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12.傷の記憶


 生まれ変わって迎えにくる、とフレミリア様はディアに言ったらしい。それを信じたディアは健気に待ち続けているが、生まれ変わりというものはそう簡単に起こるのだろうか?


 せっかくの機会だ。

 ベルさんに訊ねてみよう。


「あの。生まれ変わりっていうのはよくあることなんでしょうか?」

「殆どないかな。前世の記憶があるっていうのは、輪廻転生のバグみたいなものだから」


 それなら私はバグなんだろうか?

 前世があって良いことも悪いこともたくさんあったが、悪魔憑きとまで言われたことを思い出せば、前世の記憶なんてない方がいいような気もする。


「それじゃあ、フレミリア様が記憶を持って生まれ変わるのは、ほとんど賭けみたいなものってことですよね?」

「いや。多分、ディアは彼女が死ぬ前に何かしたんだと思う」

「何かって、例えば?」

「さっきは輪廻転生のバグだって言ったけど、もちろんそれをワザと引き起こすことも出来るんだよね。実際、僕もそうやって2回生まれ変わってるし……」

「2回もですか!?」


 私は1回なので先輩だ。目を丸くしていると、ベルさんは得意げに笑った。


「僕はね、攻撃魔法なんかよりも錬金術とか、呪法とか、そういうのが専門なんだ。魔女の寿命ってのは魔力量にもよるんだけどさ、もっと魔法の研究がしたかったから、寿命を伸ばす研究をしてたわけよ」


 そして、ベルさんが辿り着いたのは、記憶を宿したまま生まれ変わる術だったそうだ。

 このまま普通に生きていても死ぬんだから、一か八か試してみようと思い立ち、試してみたところ成功したのだという。


「これ見える?」


 ベルさんがチラリと身につけていたローブを捲る。

 急いで目を逸らそうとしたのだが、視界の端に赤いみみず腫れのような大きな傷が目に入って、驚いて視線を戻してしまった。


「ど、どうしたんですか。その傷……」

「これね、生まれ変わりの印。短刀で刺したの。こうやって自分の身体に傷をつけることで、血に魔力を絡めて記憶と魂を結びつけるわけ」

「ええ!?」

「魔女を魔女たらしめるのは血に宿った魔力だからね。もちろん同じ容姿で産まれるし、記憶も持ってるってわけだ」


 いつ生まれ変われるかまでは制御できないんだけどね、とベルさんは付け足して笑った。

 そんな、すごいでしょ、みたいな感じで笑われても。


 生まれ変わりのためとはいえ自分で自分を刺したとか、一か八かでやっちゃうところとか、ちょっと、あの、言葉を選ばずに言うと怖いです。

 勝手にベルさんはまともな人だと思っていたのだが、大分ヤバそうだ。やはり類は友を呼ぶ、というやつなのだろうか。


「ってわけで、ディアがフレミリア様は生まれ変わって迎えに来てくれるって疑わないのは、僕と同じことをやったからだと思うんだよね。容姿がそっくりな君を、迷わずフレミリア様だって信じたのも、だからだと思うよ」

「なる、ほど」


 生まれ変わりの方法のヤバさもあって、ディアへ許していた心が波のように引いていった。


 ────フレミリア様が死ぬとき、俺はそばにいました。


 彼はそう言っていたはずだ。ということは、死に際の彼女に傷をつけたってことになる。

 やっていることがヤバすぎる。ちょっと心を開きかけたらこれだ。今の一瞬で、フレミリア様には逃げ切って欲しい気持ちも生まれてきた。


 逃げて! フレミリア様、逃げてください! 

 ていうか本当に弟子だったんですよね? そこは嘘じゃないんですよね!?


 いやフレミリア様本人が最期の力を振り絞ってつけた可能性もあるけれど。


「実は私も前世の記憶があって」

「え、ほんとに!?」


 ベルさんは余程驚いたのか、飄々とした態度を崩して目を見開いた。


「250年ぐらい前にパン屋さんをやっていたんです。その頃から魔法が使えないから、私の生まれ変わりはバグだと思うんですけど」

「おお。通りでパン作りが上手いわけだ」


 嬉しいことを言ってくれる。


 話し込んでいる間にデニッシュが焼けたので、オーブンから取り出したあと、素熱をとってカスタードと切り立ての甘夏を詰めていく。

 ベルさんも手伝ってくれたのだが、甘夏の皮を普通に素手で剥いていたので、やっぱり人間じゃないのだと確信した。

 おかしいよ、この人たち。


 そんなこんなで甘夏デニッシュが出来上がったので、お茶を淹れていただく。

 うん、美味しい。なんか私、ここに来てからずっと美味しいものばっかり食べてるな。こんなに幸せでいいんだろうか。


 ベルさんもデニッシュを美味しそうに頬張っている。さっき褒めてくれたから、彼のものにはちょっと多めにカスタードを入れてあげた。


「そういやさっきの話の続きなんだけどさ、魔法が使えないってどういうこと?」

「多分、生まれつき魔力がないんです。小さい頃に教会でそう言われました」


 ある程度の年齢になったら、子供は親や教会から魔法の使い方を習う。

 魔力量は生まれつき決まっているそうで、魔力が元々ないんじゃないかというのがシスターの出した答えだった。


 街で魔法が使えないのは私ぐらいだったが、生きるのには困っていない。……まぁそのせいでディアが過保護になっているわけだけど。


「生まれつきっていうのはないと思うよ。そもそも人間が使う魔法は、大気中の魔素を一時的に体内に取り込んでいるだけだからね」

「えっ、そうなんですか!?」

「そうそう。昔から魔法が使えたのは魔女だけだったんだけど、戦いが激化してからは人間も魔法を使えた方がいいってことで、僕たちが編み出した方法なんだ」


 魔女はもうほとんどいないから知られていないことだけどね、とベルさんは付け加える。

 確かに、そんな話はどの本でも見たことがない。


「魔女は大気中から借りなくても元々魔力があるってことですか?」

「そう! 僕たちは血に魔力が宿っているから、空気中から借りずとも人間より強い魔法が使えるんだ。だから、魔女は生まれた瞬間から強さが決まってる」

「才能勝負の世界ですね……」


 なんて世知辛いんだ。そう思うと同時に、ベルさんが言いたいことが見えてきた。


「つまり、私が大気中から魔素を借りられないのはおかしいってことですか?」

「当たり。ま、魔素を通す通気口があり得ないぐらい小さいとかで、魔力の流れを自覚出来ないんだろうね。そうじゃなければ、君は魔女だってことになる」


 ベルさんは悪戯っぽく笑っているが、そんなわけがないことは自分が一番よく分かっている。ということは、おそらく前者なのだろう。そっか。私も努力次第では魔法が使えるのかもしれない。希望が見えてきた。


「あの、お願いが」


 どうか魔法を教えて欲しいと頼もうとした瞬間に、ガタンと家のドアが開く音がした。


「まっずい……!」


 ベルさんは慌てて口に詰め込んでいたデニッシュを飲み込むために、ハムスターのように頬を膨らませて必死で口を動かし始める。


「ごふぇん! これ、渡しといて!」

「え!?」


 手元に押し付けられたものを確認する。

 それは簡素な便箋だった。ええと、今から自分でご説明されたら良いのでは? 


 そう言おうとしたところで、ディアがリビングへ戻って来た。


 今日は珍しく正装をしている。しっかり撫で付けた髪と、黒い軍服のようなカッチリした衣装がどうにも似合っていた。

 ディアはいつも通りの無表情だったが、全身から疲れを滲ませている。


「今戻った。俺がいない間に何も問題なかっ…………………は?」

「…………お邪魔してまーす」





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