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2.弟子!?……記憶にないですね



「こんなところで泣いてる場合じゃ、ないのに」


 いつの間にか頬を伝っていた涙を強引に拭う。泣いていたら、また辛気臭いってシスターに怒鳴られる。夜ご飯だって抜きに……いや。


「一か八かって、決めたのは私じゃない!」


 メソメソしている場合ではない。だってもう、私の戻る場所はないのだ。


 どうにかこの森から生き延びて、自分の足で、自分の居場所を見つけないと。そうだ。せっかくなら南を目指そう。そして、前世で住んでいた街へ戻り、パン屋さんを開くんだ。


 ぼんやりと頭の中に、前世の両親の顔が思い浮かぶ。せっかく生まれ変わったんだから、こんなところでへこたれている場合ではない。

 今度こそもっと長生きして、天国の両親へ思い出話をたくさん持ち帰ろう。


 よし。この森から絶対に出よう。そしてあわよくば、何かしら珍しい植物でも見つけて持ち帰って、換金して開店資金にしてやるんだから。


「……よい、しょ!」


 強めの力で自分の頬を叩いて気合いを入れ直し、森特有の土の匂いを嗅ぎながら前へ進む。

 追放されたのが陽の昇っている時間で良かった。これで夜だったら、狼か何かに食べられて死んでいたかもしれない。


 ……そもそもこの森に動物はいるんだろうか?


 そんなことを考えていると、風の音が遠吠えに聞こえてきたので、慌てて首を振る。


「まず川を探して、飲み水を確保しないと」


 どこかで聞いた山の攻略法を思い出しながら歩みを進める。見つけた川に沿って下へ向かえば、南に出ることが出来るはずだ。私って天才なのかも!


 しかし、川を見つけられず時間が過ぎる中で、頭の中で軽口を言う余裕はどんどんなくなっていく。森へ入ったときは真ん中を少し過ぎる位置にあった太陽は、今や空の淵へ沈みかかっている。流石に喉も渇いてきた。


 歩いても歩いても景色が変わらない。というより、もしかすると本当に同じところを歩いているのかもしれない。木に印をつけて確かめ、それはないと確信したが……何せ魔の森だ。


 もしかして私はもう、ここに閉じ込められている?


「いっ……」


 うなじの傷が、痛んだ。

 今日はやけに傷が痛む。この傷は前世も生まれつきあったそうなのだが、もしかすると本当に呪われてるんじゃないだろうか。


 痛みを堪えきれずに傷を手で押さえてしゃがみ込むと、少し離れたところに見慣れないオレンジ色が見えた。


「あれって……カレンデュラ?」


 カレンデュラ。通称、キンセンカ。

 鮮やかなオレンジ色の花は美しく、傷ついた皮膚や粘膜を保護することに優れているので、薬草としても有名だ。綺麗だが食べられるので、お腹が空いたときにお世話になってもいた。


 庭いじりに活かせないか、と薬草辞典を読み耽っていた頃の知識が脳裏に蘇る。そのおかげで私はちょっと植物に詳しい。


「本当にあったんだ」

 マジマジと風に揺れる花を見つめて、不意に呟く。


 カレンデュラの森は、本当にカレンデュラが生えているからカレンデュラの森だったのか。


 名前の通りじゃないかと脳内でツッコミが入るが、今まで生きて帰ってきた人が現れないので、今日まで確認のしようもない。ということは、この名前を大昔につけて広めた人は、この森から生きて出たということではないだろうか。


「もしかすると、何かヒントがあるのかも!」


 近くに行ってみよう、と足を踏み出す。不思議なことに、先ほどまでよりも足が軽い。

 

 森を抜けたそこは辺り一面の花畑だった。たくさんのカレンデュラが風に揺れ、夕陽を受けてオレンジ色に光っている。


「すごく綺麗……!」


 育ちやすいと図鑑に書いてあったが、ここまでの花畑は見たことがない。


 生きるか死ぬかの状況にあるのに、思わずテンションが上がってしまう。散々気味悪がられてきたが、私は自分の目の色が好きだし、同じ色をしたこの花が好きだ。


 花畑を上機嫌で走り抜けると、陽当たりがよく開けた場所へ出た。もしかするとこの道で本当に合っているのかもしれない。


 先へ進もうと決意する前に、もう一度この景色を目に焼き付けよう。そう思って振り返ると、背後からバサリ、と何かが落ちる音が聞こえた。


「…………ッ」


 一瞬で背筋が凍りつく。何かいる。私の、後ろに。


 早く、早く逃げないと。そう思うのに足が動かなくて、恐る恐る正体を確かめるために振り返った。


「…………え?」


 そこには、綺麗な男の人がいた。

 まるでこの世のものではないみたいだ。人間離れしている。


 この美しさを、そんな簡単な言葉でしか表せない自分の語彙力に失望するが、これは仕方がないだろう。こんなに綺麗な人は、2回の人生の中で初めて見たのだから!


 青みがかった白髪が風に揺れている。何色と表せばいいのか分からない、水色と緑が混ざったような不思議な色をした切れ長の瞳はパッチリと見開かれていた。


 彼は薄い唇を震わせ、思わず、といったように口を開く。


「…………フレミリア、さま?」

「? 今、なんて」


 その声は震えていて、あまりに小さかったので聞き取れなかった。だから聞き返したのだが、彼はその場に膝から崩れ落ちてしまったので、慌てて駆け寄る。


「あの、大丈夫ですか?」

「………………ほんもの、ですか」

「本物?」


 一体何が本物なのだろうか。聞き返すと、彼の透き通った目から大粒の涙が零れ落ちた。


 彼は呆然とした表情のまま動かないので、慌ててハンカチはないかと探し、ようやく地に転がっている花束が目に入る。どうやら最初に聞いた音は、彼が花束を落とした音だったらしい。


「そんなはずはない。夢か。幻か? はは……そうか。ついに俺は、狂ったのか。もういっそ幻でも何でもいい。あの人にもう一度会えるなら……」


 何やらぶつぶつ呟いている。

 その美しさも相まって、徐々に様子がおかしくなるのは正直怖かったが、この森で人に出会えるなんて奇跡だ。


 もしかすると、ここからどこかへ出る方法を知っているかもしれないのだから、逃げ出すわけにもいかない。


 ポケットからようやくハンカチが見つかったので、私は静かに涙を流し続けている彼にハンカチを差し出した。


「あの、これで……え?」


 差し出した手ごと両手で握りしめられた。

 急な出来事に頭がパニックになっていると、「いきてる」と噛み締めるように呟いた彼は綺麗な顔を上げて、もっとよく分からないことを言い出した。


「……ッ、フレミリア、さま」

「はい?」

「あぁ、本物のフレミリア様だ! やっと俺を迎えに来てくれたんですね……!」

「……え」

「800年間、あなたを忘れた日などなかった。ずっとここでお待ちしておりました」

「…………いや、あの」

「成長したから分からないですか? ディアです。あなたの一番弟子の、ディアですよ。ふふ、あなたがくれた名前なんですから、忘れたなんて冗談は許しませんからね。ずっと、ずっと……っ会いたかった」


 とんでもなく綺麗な人が、私に泣き縋っている。そのことだけは分かるのだが、どうしよう。


 全然記憶にない。前世も含めて微塵も。


 フレミリア様って誰だろう。

 これ絶対人違いじゃないですか!?

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