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41.SOS【ディア視点】



 すぐに帰ろう。そう決めてこの国へ来たにも関わらず、俺はずっと兄に会えないまま部屋に閉じ込められていた。


 兄に会わせろと訴えても、貴族への挨拶がどうとか、トラブルに対処中だとか、そんなことの繰り返しで顔も未だに見れていない。


 その間、することもないだろうと、出る予定もなかった式典に駆り出されそうになった時は久しぶりに本気で魔力を解放した。龍族は魔力に敏感な生き物なので、格の違いなんて簡単に感じ取れるはずなのだが、なぜわざわざこんなことまでしなければならないのだろうか。


 不愉快な気持ちになりながら、気分を良くするために、ミレリアに持って帰る手土産のことを考える。もう贈り物はいいと言われたが、持って帰ってしまえばこちらのものだ。きっとブルーのドレスも似合うし、シックなデザインのものもいい。


 ようやく機嫌が直ってきたあたりで、兄の傍仕えに声をかけられた。


「……すみません。王太子様」

「兄と会う準備が整ったんだな」

「大変申し訳ございませんが、グレイア様は現在、来賓の方とお会いされておりまして」


 そういえばグレイアとかいう名前だったな、と思いながら必死に苛立ちを押し殺す。傍仕えは、ビクビクと怯えながらも本のようなものを差し出してきた。


「その間にこちらを眺めていていただきたいとのことです」

「…………」

「おっ、お願い致します」


 仕方がないので本を受け取り、パラパラと開くと、年頃らしい女達の写真が目に飛び込んできた。綺麗に正装をして着飾っていて、どの女も良い家の産まれなのだろうということが分かる。まるで見合い写真のようだ。


 気分が悪い。


「お前、ふざけているのか?」

「……っい、いえ。その、今後王位を継がれた際に」

「そんなことを聞いているんじゃない。堂々と魅了魔法をかけたものを渡してくるなんて、俺も随分と馬鹿にされたものだと言っている」


 いくら魔法に耐性があるとはいえ、並の龍族だったら恐らく気がつかないまま侵食されてしまうほど、巧妙に施されている。この本をめくっているうちに、写真の女達に好意を抱くようになるのも時間の問題だろう。


「時間の無駄だった」


 ミレリアに堂々と言えないようなことはしないようにしようと思っていたが、そんな甘いことを言っている場合ではなくなった。


 元々ここは修羅の国なのに、俺としたことが浮かれていたみたいだ。俺を殺したいほど恨んでいる兄が、俺を呼び出しておいて何もしてこないなんてことはあり得ない。


 本をその場に投げ捨てて立ち上がると、周りの警備兵達がこちらに向かってくる。おそらく兄の息がかかったやつで固められているのだろう。そんなことはもう、どうでもいいが。


「……近寄るな。汚れる」


 一番に向かってきた兵士の胴体を風の魔法で貫き、飛び散った血飛沫がかからないように風を巡らせて地面に落とす。


 最悪だ。ミレリアに血生臭いと思われるようなことがあったら、耐えられない。次からは昏倒させる方向で考えよう。


 とりあえず息の根さえ止めなければ良い。そう考えて、広範囲に大気の重みをかけ、窓を壊して外へ出る。どうせ兄が来賓と会っている、なんてのは嘘に決まっている。


 あんなやつに王位を継がせるのも癪だが、こんな国はとっとと滅びればいいので、もうどうでもいい。早く兄を捕まえて話をし、ミレリアのところへ帰らなければ。


「…………いた」


 上空から兄のいる部屋を見つけ、一直線に降りようとすると、服の中から鈴の音が聞こえた。「何かあった時連絡が取れないと困るから!」と、ベルに押し切られて渡されたものだ。


 結構前に貰ったような気がするが、長いチェーンに通して渡されたそれを首からかけて以来、外すのもめんどくさかったので、多分ずっと着けている。とはいえ、ベルは俺に言いたいことがあると大体家に直接乗り込んでくるので、実際に連絡が来たのはこれが初めてのはずだ。


 この状況で連絡に出るかどうか迷ったが、そこまでして伝えたいことがあるということは、何か緊急事態が起きたのかもしれない。そう考えて、鈴を持ち上げ、薄く魔力を通す。


「ベル、どうしたんだ。生憎、俺は今忙しい」

「忙しい、じゃないよ! ディアさ、今、ミレリアと一緒じゃないんだよね!?」

「ミレリアがどうかしたのか!?」


 ミレリアの名前が出た途端、心音が跳ね上がった。普段と違って、ベルが緊迫した様子だから、余計に。


「落ち着けないかもしれないけど、落ち着いて聞いてね。ミレリアに渡しておいた緊急用の鈴が鳴ったから、すぐ連絡を取ろうとしたけど、連絡が取れないんだ。もしかすると何かがあったのかもしれない」

「…………は?」

「ディア、今どこにいるの?」

「……空の上、だ。兄に呼び出されて、ミレリアの元を離れてる」


 血の気が引いた。喉が渇いている。耳元では、早くなった心音だけが響いていて、冷や汗が止まらない。吐きそうだ。


 ミレリアに何かあったら、俺は生きていけない。


「今すぐ家に」

「あーー! 待って待って! これ、多分偶然じゃないんだよね!」

「は?」


 一刻も早くミレリアの元へ駆けつけなければならないというのに、コイツは一体何を言っているのか。鈴を睨みつけて言うと、ベルは言葉を続けた。


「僕が何で様子を見に行けてないかっていうとさ、森が燃えてんの! 不自然な広がり方してるから、多分誰かが火をつけたんだと思う!」

「ッ、森が!?」

「消火活動に精一杯でっ、ミレリアのところに行けないんだ! ディアまでミレリアの傍を『たまたま』離れてるタイミングで連絡が取れなくなって、SOSを知らせてくるなんておかしいんだよ!」


 明らかに嵌められている。悪意を持った誰かに。このタイミングで兄に呼ばれたのも、長々と城に拘束されたのも、俺からミレリアを引き離すためだったとしたら説明がつく。


 兄は一体、どこまで俺を怒らせたら気が済むのだろう。怒りのあまり鈴を握りつぶしそうになり、慌てて手を離す。


 家には強固な結界を張っているが、万が一ということもある。今はミレリアの安否を確認することに集中すべきだ。


「事情は分かった。俺はミレリアの元へ向かう」

「分かった! 気をつけて!!」


 ベルは慌ただしくそう言って、通信は切れた。


 また連絡がくることがあるかもしれないので、鈴を服の中に仕舞い、急いで地上へと踵を返す。


「おい! どこに行くつもりだ?」


 不愉快な声。焦りを抑え込み、苛立ちながら振り返ると、久しぶりに見る兄の姿があった。

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