24.きっと、もう逃げられない
どうにかディアの魔法が収まった後。
半壊した孤児院には突風と共にベルさんがやってきて、シスターを捕縛して去って行った。
彼が私の姿を見て、「久しぶりだね」と笑いかけてきた時は本当に死ぬかと思った。なんで分かったんだろう。記憶を思い出したところで見た目は何一つ変わらないのに。
前世より今世の方が話しているぐらい関わりもなかったのにな。怖すぎる。
とにかく。あの人には今度ちゃんと説明するとして、まずはディアに記憶を思い出したことを伝えないと。罵られようが泣かれようが、受け止める覚悟は出来ている。
そう決意を固めていたのだが、森へ戻ってもディアの目は昏いままだった。
「……どうして俺のことを置いて、あの孤児院へ?」
「え」
「追い出されて森へ来たと言っていたじゃないか。それでも戻るぐらい、俺のことが嫌だったのか?」
「いや、」
「そうやってまた俺は────」
「ち、違います! 私はあなたにサプライズ、というかプレゼントを……!」
この流れで別れの餞別だとは言えなかったので、ところどころぼかしながらクロに孤児院へ飛ばされた話を伝える。
すると、彼は私が渡した爆蘭をしげしげと見つめ、「俺のためだったのか」と小さく呟いた。
「じゃあ、俺を嫌いになって逃げ出したわけじゃ……」
「全然ないです!」
「よかった。また置いていかれるぐらいなら、今度こそ殺してやろうと思った」
「今度……こそ?」
物騒な言葉が出てきたので、冷や汗をかきながら聞き返すと、ディアは真顔のまま頷いた。
「俺が知らないうちにどこかで死なれるぐらいなら、もういっそ俺が殺して、後を追おうかと。あの人もお前もいない世界なら、生きている意味なんてない」
「………………」
「分かってる。フレミリア様への想いは、ずっと俺の一方的な片想いだ。早く死んだ方が良い。希望なんてない。それなのにずっと、ずっと……あの日、花を渡して笑ってくれたあの人の面影が、消えなくて」
「花……?」
思い出したばかりの記憶を探って、ディアが初めて私の名前を呼んでくれた日のことを思い出す。
そうだ。私は彼に、自分の目の色とそっくりなカレンデュラの花束を渡したんだった。そうか。だからあの森に、花畑を。
私、すごく愛されてるな。思った以上に、愛されすぎている。
てっきり師弟愛がいいところだと思っていたせいで、彼の煮詰まった気持ちの重さに震えた。
そういや昔も、俺はあなたの世話をするために生きてるんですよ、とかも言ってたな。あれ冗談じゃなかったんだ。
これを全てフレミリア本人に聞かれていると知ったら、彼はどう思うだろう。いや、それ以上に私が恥ずかしすぎて、このままでは私がフレミリアであることなんてとてもじゃないが伝えられない!
脳内で大爆発が起きている私をよそに、ディアは淡々と話を続ける。
「もう、ダメなんだ。フレミリア様を、彼女だけを待っているのに、愛しているのに。ミレリアと話しているとどうしても楽しくて、もうこんな生活は辞めたいと思ってしまった。幸せになれと言われても幸せになんかなれない。待っているだけの人生は辛い。変わらない毎日は地獄みたいだ。一人は寂しい…………」
一人は、寂しい。
そうだ。一人は寂しいんだ。
だから私はかつて、ディアと出会えて、信じられないぐらい幸福だった。
私を待っていてくれたことは嬉しいけど、ディアを不幸にしたいわけじゃない。前を向いて、幸せになってもらわないと。
彼の手を握る。冷たい彼の手に、私の体温が染み込むように。
「あたたかいでしょう?」
「……だから何だ」
「幸せって、あたたかさだと思うんです。誰かが隣にいるあたたかさ。フレミリア様があなたに幸せになって欲しいと言ったなら、一人でいる必要なんてないんじゃないですか?」
「でも、俺はあの人、だけを」
「幸せになったあなたを見て、フレミリア様は喜びます。間違いないです。ディアがそれだけ想っている人が、あなたの不幸を望むような人のはずがない」
そう。これは私が言っているふうに見せかけた、私自身の願いだ。
臆病な私は、今すぐディアに記憶が戻ったと言えないから、せめて伝えたいことだけは伝えなければならない。
「とにかく、私は明日もディアと一緒にいます。明後日からも、ずっと一緒にいます。あなたがそれを望んでくれるなら」
「……いいのか。そんな、そんなこと」
「もちろん!」
ディアは、涙を堪えながら笑いかけた私の手を握り返してくれた。
「ミレリア。俺と一緒に、いて欲しい」
その声は初めて聞く、弱々しい声で。
ディアは弟子だ。私の大切な弟子。生まれ変わっても、彼の方が強くなってしまっても、守るべき存在ということには変わりない。
そのはずなのに、心臓がドクンと脈打ってしまった。記憶が戻る前。フレミリア様、逃げて! なんて冗談半分で言っていたけれど、きっともう逃げられない。
私はじわじわと赤くなっているだろう顔を隠すために、思いきりディアに抱きついた。




