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35.久しぶり!

 

 嫌われたらどうしようと、ずっとそればかり恐れていたけれど。今では、私がミレリアだと言ったら一体どんな反応をするのだろうという好奇心の方が勝って、なんだか楽しみになってきた。


「ご馳走様を、作ろう」


 今日という日を盛大に祝うのだ。それに何より、嬉しすぎちゃって、頬の緩みもおさまらなくて、この有り余ったエネルギーを何かぶつけられるものが欲しい!


 ケーキがいいだろうか。それとも大きなステーキ? ディアの好きなピザもいいな。特別なパンを焼くのもいい。


「どれがいいかな? ……まぁ全部作ればいいか!」


 そうして私は、ニッコニコで台所へ戻り、焼いてあったオムレツをつまみながら準備を始めた。


 いつ帰ってくるか分からないし、すぐ帰ってくると言っていたから、今から取り掛かるだけだ。何もしていないと踊り出しちゃいそうだからとかじゃない。全然。


 ニッコニコのまま手を動かし続ける中で、一番のメインはタルトケーキにしようと決めた。料理の基礎も分かっていないフレミリア時代に一度作って、ディアに「不味かった」と言われていたものだ。


 あれはあれで思い出だけれど、今、約800年の時を経てリベンジを果たすのである。


 タルト作りは、手間こそかかるものの案外簡単だ。いや、違う。簡単だなんて言ったらフレミリア()が可哀想だ。ごめん。全然簡単じゃないけど、作れないことはない感じ。


 そんなとを考えながら、早速生地作りに取り掛かり、バター、砂糖、薄力粉をひたすら混ぜる。ある程度纏ったら、平らにならしておく。


「よし! このまま寝かしときましょう」


 型に敷き込むまでは、ちょっと時間がかかる。


 何をしようか、とぼんやり思って、この家に来たばかりの頃は生地を寝かせている間に魔法のことを学んで、どうにかフレミリアのことを知ろうとしていたことを思い出した。


 どの単語にも見覚えがなくて、全然進まなくて挫折したんだった。逆に、記憶を思い出した今なら、懐かしい気持ちになるのだろうか。


 物置き部屋に戻り、詰んである本の中から一冊を取り出す。


「あったあった」


 あとは普通の魔導書だけれど、この一冊だけは違うのだ。途中から白紙になっていて、私の日記が書いてある。誰にもバレないように工夫していたから、これにはきっとディアも気がつかなかったことだろう。


 パラパラとめくってみる。


『ディアが可愛いすぎる』『幸せになって欲しい』『にんじんを食べてくれた』『師匠失格なのかも』……なんか今と同じようなことばっかり言ってる気がするな。


 もうちょっと読めば、流石に違うことも書いてあるだろうか。さらにページを捲ると、日記は途切れており、代わりに龍族の生態についてまとめられていた。


「懐かしいなぁ。ディアが全然自分のこと話さないから、必死だったんだよねぇ」


 ディアが体調を崩したときなんてもうパニックだった。私たちも同じような看病をすれば治るのか。そもそも私たちと同じ原因で咳が出ているのか。どれぐらい長引くものなのか。


 分からないことが多すぎて、ディアにしてあげられていることが最善なのかも分からなくて、そんな状態で師匠なんて名乗っているのが恥ずかしくなって。


 それ以来、ただでさえ地上には少ない龍族の情報を集め始めたのだった。


 私もよくディアに過保護だと言っていたけれど、過保護なのはどっちだろう。私も大概負けていないかもなぁ。思わず笑ってしまう。


「ええと、睡眠は必要ない。食べ物もある程度食べなくてもいい。魔力至上主義。体調を崩した際は魔力の波が整うのを待つ。……婚姻時には番という契約を結ぶ」


 そうだ、番。

 龍族は婚姻時に、お互いの魔力をひとつにして、ふたつに分けるらしい。魔力の保有量は寿命に比例するから、婚姻した二人の寿命をある程度同じにして、ずっと一緒に生きていけるようにするのだという。


 気まぐれに天災を落としたり、淡白で気まぐれな種族なのに、愛するものへの愛はこんなにも深いのかと衝撃を受けたことは今でも覚えている。


「私もディアと結婚したら番、になるのかな」


 私の魔力量は多い方だけれど、ディアとは比べ物にならない。ディアの寿命を縮めてしまうのでは、なんて考えて、そんなことまで考えるのはまだ早いから! と自分の頭を殴る。


 まずい。やっぱり、浮かれすぎて頭がおかしくなっている。手を動かしてないと邪念が、つい溢れて。そろそろタルトケーキ作りに戻ろう。


 本を閉じてキッチンへ戻ると、それからはずっと黙々とタルトケーキ作りに没頭していた。


 たまーにご馳走の匂いを嗅ぎつけたクロがつまみ食いに来たり、浮かれすぎて具材を切りすぎたりしたこと以外は全然順調だ。


 あとはこのタルトにフルーツを飾りつけるだけ。ウキウキしながらハートにカットした苺を乗せようとした時、トントンとドアをノックする音が聞こえた。


「……誰だろう?」


 ここにきて結構経つけれど、今まで玄関から来客があったことなんて一度もない。クロは気がついたら側に現れているし、ベルさんが来る時は風が吹いたと思えば、もうそこにいる。わざわざドアをノックするとは思えない。


 この森にはフレミリア以外の人は辿り着けないようにする魔法をかけているのだと、ディアは前に言っていた。となると、もしかすると龍族の人がディアに会いに来たのだろうか。


「とりあえず様子を見に行ってみる?」


 不安が胸に広がったので、わざわざ声に出して呟き、玄関へ向かう。


 この玄関のドアは、私、もしくはディアじゃなければ開けることが出来ない仕組みになっているらしい。迂闊にドアを開けるなとディアに何度も言われているので、まだドアは開けずに、こちら側から声をかける。


「あの、どなた様で」

「こんにちは。ミレリア!」


 澄んだ、声。聞き覚えがある。


 ─────とっても綺麗な声!


 昔、彼女にそう言ったのは私だった。


「……イリヤ?」


 思わずドアを開ける。その瞬間、肩上で切り揃えられた美しい銀髪がサラサラと揺れて、私に飛び込んできた。


「そうよ、久しぶり!」

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