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37.『一番』はひとりだけ



「私、どうやって死んだの……?」

「あら。知りたいの?」


 イリヤは勿体つけるように、妖しく笑った。


「あたしがミレリアを見つけたのはね、偶然だったの。たまたま滞在していた街にあなたがいた。姿が変わっていないから、シンシア様を苦しめた、あの爆炎の魔女が。フレミリアが、どうにかして生まれ変わったんだって一目で分かったわ」

「……最初から、知ってたんだ」

「えぇ。もしかしたら何か知ってるかもしれないと思って近づいたけれど、記憶がないって知って、あなたのことを知りたくなった。もしかしたら仲良くなれるかもしれないって思ったの。あなた、すごく強かったから、今度はあなたが味方になって、シンシア様を元に戻す手助けをしてくれたらいいなって思った」

「それでうちの常連になったの?」

「えぇ。毎日、シンシア様にお供えするベリーのパンを買いに行かないといけなかったから、ちょうど良かったわ」


 大好きな人にあげるの! と笑顔でパンを買って帰っていたイリヤのことを、今もまだ鮮明に覚えている。あの姿が大好きだった。それがシンシアのため、だったなんて。


 身体は依然として動かないままだけれど、ただ涙だけが溢れてしまった。


「あなたと友達になって、一緒に馬車に乗ったとき、森に咲いてる花を見て、何か叫んだかと思ったら、前世の記憶を取り戻してたのよ! それであなた、一言目にこう言ったの。『ディア、どこにいるの』って」

「あ、あぁ……」


 思い出した。あの日。イリヤと馬車に乗った日、森の中にカレンデュラの花が咲いていたのを見かけたんだ。


 そのオレンジ色を見て、懐かしくって、朧げながら記憶を思い出した。


 ──────ディア、どこにいるの。


 寂しい思いはしていないだろうか。怪我はしていないだろうか。早く涙を拭わなくちゃ、って。


 きっと私は、ディアの目の前で死んだ時のことを思い出して、一番にディアの心配をしたんだろう。


「あたしね、やっぱりって、思った。こんなに仲良くなれたのに、一番はあたしじゃないんだって。ミレリアは結局あの忌々しい男が一番大事なんだって思った途端、最悪な気持ちになったの」

「…………それで?」

「だから、殺しちゃった。仕方ないじゃない」


 イリヤだって『一番』はシンシアのくせに。だから私を殺してるくせに、なんて身勝手な。

 彼女をグッと睨みつけると、イリヤは呆れたように笑った。


「……でも、ミレリアが悪いのよ? あなた、馬車から降りて魔法でめちゃくちゃやるんだもの。凄い火事になったし、土砂崩れまで起きて大変だったわ」


 コリンズの街で聞いた話を思い出す。大きな山火事があってから、この道は使われなくなったって。確かに(フレミリア)の魔法だったら、人が近寄らなくなるほどの大火事を起こせるだろう。

 どうしてあの時ピンとこなかったのか、と自分の発想力の乏しさを悔やむ。


「だからね、次会った時は抵抗されないように、ちゃーんと魔力と記憶を封じておいたの。特に死に際のことはしっかりね!」

「あなた、だったの。私の魔力と記憶を封じたのは」

「そうよっ。凄いでしょ?」


 本気で睨みつけても、イリヤは感情のネジごと壊れてしまったかのように、可憐に笑った。実際、壊れているのかもしれない。きっとイリヤにとって、シンシアは世界で一番大切な存在どころか、世界そのものだったのだろう。


「だったらそのまま死なせておけばいいのに、どうして私を生まれ変わらせたの?」


 この様子なら、きっと私を生まれ変わらせたのもイリヤだ。シンシアの弟子で、呪術が得意だというイリヤなら、傷など残さずに生まれ変わらせることも出来るはず。

 そう考えて尋ねると、イリヤは誤魔化しもせず嬉しそうに口を開いた。


「それはね、あたしのシンシア様になってもらうため!」

「…………は?」

「大好きなミレリアが、もーっと大好きなシンシア様になってくれるなんて嬉しいなぁ。昔はまだ研究が途中だったんだけど、今は完璧に準備が整ったの」


 イリヤはそう言って、笑顔のまま懐から注射器を取り出す。見覚えのあるそれは、クローテッド教団が使っているものだと言って、ベルさんが見せてくれたものと同じだった。


「ミレリアに会えるまで、他の子たちで実験してみたんだけどさぁ。やっぱり上手くいかないの。ただの人間をいくら集めても、何の役にも立たないわね。シンシア様がみんなに崇められて気持ちいい! ってぐらい」


 理解なんてしたくないのに。教祖。その言葉が頭をよぎる。


 さっき少しだけ見えたイリヤの首筋には、狼のタトゥーが入っていた。クローテッド教団のマークにもなっている、狼はシンシアがよく使役していた動物だったはず。


 クローテッド教団を作ったのは、間違いなくイリヤだ。きっと、今までの話は全部本当。私の知っていたイリヤはもうどこにもいない。壊れきっている。早く、早くここから逃げないと。


 イリヤと話して、どうにかこの状況を切り抜けたいと思うのに、どんどん呂律が回らなくなってくる。考えもまとまらない。なんだかこの状態は、シスターの、しすたーに、本を、みせられたときによくにている。


「ごめんね。あの憎い男が張っていった結界を破るのに時間がかかったせいで、ゆっくり記憶を消してる時間もないの。上書きで十分よね?」  


 イリヤがわたしの腕をまくって、鋭利な注射器の針が、うでに。


「ねぇミレリア。早く、シンシア様になってよ」


 ゾッとするほど冷たい赤色の目が、目の前にあった。


「……なに、する、の」

「知ってる? 水は記憶を持っているんですって。水たまりの水は、自分が昔、どこから来たかちゃんと覚えているそうよ」

「や、めて」

「だからね、シンシア様の記憶もきっと覚えてくれているはずだと思って。あたし、あの時はまだ修行が足りなくて、どうしたらシンシア様を生まれ変わらせられるか分からなかったから、シンシア様に何も出来ないまま死なせてしまったの。肉体と精神がない状態で、どうやったら蘇らせられるかって考えたときに、シンシア様が私のために泣いてくれたときの涙を拭ったハンカチを大事に大事に取ってあったことを思い出したの。ふふっ、あたしったらダメね。つい嬉しくって喋りすぎちゃう。───────あら、あなたにはもう聞こえていないかしら?」


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