31.本当に魔法が使えないのか?
それから少しして、私とディアはボートで湖の上に浮かんでいた。
「綺麗ですね。空を飛んでいる時も思いましたけど、まるで星空の中にいるみたい!」
「……こんな狭いものに乗って何が楽しいんだ?」
「楽しくないですか!?」
泳いだ方が早いのに、なんて見当違いなことを言うディアに抗議をして、オールを漕ぐ。ゆっくりと水面をボートが滑っていく。
これはさっき、ディアがその辺の木を加工して作ってくれた物だ。自分からお願いしたことだけれど、本当に何でも出来るんだな、と面白くて少し笑ってしまった。
フレミリアの記憶を思い出す前の私は、魔法って何でも出来るんだなぁなんて感心していたが、ディアのような芸当は魔女でも容易じゃない。ベルさんは風魔法と錬金術に特化しているし、私は炎に特化していた。
つまり、魔女なら何の魔法でも使えるってわけじゃない。少なくとも私にボート作りは不可能だ。
「ディアは凄いなぁ」
湖面の星に手を伸ばし、星を掬おうとしたけれど、チャプチャプと水面が揺れるだけで手には入らなかった。
欲しいものは、手に入りそうで入らない。……私はただ、ディアとずっと一緒にいたいだけなんだけどなぁ。
揺れる湖面をぼんやり眺めていると、目の前でキラリと光が瞬いた。
「……なんですか、これ」
瞬いたものは、チェーンの先に付いている宝石のようなもの。光の反射なのか、角度によって色が変わる。
ディアが手にしているは、まるで星を捕まえて加工したようなネックレスだった。
「今日からお前のものだ」
「た、高そうすぎます!」
「そう言われると思って自分で作った。龍族に手作りさせるなんて、贅沢なやつだ」
「えっ、手作り!? ……わっ」
驚いて飛び上がり、ボートから落ちかけた私は、目にも止まらぬ早業で抱き止められた。
慌てて元いた場所へ戻ろうとしたけれど、「危ないから」とそのまま捕まって、ディアをソファのようしてもたれる形になってしまった。
寝転がっている状態に近いので、夜空の星が先ほどよりもよく見える。
「……ありがとうございます。やっぱり星、綺麗ですね」
「あぁ」
ディアは返事をくれたけれど、きっと星なんて見上げていない。
私の首にかかっていた髪を優しい手つきで分けると、ネックレスをかけて、後ろの金具で止めているカチャカチャとした音が聞こえる。
そして、満足げな「よし」という言葉が聞こえた時には、私の首元に星の煌めきがあった。
「あの。ディアはちょっと、私のことを甘やかしすぎだと思います」
「ダメなのか?」
「ダメってわけじゃ、ないですけど。もらってばっかり、頼ってばかりも心苦しいというか。普段からそうじゃないですか」
「……例えば?」
「ほら、私だって荷物を運ぶぐらいなら出来ますし」
「頼りにしてないわけじゃない。ただ、そんなことは力が有り余ってる方がやればいいと思っているだけだ」
手強い。それに、言われた私が嬉しくなることばっかり言う。
「っ、それならせめて、料理とか! 私、明日の料理は腕に縒りをかけて作りますよ!」
「ミレリアに食べて貰おうと思ってシチューを作ってきている。俺の作ったシチュー、好きだろ?」
「うう……あの、そういえば部屋のお洋服とかもどんどん増えてると思うんですけど。あんなに可愛らしいものは似合わないし、多すぎます!」
「何言ってるんだ? ミレリアは可愛らしいから、可愛らしいものがよく似合う」
もうダメかも!
私は、にやけそうになる頬を抑えるために唇を噛んだ。嬉しくっても負けない。プレゼント攻撃、禁止する。絶対負けないんだから。
「ミレリアに何を贈ろうか考えるのが俺の楽しみなんだ。プレゼントは禁止しないで欲しいんだが……ダメなのか?」
ディアは蕩けるように甘い声でそう言って、私の首にかけたネックレスを撫でる。
た、助けて! 助けてください!!
そのせいで、誰に何を助けて欲しいのかも分からないまま、私の心がよく分からない叫びを上げている。
「……それなら仕方ない、ですね」
そこまで言われては禁止も出来ない。完敗。完敗でした。
私、師匠なのに。いつの間にこんなことになっちゃったんだろう。
複雑な気持ちでいると、ディアはふと呟くように私に尋ねた。
「ミレリアは本当に魔法が使えないのか?」
「使えない、ですけど」
「本当に?」
今更どうしたのだろう。まさか記憶が戻ったとき、一瞬だけ魔力が蘇った時のことを言っているのだろうか。
────私がフレミリアだとバレた?
急に血の気が引いてきて、ぎこちない動きで振り返る。間近にあったディアの顔は真剣そのもので、余計に心臓が跳ね上がった。
「それなら、なぜ俺はこんなに、狂ったように君に尽くしたくて堪らない?」
…………はい?
「自分でもおかしいと思うんだ。ミレリアのためなら何でもしてやりたくなる。美しいものを見ると全てプレゼントしたくなるし、毎日美味しいものを食べて笑っていて欲しいと思う」
「………………」
「確かに君は可愛らしいが、俺はこんなに愚かな生き物じゃなかったはずだ。君は何か魔法が使えるんじゃないのか?」
想像していたこととは真逆の角度から降ってきた発言に、私も固まるしかなかった。しかも冗談じゃなくて、絶対本気で言っている。
どうしてこの人は私本人にそんなことを言うんですか!?
どんな環境で育ったんだ、と言いそうになって、育てたのは私だったのでブーメランが突き刺さって死にかけた。もっと同世代の子と関わらせるべきだった、なんて言ったってもう全然遅い。
「魔法なんて使ってません! そんな真剣な顔して、そんなことっ、私に聴かないで!」
私にだってそんなことは分からない。でも、そう思ってくれていることが嬉しいと思って、口角が上がりっぱなしの私がいて。
ディアに勝てる未来が思い浮かばない。
そもそも好きにならないようにしよう、とか。嫌われたくない、とか。そんなことが思い浮かぶ時点で、もう結構手遅れだ。
もう観念するしかないのかも、と数多の星に見守られながら、そう思った。




