サウザラン公子
「ご令嬢、見苦しい場面をお見せして申し訳ない」
サウザラン公子は開口一番、メリーナに頭を下げながらそう言った。
公子様に頭を下げさせるだなんて、有り得ない!
「とんでもございませんわ!」
メリーナは大あわてで手を振り、サウザラン公子に頭を上げるよう促す。
「おや? これはこれは、ローレンの婚約者である、俺のいとこ殿じゃないか!」
体勢を整えたジュリアスは、メリーナを矯めつ眇めつした後、ポンと手を打った。
「……いとこ……!?」
いとこって、あのいとこのことでしょうか。親兄弟の子どもで、血の繋がりがあるあの?
お母様の実家は伯爵家。それなら、お父様の実家がサウザラン公爵家だと言うことかしら!?
「あれ、知らないのか。誰からも教わってないの?」
知ってて当然みたいな反応! お父様が全く話題に出さないから、知らなかったわよ!
「初耳です! サウザン伯爵家とサウザラン公爵家に繋がりがあっただなんて!」
私も私よ。貴族のことも学んできたはずなのに、なんで知らなかったの……。
「……おかしいな。貴族名鑑を読んだことは?」
あるわ。あるけど、サウザン子爵家だった頃の古い本だったのよ。でも、さすがに記憶にないのはまずいわ!
「一応、読んだことはあります」
基本的な教養として読まされました。興味があまりなかったせいか、全て覚えきることができなかったのよね……。
「田舎では重要なことじゃなかったんだろうね。だけど皇都には口うるさい奴も多いから、しっかり覚えておいた方がいいよ」
……面目次第もないわ! 刺繍ばかりにかまけていたから。最低でも自分の家系図だけは、覚えておくべきだったのよ。
「……そこまで落ち込ませるつもりはなかったんだけど。ほら、顔を上げて。可愛い顔が台無しだよ」
今ゾワッときたわ……。百花の式典でも思ったけれど、やっぱりこの人、ちょっと軽薄なんじゃ……? いとこに対する態度まで、こんな感じなの?
「メリーナちゃん?! それはいとこに向けていい表情じゃないよね!?」
「……ちゃん付けやめてもらっていいですか」
鳥肌が立ちました。ローレンに呼ばれるならともかく、貴方にそう呼ばれたくはありません。
「冷たっ! 声音で周囲の温度が下がったんだけど!」
ふざけているのか、その性格が地なのか分かりませんが、私とは相性が悪いみたいですわ。
「リアンドル殿下との面会日を決めたいのですが、よろしいでしょうか?」
目的を果たして、さっさとこの場所から離れたい。
「他人行儀すぎるっ! そんなに嫌がるとは思わなかったよ。これから何かと付き合いもあるだろうから、仲良くして欲しいなぁ」
……それもそうかな。私はノーザランド侯爵家に嫁ぐ身だし、家門同士の平和のためには、公爵家との関係は良好に保つべきよね。
「分かりました。もう少しその軽薄な口調を、改めていただければ、普通にお付き合いできると思います」
軽々しく「可愛い」とか誤解を招く言葉を言ってこなければ、それでいいのよ。
「嫌がらせをするつもりはないから、安心してよ。では、メリーナ嬢。俺のことはジュリアスお兄様とでも呼んでくれ」
メリーナは一人っ子で、今まで兄と呼んだ人もいなかったため、脳内で戸惑いの嵐が吹き荒れ始める。
それに相手は公子様。いとこと言っても、気安く接して良いものなのかしら……。
かといって、相手の要求を断るのにも気力が必要で。
最終的にメリーナは思考を放棄した。
「ジュリアスお兄様、早くリアンドル殿下との面会日を決めたいです。あと、私迷子なので、ローレン様の場所まで案内していただければ嬉しいのですが、よろしいでしょうか?」
どうせ誰も見ていないわ。ローレンも私を探しているかもしれないし、いい加減この庭園から抜け出したいのよ。
「了解だよ。て、メリーナ嬢、君迷子だったの? 冷静だからてっきりこの庭園を楽しんでいるだけだと思ってた」
困惑顔で見てくるジュリアスに、メリーナは真面目な表情で口を開く。
「楽しんでましたよ。ただ、出口が分からなくなっただけですわ」
迷路を探索しているようで、最初はワクワクしていたけれど、リアンドル殿下との出会いから、我が家の家系図まで、色々あったから疲れてしまったの。
「……そう、まあいいや。ローレンの場所だね。それじゃ、一緒に行きながら皇子との面会日を決めようか」
ジュリアスはメリーナを案内するために、腕を差し出してくる。
……いとこだと言うし、このくらいなら応じてもいいかなぁ。
「よろしくお願いいたします」
メリーナは小さくため息をついた後、その腕に手を添えた。
◆◆◆
ジュリアスの案内で元いた場所に戻ったメリーナは、そこにローレンの姿を見つけ、走り寄る。
「ローレン! 場所を移動してしまってごめんなさい。戸惑ったでしょう?」
ローレンの目前まできて見上げると、彼は案じる表情でメリーナの頭を撫でてきた。
「メリーナ。何かあったのではと心配したよ……。無事で良かった!」
その後、ゆっくりとメリーナを抱きしめる。
長い時間探させてしまって悪いことをしたわ……。
メリーナはローレンに身を任せ、彼の胸に顔をうずめた。
「それではメリーナ嬢、また今度会おう」
メリーナとローレンのやり取りを気にした様子も無く、ジュリアスが別れの挨拶をしてくる。
「ジュリアスお兄様、案内ありがとうございました。三日後の皇子との面会、楽しみにしております」
メリーナは慌ててローレンの腕から抜け出し、淑女の礼をとりジュリアスにお礼を伝えた。
「ジュリアス公子。メリーナを連れてきてくれて助かったよ。ありがとう」
ローレンも和やかな口調で、メリーナに続けて礼をする。
ジュリアスはメリーナたちに苦笑いを返して、去って行った。
◆◆◆余談◆◆◆
ローレンはジュリアスとメリーナが寄り添って歩いてくるのを見て、嫉妬心丸出しの表情をしていたが、それに気づいた者は、ジュリアスだけだったと付け加えておく。