庭園での出会い
ハリネズミ……? みたいに警戒されてしまったわ。どうしよう。
塔を目指して歩いていたメリーナは、塔と庭園の境目の場所で、花を摘んでいる少年に行き合った。
少年はメリーナの存在に気づくと、一瞬の硬直後に鋭い視線でメリーナを威嚇してきたのである。
「お前は誰だ! こっちに近寄るなよ」
「えっと、私はメリーナ・サウザンと申します。貴方はどちらの家門の方かしら……? お付きの方は?」
十二、三歳くらいかな? 庭園にいるということは、少なくとも侯爵家以上の家門の子よね……。
突然現れたメリーナに驚いたせいなのか、少年の手は花のトゲで傷つき、ポタリと血が流れてしまっている。
「……サウザン。サウザラン公爵家の……? 僕は……リアン。いいか、絶対こっちにくるなよ! きたら容赦しないから」
公爵家……? そんな恐れ多い! 私の家は伯爵家よ。庭園にいるせいで勘違いされてしまったのかしら。
「でも……リアン君? 貴方怪我をしているわ。手当てしないと……」
少しでも警戒を解いてくれるといいのだけれど。
「っいいから! 僕に近寄らないでよ! ……ここなら誰にも邪魔されないと思ってたのに……」
フロリアの花を抱えて、リアンは今にも泣き出しそうな声を発しながら、しゃがみ込んでしまう。
フローリア皇国の国花である、フロリアの花。大切な人の幸せを願って贈る花だ。
フロリアの花束を作ろうとしてたのかしら。邪魔をして可哀想なことをしてしまったわ。
「リアン君、その花。強く握り締めたら、綺麗だったのが台無しになってしまうわよ。血で汚れてしまうのも嫌でしょ? 邪魔はしないから、手の手当てだけでもさせてくれないかしら」
メリーナはこれ以上リアンを刺激しないよう注意しながら、リアンの目線まで屈み、穏やかな声を心がけて話しかけた。
「あ……。手当てだけだからな! それ以外に何もしないでよ……」
リアンは自身の手とフロリアの花を交互に見て、しばらく悩んだ末に、メリーナが手当てをすることに同意を示す。
良かった……。手の怪我を放置していたら、化膿して大変なことになっていたかも。
リアンの手を、持参していた水で洗い、これまた持参していた手巾で解けないよう軽く縛る。
「はい、これで大丈夫よ。私は別の場所に移動するから、そんなに警戒しないで。驚かせてごめんなさい」
これで良しと立ち上がったメリーナ。リアンに謝罪し、庭園の出口を求めて、もう一度歩き出そうとし──
「……待って。ありがとう。……あの、貴女は公爵家縁の人なんだよね、皇宮では見たことなかったけど」
か細い声に引き止められた。
リアンが恐る恐る聞いてきたので、メリーナは今こそ誤解を解く好機とばかりに口を開く。
「いいえ、私は伯爵家の──」
「あいつの縁者なんでしょ? どうにかしてよ、僕にずっと付き纏ってきて鬱陶しいんだから!」
だが、残念なことに、リアンの勢いにおされ、口を閉じるしかなかった。
あいつとは誰のことでしょう? 付き纏う……、お付きの方のこと? 公爵家の方が従者になることがあるのかしら……?
「リアン君、あいつとはどなたの事でしょう? 私には見当もつかなくて」
「ジュリアスのことに決まってるでしょ! サウザラン公爵家なんだから。サウザン伯爵家は──」
まくし立てるリアンに、メリーナが困り果てていると、背後からどこかで耳にしたような声が聞こえてきた。
「皇子! 今日はここに居たんですね。塔から出るときは俺を呼んでくださいと、何度も伝えてたはずなんですけど?」
この男性は……ううーん、誰だったかな。見覚えがあるような、ないような。
「……うるさいなぁ! 少しは自由にさせてくれてもいいんじゃないの!?」
って、今、リアン君のこと、皇子っていいましたか?
「首謀者を捕まえるまでは耐えろと、皇太子殿下も仰っていたでしょう?」
塔から出るとき、皇子……。塔にいる皇子といえば、第二皇子のリアンドル殿下!?
「そんなこと言って、一生僕を閉じ込めておくつもりなんでしょ! 首謀者なんて分かりきってるのに……」
リアンドルと男性は、メリーナが考えを巡らせている間に、言い合いを激化させていく。
「証拠が出てこないんですよ! 皇子が利用されないように、こっちも頑張っているんです。俺が付いてれば自由に外出できるんですから、もう少し辛抱してください!」
思い出したあぁ! この男性、百花の式典の時に声を掛けてきた、遊び人だああ!!
「……どうせティメント王国に恐れを成しているだけでしょ……」
確か名前は、サウザラン公子!
「何か仰いましたか?」
リアン君、いえ、リアンドル殿下が鬱陶しいって言っていた方は、サウザラン公子のことだったのね。
「別に……。もういい、塔に戻る」
言い争いに疲れたのか、リアンドル殿下が塔に向かってしまう。
ちょっと待ってください! リアンドル殿下がフロリアの花を贈ろうとしていた相手は、ロザリー様ではないかしら?
「リアンドル殿下! 今度一緒にロザリアナ皇女殿下に会いに行きませんか!?」
相手の幸せを願う花よ。もうすぐ紬之国へ行ってしまう皇女殿下に、贈ろうとしていたに決まっているわ。
「……え、なんで」
メリーナの推測が当たっていたのか、リアンドルが驚きの表情で振り向いた。
「花束を持って。行きましょう!」
リアンドル殿下が一生懸命に摘んでいた花だもの。ちゃんと花束にして、直接ロザリー様に贈らないと、ずっとリアンドル殿下の心残りになってしまうわ。
「う、うん。分かった。ジュリアスを通して会いに来て」
パッと明るい表情になるリアンドル。
さっきまでリアンドルと言い合いをしていた為か、ジュリアスの表情は少し険しい。
……遊び人のサウザラン公子に、リアンドル殿下との面会の許可を貰わないといけないのは、気がすすまないけれど、これも殿下のためよ!
「分かりました! 近いうちに会いに行きますね。約束いたします」
リアンドルが塔に戻り、残されたのは迷子のメリーナと、メリーナの存在にやっと気がついた様子の、ジュリアス・サウザランのみであった。