8、演習
シャルステル王国魔法軍の作戦参謀は、作戦立案以外に、もう一つ重要な役目がある。
それは、部隊の練度の維持である。すなわち、訓練や演習の統制や人材育成計画などは私の所掌になるのである。
新しい旅団長は人材育成を煩雑な業務の一つと見做している様で、さしたる関心もなかった。言い換えれば、私のやりたい様にやれるというチャンスでもあった。
私は久しぶりに自由裁量権を与えられ、ウキウキで演習計画を練り、ディルメースやミラリスの意見を借りつつ、トラヴェスに承認してもらった。部下たちには気味悪がられたが、今の私には些細な事だった。
上陸作戦という事は最終的に市街地での戦闘などを考慮する必要があるわけだが、演習はまず先に新しい装備に慣れることから始まった。
実のところ、本国の政権交代の影響が極めて大きく、今まで生身同然だった魔装歩兵達にヘリコプターが支給されたのだ。いわゆる機械化魔装歩兵の部隊として、我々は任務に従事することになる。これまでは地上を這う仮初の機械化部隊だったが、これからは正真正銘、空を駆けるネクロマンサーとなったわけだ。みんな新しい物は大好きなので、士気も上がっている。
私は使える演習場を頭に叩き込み、新しい戦術を各部隊長や参謀らに教え込みつつ、日々を過ごす事になった。
基礎訓練に加え、人事参謀と共に編制のテコ入れを行い、新しい部隊と装備に皆を慣れさせること、ほぼ半年。ようやく形にはなる部隊が練成された。
今日の演習はその総まとめとなる物であった。私は演習指揮所内から、戦闘の推移を見守っていた。
青チームの第1魔装歩兵大隊と第4魔装歩兵大隊、赤チームの第2魔装歩兵大隊と第3魔装歩兵大隊という2チームに分けて演習を行う。予定では1週間かけて行う物で、相当手強い訓練になる事が予想された。
演習では、まず赤チームの守る市街地周辺に対する空挺降下作戦に始まり、空路と陸路で青チームが接近し、赤チームと戦闘するというのが内容だ。
具体的な作戦などは各大隊指揮官に委ね、我々はあくまでも演習の統制が任務となる。神の目として両チームの無線を傍受しながら、撃破した、されたという判定を行う。
歩兵だけでは面白くないので、両チームに均等に砲兵と機甲部隊を割り当てた。制空権についてはランダムで切り替わる事になっており、どちらも結果的には均等に使える仕様にしてある。
後はブリーフィングを残すのみとなり、これが終われば各自が配置に付き、演習が始まる。
「では、演習の最終確認を行います。本演習は一週間の期間を設けており、その間に本演習場内で敵を撃破してもらいます。
青チームの目標は赤チームの防衛する市街地を占領、維持する事。赤チームの目標は制限時間いっぱいまで市街地の防衛をするか、青チームを壊滅に追い込む事です。それぞれの所属は資料の通りです。このブリーフィング終了から4時間の準備時間を与えますから、その時間以内に配置に付き、爾後、任務にあたってください。指揮官は序列に準じ、青チームはリュネース・フィミラーク中佐に、赤チームはルジェス・エイロン中佐にそれぞれ指揮を執ってもらいます。
以上となりますが、質問はありますか?」
「はい、作戦立案はどれほど時間を与えられますか?」
フィミラークが手を挙げた。
「配置に付いている4時間はその作戦立案と命令下達を含んでいるので、その間にして下さい。当然、演習の開始後でも作戦立案が必要ならご自由に」
「わかりました」
他に質問は出なかったので、そのままトラヴェスの訓示を聞き流すと、いよいよ準備時間に入る。
昔からこの手の演習には、サイコロと表が欠かせなかったが、現代は便利な時代になった物で、それらの処理は機械が代わりにやってくれる。それ用のソフトがあるのだ。そのおかげで、演習に割く人手も大きく削減でき、この手の大々的な演習がやりやすくなった。嬉しい事だった。ちなみに、私の部下はそれぞれのチームに付いて、その状況を必要に応じてこちらに報告しつつ、評価を行う役目を担っている。ロネリースが青チームに、リファレールが赤チームにそれぞれ付いている。
演習統制官という肩書きになっている旅団長の号令のもと、1014時、演習が始まった。
「失礼しますわ」
演習が始まってしばらくすると、ウェステーリスが指揮所に入ってきた。確か彼女は別件があったはずだが。
「あら、どうかしたの?」
「少し休憩がてら寄っただけですわ。それで、どうですの?」
私は地図に視線を移した。
「どうも何も、まだ始まったばかりね」
地図を見ても、両軍が動き出した以上の動きはなかった。
「どちらが勝ちそうとかありますの?」
「まあ、どっちが勝っても良い様にはしてあるんだけど……、防御側の赤チームは若干有利かしらね」
「ああ、確かに市街地で防御してますものね」
「そうそう」
市街地想定のエリアだと、民間人がいるという設定のため、それを模した的も置いてある。当然、誤射すれば記録され、成績も悪くなる。
今のうちの軍の演習では、空砲が撃たれると同時にレーダー光線が射出され、効力判定を自動で行なってくれるため、戦死判定を受けた人や撃破判定を受けた車両などに即座に通知が行くようになる。それらの情報はコンピュータに記録されるため、個人レベルでの成績も部隊レベルの成績も一発で出せるようになっている。便利な世の中になったものだ。
そのおかげで、より実戦に近い演習が可能になっており、また正確な評価も下せるようになっている。
「この後はどうなると思いますの?」
「私の予想だと、お互いに市街地戦闘は避けるでしょうから、まずは郊外での野戦に持ち込んで、そこからどう動くかってところね。多分、青は赤の後方連絡線の遮断にまずはかかるだろうから、それの阻止に赤は追われる。その裏をかこうとするなら、多分青が赤を誘き出して逆襲するとかだけど……、そう上手くは行くかしらね?」
当然の事ながら、どちらかのチームの補給線が寸断された場合は、寸断された側のチームの補給はなくなる。そこから降伏して演習を終わらせるか、継戦して補給線を取り戻すかはその指揮官の判断によるが、いずれにせよ寸断されたら負けはほぼ確実だろう。
「時間まで持たせることが目的なら、その誘いには乗らないでしょうね」
「だと良いけどね……」
まあ、それほど冷静な士官ばかりなら良いのだが、必ずしもそうとは限らないのが演習の面白いところだ。
やがて、私の予想通り、郊外での戦闘が勃発した。
始めは小競り合いからだったが、やがて両軍の主力部隊が到着し始める。
動きを見た感じでは、青チームは郊外の戦闘に6個中隊を充て、残りを補給線の防御に充てている一方、赤チームは市街地を中心に防御を固めている様子だった。特に工兵隊の利用が目立つ。
これはたまたまだが、演習開始直後は制空権が赤チーム側だったため、赤チームは戦闘機を用いて、真っ先に郊外の一部地域、市街地の南に地雷原を作った。それはどうやら青チーム側も知っているようなので、赤チームは上手く敵の接近経路を絞った事になる。同様に、市街地と青チームの集結地との間に工兵隊を使って地雷原を配置して、さらに経路を絞ったものと見える。我が国が対人地雷拡散禁止条約に批准していたらできない芸当だが、手段を選んではいられないのかもしれない。
こちらとしては、戦後も考えて地雷の使用は最小限に留めてほしいため、地雷を使えば成績の評価も落ちる様になってはいるし、告知もした。その上でやっているのだから、赤チームは後がないと認識しているかもしれない。この低くなった成績を補うには、勝利するしかないのだから。
そんな状況だったので、野戦は赤チームが勝ち、青チームは撤退に追い込まれた。とは言っても、赤チームもそれを深追いせず、犠牲を最小限に留める事にしたみたいだ。ここからが面白いところになる。
その間、ウェステーリスは本来の仕事に戻り、指揮所にいるのは私と参謀長だけになった。他二人、旅団長と副旅団長は休憩中で、演習統制官としての役目は一時的にミラリスに委譲されている。みんな休憩はしたいものだ。
本当は私もいなくても良いのだが、これからどうなるのかが単に気になったし、どうせ暇なので、見物を続けていた。演習開始から既に8時間。日も暮れてしまっている。
「青チームが劣勢って感じですねえ」
戦況を聞いたミラリスが呟いた。
「そうですね。接近経路が限られているので、正面切っての攻撃は無茶でしょう」
「レーリンツ中佐が青チームの作戦参謀なら、可能行動はどう提示します?」
「そうですね……」
私は少し考えた。
「……まず、正攻法が無理なら奇策になると思います。赤チームは防御を貫き通せば勝てる公算でしょうから、それを突き崩す作戦が良いでしょうね」
「具体的にはどうします?」
「あるとすれば、青チームに制空権が回ったタイミングで市街地に絨毯爆撃をするとか……まあ、それはないでしょうが、そうでなくても士気を動揺させる何か……そう。特殊部隊による敵指揮官の殺害とか、後は補給線に対するゲリラ攻撃とかが提案できるラインでしょうね。いずれにせよ、ここは安全じゃないといかに赤チーム側に思わせるかが肝要でしょう」
「なるほど。……それは効きそうですね」
ミラリスは納得した様子だった。
その様な膠着状態が続き、動きがあったのは夜間、青チームが仕掛けた。
市街地南方の地雷原を啓開し始め、赤チームの後方地域への進出を図ったのだ。これを機に、青チーム側とで衝突が起き、結果的には地雷原そのものに通路を通せはしたが、そこからの突破は失敗に終わった。
「どう見ます?」
状況の推移を見ていたミラリスが聞いた。
「おそらく失敗は見越していたと思うので、何かの陽動の可能性が高いと思います」
「陽動ですか……。なら本命はなんですかねえ?」
「気になるなら聞いてみましょうか?」
「そうですねえ……、聞いてみましょうか」
――0121時(演習開始から13時間程度)、第3魔装歩兵大隊司令部
第3魔装歩兵大隊の大隊長は、ルジェス・エイロンという男が務めている。
彼は若くして軍隊への道へと進み、シャルステル王立軍幼年学校を卒業した、旅団内でも屈指の軍歴の長さを誇る人物だった。
質素な性格で、飾りのある礼服などを好まないために、式典以外では常に作業服で、私服に至っては、ジーパンと着古したシャツを数枚しか持たない程の人物であった。
魔法がほとんど使えないのにも関わらず、部下からの評価は総じて高く、概ね厳しくも優しいおじさんという評価である。また、上官からも高く買われているのは、その中佐の階級章が示す通りである。下士官上がりの将校が、佐官クラスにまで上がることすら稀なのにも関わらず、大佐に行くのではないかと目されている程の優秀な人物であった。もし彼が士官学校を出ていたら、参謀総長クラスにのし上がっていたであろうほど、優秀なのである。
そんな彼は、元は陸軍下士官だったが、魔法軍の戦略転換により陸軍から移動してきた者であった。当初は女性ばかりの魔法軍で苦労する事もあったが、年月を経てその様な事はやがて減っていき、今では立派な魔法軍の軍人としての帰属意識を持っている。
彼の出身は機甲科だが、砲兵科や補給科、魔装歩兵部隊、工兵科に至るまで、幅広い兵科の勤務を経験しており、その経験と知見から演習でも優秀な成績を収めていた。
エイロンは、この日も、第3大隊の指揮所でその様な知見を発揮しようとしていた。
敵の第1大隊と第4大隊は、地雷原の啓開は成功させた。この事が彼の頭の中に引っかかっていた。おそらく、敵には他の目的がある。だが動きがないというのは、彼にとって気味の悪い出来事だった。
「お疲れ様です。中佐」
そんな声と共に、天幕のカーテンが捲られ、誰かが入ってきた。
「おお。ミラデン少佐か」
指揮所に入ってきたのは、第2魔装歩兵大隊の指揮官であるリトレラ・ミラデン少佐だった。
彼女は南方管区司令部から来た応援の一人だ。丸々空白になった第2魔装歩兵大隊の補充として入った人で、かなりのやり手である。そう言うのも、彼女はドラゴニュートでありながら長年軍人をやっている人の一人であり、軍の階級レースを何周かして、現在の階級に留まっている人なのだ。
エルフやドラゴニュートなどの長命種が士官でいられる期間は制度上限られている。少尉以上の階級に留まれるのが40年程度だが、これはその長命種のお偉いさんが死ぬか、引退しない限りは、永遠にそのポストに留まってしまうため、組織の硬直化を防ぐためにそういう決まりがあるのだ。もし再度士官になろうと思ったなら、また兵や下士官、少尉相当の階級からやり直して、経験を積み直して士官になるという事をしなければならない、という仕組みがシャルステル王立軍にはあるのだ。俗に言う「転生」制度だ。
ミラデンはそんな軍人としての転生を何度も繰り返し、現在は何度目かの少佐になっている。式典上の扱いや待遇こそ他の少佐と同じだが、それでもやっぱり年の功と言うべき物はある。今や貴重な世界大戦の経験者でもあるわけで、そういう存在は皆から畏敬の対象として扱われるため、将官ですら彼女と話す際は敬語になる。そんな存在なのだ。
ちなみに、北方管区司令部の指揮官のシェールコールも転生をしており、今は2回目の少将として、キャリアを積んでいる。ディルメースも歳は結構なものだが、実は転生の経験はない。
ミラデンは、やはり昔の人なので、訛りが強い。昔のモデアーリの人の訛り方をしており、たまに何を言っているのか周りが聞き取れない事さえある。そんな人だ。
「一応、敵は引きました。ただ、ありゃあ妙じゃ」
「やはりそう思いますか」
「とすると、中佐も?」
「ええ。突破するには、妙に集結戦力が少ないですし。おそらく、この様子だと、接近経路の選択肢を増やすわけでは無さそうですね」
「同感じゃな。ただ、意図がわからん。この異なげな感じ、どうも落ち着かんですわ」
エイロンは訛りがわからないながらも、大まかな意味は掴めたので無視した。
自分が敵なら、次はどう出るか。それを考え、突き詰めるのが作戦というものだ。おそらくは敵には別の意図がある。それは間違いない。だが、ここまで攻撃はないし、正面から来られない以上、奇策に走らざるを得ないのは二人とも理解していた。
問題は、その奇策がいかなるものなのかだった。
「……ま、やぎろおしけぇ(難しいから)、考えとってもわからん。それに、もうたいぎいけぇ(疲れたし)、うちはそろそろ寝ますわ」
「そうですか。では」
ミラデンは天幕を出て、天幕内はエイロン一人になった。
外は異常なくらい静かだった。戦闘区域というのが名前ばかりの物であるかの様に、外から聞こえる音といえば、精々、虫の鳴き声くらいな物だった。
エイロンは丸椅子に座った。彼自身もそろそろ疲れを感じ始めており、何も動きがないなら寝てしまおうかとさえ考えていた。
すると、伝令役が天幕の中に駆け込んできた。
「報告します!232,307地点で、こちらの輸送トラックが撃破されたとのことです」
その報告で目が覚めたエイロンは、椅子から立ち上がり、地図を見て、味方のトラックが撃破された地点を探した。
その場所は、ちょうど補給幹線として使っていた道路だった。一応、赤チームの後方地域として扱われているエリアだったが、敵の侵入の可能性は十分にあった。
「魔装兵か?」
「不明です。ただ、突如爆発したとの事でした」
エイロンが地図を睨みつける。地雷か、不発弾か、ゲリラか、他の何かか。やられた原因がわからなければ、対応のしようもない。
「……すぐに原因を探らせろ。偵察小隊一つで足りるだろう」
「了解」
エイロンは伝令に指示を出すと、地図をじっくりと見た。偵察網に穴があったのだろうか。あるとすれば、どこから?そもそも、意図は何だ?
おそらく、補給線の妨害は継戦能力を削ぐ意図がある。継戦能力が削がれると、必然的にこちらが攻撃に出なければならない。つまり、この市街地に籠っているわけにはいかないという事だろう。
それが目的なら、敵からゲリラとして幾らかの部隊が送られているに違いない。それも結構な量のはずだ。
敵の主力には戦車もいるし、攻撃に移るのは敵の思う壺だ。それならいっそ、引きこもりを極める方が良いだろう。
エイロンは手近な魔装歩兵部隊に電話を繋いだ。
――0633時(演習開始から18時間程度)、第4魔装歩兵大隊司令部
赤チームはどうやら防御の決意を曲げるつもりはない様で、兵力を固めてどうにかしていた市街地北側にも障害を構築した様だった。抜かりなく、厄介であった。流石はエイロン中佐だと、フィミラークは思った。
送り込んだ潜入部隊は時折敵の攻撃を受けている様だったが、時に空に、時に地に逃げ隠れ、ひたすらに逃げ回ってくれていた。この調子で敵を撹乱し続けてくれれば、こちらは助かる。
「では、失礼します」
フィミラークとネールファンスは、指揮所に報告に来た伝令を見送った。
「さて……よく眠れました?」
フィミラークがネールファンスに聞いた。
「若干寝不足気味です。不安でしたので」
机に置かれたフィミラークの手の横には、淹れたての紅茶が置いてあった。まだ湯気が立っている。
「そう。ですが、焦らず行きましょう。まだ六日もあります」
フィミラークは紅茶の入ったマグカップを手に取り、一口飲んだ。ネールファンスはそれを呆れた様子でジッと見ている。
「……いい加減、攻撃に打って出るべきではありませんか?」
コーヒーを机の上に置いたタイミングで、ネールファンスがフィミラークにに聞いた。
青チームの喫緊の問題は、次の攻撃をどうするかだった。
流石にゲリラに任せているだけでは、任務に従事していない皆が焦れてしまうだろうし、何より赤チーム側の思う壺でもある。ゲリラが全ての補給トラックを遮断するならともかく、兵が少ない上に隠れにくい地形でもあるため、そういうわけにもいかない。これは二人の共通認識であったが、余裕については二人の間にそれなりの差異があった。
「焦りすぎです。良いですか?私はお肉はウェルダンの方が好きです。食べやすいですからね。レアのお肉も悪くないんですが、今の私達では噛みきれませんよ?吐き出すのはもったいないです」
「ですが、このまま何もしないわけにはいかないと思います」
ネールファンスの視線は変わらなかった。どう言えば納得してもらえるだろうと、フィミラークは溜息を吐いた。
「何もしていないわけじゃないでしょう。後方に部隊を浸透させて、補給線に打撃を与えてもらってます」
「しかし、制空権が今こちら側にある以上、その機会を逃すのはいかがなものでしょうか?」
確かに、現時点での制空権がこちら側である以上、今が攻撃のチャンスだろうことは、ネールファンスの言う通りであった。しかし、敵の主力部隊は市街地の中心近くに駐屯しているおかげで、直接空爆するのは誤爆のリスクが伴う。輸送部隊を狙い撃ちにするのも悪くはないが、それではキリがないし、根本的な解決には至らない。すると、郊外から攻めるのが筋だろう。
しかし、比較的平坦な地形で、若干の丘があるくらいの、緩やかな地形。市街地周辺には林や森があるが、それも隠蔽程度の効果ばかりで、掩蔽を期待するなら郊外の集落の方に赴かなければならない。だが、それまでたどり着くには敵の築いた障害がある。鉄条網は飛べるので別に良いが、対戦車障害や防空陣地が厄介だった。迫撃砲から放たれる航空散弾は、中々厄介な代物だ。
平原でウロチョロしていては的同然だし、かと言って地形を利用しようと思えば障害が邪魔になる。
本命の攻撃には、まだ早い。考えても、フィミラークはやはり正面から行く選択はありえなかった。
「一応、次の動きは考えています」
フィミラークが言うと、ネールファンスの目つきが変わった。
「……と言いますと?」
「ひとまず、本命の攻撃にはまだ早いですから、敵に損耗を強いる戦い方が良いでしょう。そう。突破まではしませんし、それは兵力の無駄遣いですから、偽攻撃とでも言うべきでしょうか。これをします」
「……なるほど。ですが、やはり悠長な気がします」
「まあ、我々は急ぐ必要はありません。敵に急がせるのが目的ですから、物資の損耗を拡大させましょう。敵に入ってくる物資の量を減らして、出す量を増やせば勝ち目はあります。時間は我々の味方です」
「……まあ、理解はしました」
「それは何よりです。では、物資の損耗を強いる作戦はあなたにお任せしましょう。お願いできます?」
「ご命令とあらば」
ネールファンスはそれに応じ、指揮所を出た。
――0911時(演習開始から23時間)、第3魔装歩兵大隊司令部
「――そういうわけで、青チームは赤チームに損耗を強要する選択を取ったようです」
「中々良い性格の部下がお揃いみたいじゃな」
部下が報告を入れると、ミラデンが皮肉の混じった感想を述べた。
「しかし、それは頼もしさでもあります。やはり高度な戦いになってきましたね」
「やぎろおしいことになってしもうたな……」
ミラデンは理解を諦めたかの様に言いながら、椅子に座った。
「でも、物資はないならんの?結構攻めてきよるって聞きますけど」
報告を突き合わせると、我々の物資損耗を強いるために青チーム側が攻勢を強めている様だが、ゲリラ戦術も思った以上に効果が上がらない様で、物資の減りも希望よりは少なそうだった。そういうわけでエイロンは少し計算機の力を借りた。
「この勢いだとまあ、数ヶ月くらいかかるでしょうね」
「いや、終わっちゃうやないか」
そう。赤チームの物資が尽きるまでにはかなりの時間がかかる様だった。おそらくフィミラーク達も気づき始めている頃合いだろうから、何か手を打っているに違いない。
「そうですね。まあ、それならそれで、何か策があるんじゃないかと思いますけどね」
「例えば?」
「それが分かれば苦労しないんですがね……」
エイロンは溜息を吐いた。
フィミラークは温厚そうに見られているが、本気を出すと、結構怖いという事でも評判だった。部下でも掴めないところがあるほどで、何が引き金で怒るかがわからない上に、怒っているのかどうかが分かりにくいためだった。それに、その性格に隠れがちだが、彼女も中々優秀な士官であるのも事実だった。そこがエイロンにとって怖いところで、あの温厚そうな顔の裏に何があるのか、わからなかったのだ。
「……まぁ、中佐が言うんじゃ、うちも分からんわ。フィミラーク中佐もえずい(賢い)けえ、その上うちも歳じゃけえ、頭が回らん」
「ドラゴニュートのあなたが何を言いますか。私よりは全然若いでしょう」
「おめたー(お前よりは)年上じゃ」
半ば無意識のうちに、ミラデンは上官に対してはふさわしくない口を利いたので、一度咳払いをした。エイロンはなんとなく意味を掴んでいたが、特に気にしてはいなかった。
「……失礼。たちまち(とりあえず)、なんかせにゃぁいかんな」
「とはいえ、攻撃転移はリスクが大きすぎます。このまま防御に徹している方が良いでしょう」
「同感じゃな。ただ、部下にいらんことしぃ(いらない事をする奴)がおるから、このまま現状維持とゆーのも、そろそろ無理があるかと思うちょるんじゃが、どうじゃ?」
「そんなに血気盛んなんですか?」
「ほいじゃの。部下がかばちょぉ(文句を)垂れてて、どーなろにゃ(どうにもならない)っちゅう感じじゃ」
「ええと……?」
エイロンが疑問符を浮かべているのを見たミラデンが、ハッとしたかのように口を抑えた。
「ああ、これまた。やってしもうたな。ええと……、『かばち』は文句っちゅう意味で……、部下がそれを言って来よるから、どーにもこーにもいかんっちゅう意味じゃ」
「つまり、部下に文句を言われたんですね」
「ほいじゃな」
エイロンはミラデンとのコミュニケーションの難しさに若干疲れつつも、ミラデンの部下から抗議が来ているという事について少し考えた。
一番の策はこの市街地から出ない事だが、それが納得できないというのはミラデンの言い方の問題か、あるいはそれだけ部下が暇しているという事なのだろうか。練度が低いとある事だが、なるほど、第2魔装歩兵大隊は実戦経験の少ない補充兵が大半を占めているせいなのだろう。
エイロン率いる第3大隊は開戦劈頭の攻撃の被害を逃れ、複数回に渡る戦闘に従事していたが、ミラデンは彼女自身も南方管区司令部から来た様に、人員のほとんどが実戦経験がないか、少ない者ばかりであった。
やはり、軍隊というのはどこかしらに弱みがある。それにいかに早く気づけるか、またどちらがそれに気づくかが、その戦いの鍵を握るのであった。