくしてから採取した方が良いと思う。どうせ、六駆くんならできるでしょ? あと、牙は取扱注意だから!」
「できるとも! じゃあ、凍らせようか? それで大丈夫!? 嘘ついたら泣くよ!?」
「もぉ! それで良いよぉ! おじさんウザい!!」
満足そうに親指を立てる六駆。
その様子に腹を立てるのが莉子。
「この2人、やっぱりすごいにゃー」と感心するのがクララ。
仕切り直しとばかりに、六駆がやる気の炎をみなぎらせる。
凍らせるのに燃え上がって大丈夫なのだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「『極寒囲い』!!」
六駆が3度目の異世界で転生した場所が、魔界の吹雪の中だった。
普通の人間なら息絶えるか、少なくとも命が極めて脅かされるところだが、この六駆くん、あろうことか『吸収』でその吹雪を全て吸い上げた。
それを必要に応じて放出するのが彼の氷系統の頻出スキル。
理由はしまってあるものを出すだけなので、楽だから。
「うひゃー! すごい、カチカチなんだけど! どうなってんの、これ?」
「瞬間冷凍みたいなものだから、心臓は止まってるけど、新鮮なままですよ」
「そんな最新の冷凍庫の売り文句みたいな言い方しないでよぉ。それ使うとき、今度からもちゃんと言ってね? 巻き込まれたら死んじゃう系じゃん! それから牙には熱が——」
「分かった! あとで聞くよ!」
何はさておき、楽しい剥ぎ取りの時間がやってきた。
六駆は『光剣』を再び召喚し、意気揚々と振り下ろす。
その動作には一切の迷いがなく、誰の助言も求めない。
「あーっ! ダメだよ、待ってぇ!!」
「え?」
つくづく人の言う事を聞かない男、逆神六駆。
聞く必要がない時には積極的に質問するのに、肝心な場面では独断専行する。
典型的な仕事のできないおっさんである。
パリッと音がした途端に、片方の牙が崩れ落ちた。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
続いて六駆が膝から崩れ落ちた。
またやってしまった。貴重なイドクロアを彼は自らの手で破壊したのだ。
「なんでわたしの言う事最後まで聞かないの!? レッドパオームの牙は熱に弱いんだよぉ! その剣、明らかに燃えてるじゃん!」
「はい。異世界のマグマから作られてます……」
「さっきエバラウシドリを捌いている時から気になってたんだよぉ! もぉ、どいて! わたしがやるから!!」
「ええっ!? 莉子が!? だって君、スキル覚えたてじゃない!」
「六駆くんは何も知らないでしょ!?」
「ああ、はい! おっしゃる通り!!」
莉子は気持ちを落ち着けて、両手で照準を合わせる。
「ふぅ」と息を整えるルーティーンを行ってから、彼女は煌気を込めた。
「やぁぁぁっ!!」
彼女の撃った『太刀風』は、レッドパオームの牙だけを綺麗に切り落とした。
そののち、クララが持っていた収集箱に牙を梱包する。
「はい! どぞどぞー! 六駆の旦那ぁー! 採れたてですぜー!!」
「クララ先輩!? い、いいんですか!? 僕、何もしてないのに!」
「やー。レッドパーオムとか、あたしたちじゃどうにもできないし」
「そうだよ。わたしは採取のお手伝いしただけだもん。六駆くんのイドクロアだよ!」
六駆は人目をはばからずに嗚咽を漏らした。
続けて、感謝の言葉を口にする。
「ありがとう! ありがとう!! 2人とも、抱きしめても良いかな!?」
「あ。それは大丈夫。クララ先輩にしてあげて?」
「やー! お姉さんにはちょっと荷が重いって言うか! はっはー! ちょっと無理!」
感激の抱擁を拒否されたおっさんは、代わりにレッドパーオムの牙を抱きしめた。
その姿は、生まれたばかりの我が子を抱きしめる父親のようだったとか。
「なかなか良かった!」
「続きが気になる!」
「更新されたら次話も読みたい!」
等々、少しでも思って頂けたら、下にございます【☆☆☆☆☆】から作品を応援する事できますので、【★★★★★】にして頂けるととても励みになります!!
皆様の応援がモチベーションでございます!!
拙作を面白いと思ってくださいましたら、評価をぜひお願いいたします!!




