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9:どこにも居場所がないのに



 次の瞬間、ディアが追加で持ってきたのであろう大量のレンガが勝手に動いて、若干歪な形だったが窯が完成していた。


「え、え!?」

「これでいいだろ。何か違うのか?」

「いや、いいですけど……」


 レンガを積むの、楽しかったのに。


 若干しょげた私の反応を見て、ディアはまた不思議そうな顔をしていた。どうやら親切なことをしたので、もっと喜ばれると思ったらしい。


「お前は本当によく分からないな。お前が変わっているのか。……人間はみんなそうなのか?」

「それはどうなんでしょう。前世では変人扱いされませんでしたけど、今世では変人扱い、というかずっと避けられてきたので分からないです。すみません」

「別に謝らなくていい。……俺はお前のことだけ分かればいい」


 普通に事実を告げたつもりだったのだが、気を使わせてしまったらしい。そして、こんな居候にも寄り添ってくれるつもりらしい。


 私のことを知りたいと思ってくれた人なんて、今世では誰一人としていなかった。どこにいても透明人間扱いか、邪魔者扱いで、誰にも愛されないと理解してからは、せめて役に立とうと家事に奮闘することはあっても、誰かに理解されたいと思うことなんて一度もなかった。


 それが当たり前だと思って心を守っていたけれど、やっぱり、それでも、私だって心のどこかでは寂しくって。


「俺にはさっぱり理解できないが、お前は自分の手で色々作るのが好きなんだろう? これからは魔法を使う前に声をかけることにする」

「ありがとう、ございます」


 ヤバい。ダメだ。ここで泣いたらもっと変なやつになる! と思っているのに、涙は勝手に出てきてしまう。


 うっすら涙を滲ませながらお礼を言うと、ディアは「お前は本当に訳がわからないな!」といつもの綺麗な仏頂面を少し柔らげて、呆れたように笑っていた。


 その後、二人で焼いて食べたピザは格別に美味しかった。好き嫌いの多いディアも気に入ったらしく、珍しく何も言わずに、無言でペロリと平らげている。


 あまりにも美味しかったものだから、すぐに二枚目を作って窯の中に放り込んだのだが、ディアに火力の管理を任せたら目を離した隙に消し炭となった。


「あの、ディアさん?」

「悪かった。……その、まだ生地はあるのか?」


 消え入りそうな謝罪と共に、私の方を無言でチラリと見てきた様子が、あまりにもしょげていたから何だか可愛くて、思わず声をあげて笑ってしまった。


「ふふっ。あははははっ! ありますよ! たくさん、たくさん作ります!」


 ディアの言葉が、美味しかったからもっと食べたい、と同じ意味に聞こえて、嬉しくて堪らない。


 浮かれながら再度マルゲリータの生地を用意し、鉄板に棒を取り付けたものに載せてピザ窯の奥へと押し込む。これぐらいの場所でいいだろうか。


 もっと奥の方がいい? 焦げ目がついた方がいいかな。チーズはしっかりトロトロにしたい。


 せっかく美味しく食べてくれているのだから、もっと───────。


「っ、あつ!」


 あまりの熱さに、反射的に棒を離しそうになって、必死に堪えた。離したらせっかくのピザが炎の中に落ちてしまう!


「どうかしたのか?」

「え、あの、ピザ! 浮かせたり出来ます!?」


 そう訴えた次の瞬間、ピザは宙に浮いていた。魔法って便利だなぁ。最初からお願いすればよかったかも。


 今度こそ慌てて棒から手を離す。どうやら鉄板伝いに棒まで熱が伝わってしまったらしい。


 いやぁ、久しぶりに熱かった。というのも、私は何故だか、炎があんまり怖くない。生物としての本能に反しているような気がするが、妙に熱さへの感覚が鈍い。


 だから、こうやって料理中にうっかり火傷してしまうことはよくある。前世で両親にもよく怒られたなぁ。


 小さい頃は炎が燃え盛る暖炉に手を突っ込もうとしたこともあるらしい。だからといって、期待されていた炎魔法への適性はなかったけれど。


 昔のことを呑気に思い出していた私とは裏腹に、ディアは真っ赤になった私の手を見て、元々縦長の瞳孔をさらに鋭く尖らせた。


「手を怪我したのか!?」

「すみません、ご迷惑をおかけして……。あ、でも大丈夫ですよ。私、熱さには結構強い方で!」

「そんなことは聞いていない」


 昏い、声。何かいけないことをしてしまったのかと考えて、背筋が凍る。


「……俺は、手を怪我したのか、していないのかを聞いたんだ! 早く回復魔法を……そうか。『お前は』使えないんだったな」

「え、えと」

「悪いが、俺は回復魔法が使えない。これで我慢してくれ」


 ディアが私の手首を握って持ち上げる。すると、氷の粒が渦巻いて、キュッと柔らかく私の手に巻きついた。


 まるで包帯みたい。ひんやりとした感覚が心地よい。


「俺はお前の料理が気に入っている」

「っ、え?」

「だから、怪我をされるのは困る。平気なフリをされるのも。……お前の料理が食べられなくなる方が迷惑だ」


 ディアはぶっきらぼうにそう言って、私の頭にポンと手を置くと、浮かせていたピザを窯に戻して何事もなかったかのように焼き始めた。


 それでも、らしくないことをした、とでも言いたげに、耳が赤くなっている。


 私なんかの怪我を、心配してくれるなんて思っていなかった。私の料理をそんなに楽しみにしてくれているなんて、思っていなかった。


 どこにも行き場がないのに。居場所がないのに。この場所だって、本当は私のものじゃないのに。私がフレミリア様そっくりじゃなかったら、きっと、この優しさは貰えなかったのに。


 キュッと胸が締め付けられるように痛くなった。じんじんと熱を放つ右手よりも、痛い。


 上手く言葉に出来なかったから、「ほら」とディアが渡してくれたピザをそのまま一口齧った。


 こんな、よく分からない気持ちになるのは、初めてだった。

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