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2、前線視察

 日が明ける頃に、ようやく我々の部隊の移動が始まった。自分で出来る範囲で物事を進め、部下を急かして、旅団長に急かされて、ようやく準備を終えた。

 旅団長たるジュレーニーツの要望により、我々司令部も駐屯地から移動し、前線により近い位置に進出し、前線基地を設ける事になった。

 実際、指揮官や司令部は、ある程度前線に居た方が、士気も上がりやすいし、情報も入って来やすい。その分危険なのは言うまでもないが、そことの兼ね合いを調整するのも必要な事だと、私は思う。

 通信参謀や行政参謀などの後方系の参謀を留守番として、運用に関わる、私を含めた一部の司令部要員はジュレーニーツに付いていく事となった。これで身近に命の危険を感じる事が出来るわけだ。とはいえ、私自身はあまり命の危機を感じているわけではなかった。「怖い」というより「面倒くさい」という感覚に近かった。

 それでも万が一の場合に備え、参謀より上の立場である副旅団長のディルメースと、もう一人のお偉いさんの参謀長も留守番という事になり、結局、旅団司令部のメンバーで前線に行くのは、旅団長のジュレーニーツと、人事参謀のフィルナールという人と、情報参謀のウェステーリス、作戦参謀の私の4人となった。

 移動に用意された車両は一台だけで、荷物が積んであるトラックの、荷台の余りのスペースが割り当てられた。荷台に備え付けの椅子、という名の木の板だけが用意されている。座布団などは無いので、立つよりかはマシかどうかというレベルの快適性だ。

 ヘリが使えたらあっという間なのだが、敵の戦闘機が跋扈(ばっこ)している空をヘリで飛ぶのは自殺行為もいいところだ。結局、トラックを使うしかなかった。

 荷台に4人の人がすし詰めにされ、畦道をトラックが進んでいく。会話はほとんどなく、各々書類を読んだり、ノートパソコンをいじったり、ボーっと外を眺めて暇を潰している。目の前にいる人が、本当に軍のお偉いさんなのだろうか疑いたくなる眺めだった。皆が何十kgもするアーマーとヘルメットを身に纏った戦闘服姿なのも、それじゃない感を更に助長させる。私らがお偉いさんである事を示す唯一の物は、アーマーに書かれた名札と、襟元の階級章くらいな物だった。

 荷台が揺れる度に、必要以上に身体が振れる。一応、アスファルトで舗装された道路のはずだが、道中に放置されている故障車や撃破された車みたいな残骸を避けて進んでいるため、ハンドルを切る回数はその分増えるみたいだった。

 今の時期はまだ良いが、夏場や冬場は酷い。冷暖房なんて物は無いのだが、教官曰く、「うちの軍の車両は素晴らしいから、ほとんどの車両には冬には冷房、夏には暖房が完備されたものばかりだぞ」なんていう事を言っていたので、見える人には見えるのかもしれない。おそらく皮肉か、ボヤきか、見えてはいけない物が見えているのかのどれかだ。

 アリスレークルは南半球にある国なので、今の気候は秋から冬にあたる。そろそろ雨が増え、泥濘の季節になる。もう2ヶ月もしたら雪が積もり始めるだろう。極寒地域ではないのでそこまで積もりはしないが、それでも面倒な事には変わりない。まだ先の事なので、深く考える必要はまだないのだが。それまでにこんな事態が終わってくれれば良いのだけれど、そうはいかないのだろうか。まあ、未来の事など私みたいなちっぽけな人類にはわからない。

「……そろそろお尻が痛くなってきましたわね」

 ウェステーリスが不意に呟いた。振動する木の板を尻に敷いていれば、そのうち痛くなるのも無理はない。というか、まだ痛いと感じない私は異常なのだろうか。

「そんなに?私はあんまりだけれど」

「言うと痛くなるから言わない方が賢明だと思うよ」

 ジュレーニーツが書類から目を離さずに言った。よく見ると、彼女もモジモジしている。おそらく痛みを感じているのだろう。

「早くない?まだ到着まで30分くらいあるけれども……」

「作戦参謀がヤバいだけだよ。それは」

 ジュレーニーツに言われて、少し驚いた。そんなに強靭な物を私は持ち合わせてなかったと思うが、硬い物を地面に敷いて座るのにはスキルがいるのだろうか。

「まあ、人それぞれですわよ。痛くなる人も居れば、痛がらない人もいるだけですわ」

 ウェステーリスはそう返して、ノートパソコンのキーボードを叩く作業に戻った。

 その様子を黙ってジッと見ていたのは、人事参謀のリソーネ・フィルナール少佐だ。長い黒髪を持っているが、それを三つ編みにした物をシニョンにした髪型をしており、後頭部に上手くコンパクトにまとめている。髪が長いと苦労しそうだ。

 この4人が一堂に会する機会は職務上、それなりにあったが、私ら4人が私的に仲が良いかと聞かれるとそんな事はなかった。

 私とウェステーリスはよく話す仲ではあったが、ジュレーニーツとフィルナールとはあまり話した記憶がない。フィルナールに至っては誰かと私的な会話をしている姿を見た事がなく、休憩室では一人で本を読んでいるイメージしかない。

 読んでいる本は確か、文学的な小説が主だった。『フォーレドラギアンの白い羽根』とか、そんな本ばかりだ。いわゆる純文学を好むみたいだ。真面目な性格だと思うが、自分を出すのに抵抗があるのだろうか。任務はこなすが、私的な事はあまり明かしてくれない。少し分かりにくい人でもあり、敬遠される事もあるみたいだ。何か親近感を感じる。

 そんななので少し気を遣う。本人はどう思っているのやら。まあ、経験上、人を良いように扱えば大抵の場合はそれに応えてくれるものだ。おそらく私の事を悪くは思っていないだろう。

「人事参謀は大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですよ?」

 ケロッと答えた様子を見ると、おそらく大丈夫だろう。

「鋼のケツだね。羨ましい」

 ジュレーニーツのコメントに、私は何とも言えない感覚を覚えた。

「どうでしょうね。案外、柔らかい方がクッションになって、ダメージは少ないかもしれませんよ?」

「それなら私が鋼のケツの持ち主って事?それはそれでなんか嫌だな……」

「言い出しっぺじゃありませんの」

 ウェステーリスにそう言われると、ジュレーニーツは苦笑いで誤魔化した。

 女に限らず、同性だけの環境だと何かと会話に品がなくなる印象がある。これはまだマシな部類だが、特に軍隊だと、尚更そういう話題に事欠かなくなる様だ。それが根本的な問題に迫る事があるので、一概に悪いことばかりではないと思うが、私は若干の居心地の悪さを感じていた。そういう話題を避けていると、自ずと苦手になるものだ。

 だが、本当に苦手ならやめるように言う気がするし、もしかするとそこまで嫌ってはいないのかもしれない。それなら、この居心地の悪さは一体なんだという話になるが、それは、私は親しくない人だと認識している人がいる中で、そういう話題を振られるのが苦手なのだ。その人がそういう話題を嫌うかもしれないのに、その様な話題を振るのがよろしくないという考えが、私にはあるのだ。

 しかし、私は人に気を遣いすぎるタチの人間だと言われる。車を避ければ横を歩いていた人にぶつかって喧嘩になったり、汚れていたので掃除をすれば埃が舞うからやめろと怒られたりした。これも気を遣いすぎているだけな気もするので、文句も言えない。

 しばらく自分のケツをいじめていると、やがて私達は、前線に程近い前哨基地、キャンプ・フェリルにたどり着いた。

 いわゆるベース・キャンプと言われる物で、少し開けた場所に天幕があちらこちらに張ってある野営地、宿営地である。ここが国境付近のフラレシア人の動きを監視する部隊の本部で、今や最前線に程近い前哨基地となっていた。

 常備されていたのは2個魔装歩兵大隊と2個偵察中隊、2個機甲中隊、1個砲兵中隊に後方部隊が加わる形だった。

 到着早々、私らは様子のおかしさに気がついた。明らかに天幕を行き来する人が少ないし、以前はそこにあったはずの天幕のいくらかは無くなっていた。地面には何かが爆発した様な焦げ跡もある。攻撃を受けたらしい。

 日差しが避けられる程度の、開放感溢れる天幕……と呼ぶには少し寂しい、壁のない、炊き出しのテントの屋根を迷彩柄にしたものがあった。気休め程度の隠蔽にしかならないだろう。その下にある、通信機や機器類が並んだ机の所が、ここの指揮所になっている様子だった。機密保全もへったくれもないのだが、そんな事をする事情は想像に難くない。思った以上に状況は悪い様に見える。

 そこで忙しそうに各方面とやりとりをしていたのは、見覚えのない若い女性士官であった。黒いストレートのショートヘアで、真面目そうな印象を受ける。着衣は、陸上迷彩の作業服の上に、装備を身につけており、命令が出たらすぐにでも出撃できそうな格好だった。

 頻繁にあくびをしており、かなり無理をしている様にも見える。すれ違う人の階級章の中では一際高い、少佐の階級章を身につけているので、彼女が臨時で指揮を執っているのだろう。

「指揮官は君かな?」

 ジュレーニーツがタイミングを見計らって、その女性士官に声をかけると、彼女は席を立った。

「はい。アレーナ・ネールファンスと申します」

 ネールファンスは私達に対して挙手の敬礼をすると、ジュレーニーツと握手を交わした。ジュレーニーツは平然と握手をしたが、ネールファンスのその所作は若干ぎこちなく、緊張している様子が伺えた。相手の肩書きを知っていれば当然の態度だろう。階級が二つも上なのだ。無理もない。

 彼女に対して抱いた印象としては、私が言えた事ではないが、ゴツい装備類とは不釣り合いな小柄な体型をしており、少し可愛く見えた。真面目な性格は敬礼に至るまでの動作の素早さからも伺えるし、言葉遣いも丁寧だ。

「フィンファーレル・ジュレーニーツだ。見ない顔だけど、所属は?」

「原隊は第2魔装歩兵大隊の副司令官です。現在は大隊司令部要員の大半はMIA(Missed In Action、戦闘中行方不明)、ないしKIA(Killed In Action、戦死)のため、私が前線指揮官の任を負っております」

 大隊司令部要員は合わせて10人以上居たはずだが、そのほぼ全員が行方不明、ないしは戦死したのか。驚愕の新事実であった。大半が一気にやられる事態なら、砲弾でも撃ち込まれたか、爆弾を落とされたかのいずれかだろう。それならトイレにでも行っていたのか、どういうわけかネールファンスはたまたま助かった事になる。心の傷も癒えないだろうに、立派な物だ。今は頼られる立場なのを理解しての行動だろうが、後で反動が来ないとも限らないので、少し不安だった。

 ジュレーニーツはじめ、皆も驚いた様子で、言葉を失っていた。

「……私が来た事情は把握してる?」

 指揮官が怯む様子を見せてはならないとでも思ったか、一時の間を置いて、真っ先にジュレーニーツが聞いた。

「はい。撤退の指揮を執って下さるそうで……」

 ジュレーニーツは小さく頷いた。ネールファンスは安堵の表情が漏れ出ていた。彼女自身も不安だったのだろうが、それを受け取るジュレーニーツは心穏やかな様子ではなかった。

「状況を知りたいんだけど、ちょっと良いかな?」

「ええと、少々お待ちください」

 ネールファンスは慌てた様子で書類の山をかき分けると、その中からバインダーに綴じられた一つの書類の束を見つけ出し、手に取った。

「はい。情報要求のあった物はこちらにまとめました」

ネールファンスはジュレーニーツにそのバインダーを渡した。

 バインダーは一冊しかなかったため、私ら参謀は見ることはできなかったが、読み進めるにつれ、ジュレーニーツの表情がどんどん険しくなっていくのが見て取れた。

「……やっぱ見積りは正しそうだね。一応作戦参謀の見解も聞くけど、私としては、当初の作戦計画通り、増援を盾にして遅滞しつつ、ファルロン・エーレまで引くよ」

 ジュレーニーツは目も当てられない、と言いたげな表情で、バインダーを私に差し出してきたので、私もそれを受け取って、中身を見た。

 指揮官に対して与えられる情報は、平たく言うとQ&A方式の紙にまとめられる。あらかじめ指揮官が知りたい情報を提示する――すなわち情報要求をして、それに情報部の人を始めとする関係各所が答える形だ。

 それとなく察しはついていたが、書面の上でも状況は酷かった。

 まず情報要求があったのは、「部隊、及び司令部の損害はどれほどか」という物だが、これは開戦と同時に大規模な砲迫攻撃やミサイル、それと敵の攻撃機による攻撃を受け、前線の部隊は壊滅と言っていい程の打撃を受けていた。友軍陣地は軒並みやられ、基幹である魔装歩兵大隊の司令部や中隊司令部もほとんどここと同じ様に、大部分が壊滅状態な様で、ネールファンスも命令が下る前から、自らの判断で撤退の用意をしていたところであったらしい。

 本当なら2個魔装歩兵大隊、8個中隊がいたのにも関わらず、今や6個中隊、1.5個大隊にまで減少している。魔装歩兵だけで300人以上が死傷したのだ。

 次の、「部隊の士気はどれほどか」にも繋がるが、どうにか集めた生き残りは、兵士としては役には立たないほど疲弊している者ばかりであった。たった一晩で、この近辺の前線展開戦力の2割強がやられたのだ。一般に、軍隊は3割の兵士が死傷した時点で、壊滅だと言われる。旅団としては1割ほど。深刻な損害であった。

 ここまでだとは、正直なところ予想していなかった。見通しが甘かった。このレベルだと、この隘路の維持はもはや出来ないどころか、ファルロン・エーレの維持すら怪しい。背中に何か冷たいものが流れた感覚がした。

 次に、「敵の展開兵力、種類はどれほどか」という情報要求には、偵察部隊の写真が添えられながら、文章で示されていた。

 敵兵力はこちらの見積りの通り1個旅団程度で、隘路を後方に防御する我々を包囲する形で交戦中。種類は機械化歩兵はもちろん、戦車、砲兵、航空機に至るまで、圧倒的な兵力を伴う混成の機械化戦力であった。

 最後に「敵の状況はどうか」という物には、現在まで接触が続き、前線付近では撃ち合いが続いているとの事だった。ただ砲迫攻撃が止んでいるため、補給終了次第、突破にかかる公算であるとの見積りだった。

 今は前線を辛うじて維持できているが、このままでは持たないのは明白だった。増援はおそらく間に合わず、増援の戦闘加入という形を取ってしまえば、戦力の逐次投入になる。そしてそれは、戦場でやってはならない戦術行動の一つである。ファルロン・エーレまで引かなければ、体制を立て直す事は不可能だ。

 幸いだったのは、敵の火力部隊の主兵装が固定式の砲だった事だ。一応気休め程度の自走もできる物だが、それも対砲兵攻撃を避ける程度の物で、部隊の追撃には使えない代物だ。遅滞の最中に増援と前線の部隊を交代して、まだ力の余っている増援でいなしつつ、陣地が出来上がるまで遅滞を遂行する。爾後、ファルロン・エーレ付近で、隘路を前方にした周到防御で敵に対抗する。これしかない。

「……旅団長に同意します。それしかないでしょう」

私はバインダーをフィルナールに渡しながら、ジュレーニーツにそう言うと、彼女は苦々しく頷いた。

「すぐに命令下達に移るよ。中隊の指揮を執っている人を集めて。小隊長クラスは戦闘中だろうから、呼び出さなくて良いよ」

ジュレーニーツがネールファンスにそう言うと、命令を受けた彼女は返事をして、すぐに無線機を手に持って、中隊長クラスの指揮官を呼び出した。


 集められた場所は、先程の天幕のすぐ近くに設けられた、折り畳める机の上に、地図が置かれただけの簡易的なスペースだ。屋根すらないので少し落ち着かない。

 中隊長クラスの指揮官は、やはり見覚えのない顔ぶれに変わってしまっていた。いずれも最先任らしく、若い士官は生き残りらしい人以外に見受けられなかった。可哀想な限りだ。

「揃いました」

 最後の人が来た瞬間にネールファンスの報告を受け、ジュレーニーツが声を発した。

「では、早速始めるよ。みんな急いでいるだろうから、これからやろうとしている事を端的に言うけど、私は部隊をここから後退させ、遅滞戦闘であたるという判断を下した。まず、これに異存のある人は?」

 ジュレーニーツの言葉で、一部の士官たちは若干の動揺を見せたが、反対の声は挙がらなかった。

「……反対がない様なら、状況確認後、命令下達に移るよ。まずは人事参謀、本作戦の要員を」

「はい」

 フィルナールが返事をした。

「まず、司令部要員。本作戦の総指揮官はフィンファーレル・ジュレーニーツ大佐が務めます。副司令官はコアネ・レーリンツ中佐で、作戦参謀と兼任です。人事参謀は私、少佐のリソーネ・フィルナールが、情報参謀はレテシア・ウェステーリス少佐がそれぞれ担当します。ここにはいませんが、兵站参謀はクラレーン・ローゼレート少佐が務めます。

 続いて大隊指揮官です。まずはここにいる面々から。再編した第1魔装歩兵大隊はアレーナ・ネールファンス少佐、第1偵察中隊はクラローネ・ファリア少佐、第4機甲中隊はシェトル・エルオート大尉、第1砲兵中隊はへディル・トーナス大尉がそれぞれ務めます。

 そして、ここにいない指揮官です。第2魔装歩兵大隊はルジェス・エイロン中佐、第1偵察中隊はロトレン・メイルース大尉、第2機甲大隊はロジル・レトミール少佐、第2砲兵大隊はハロヴィン・ドリシル少佐、補給及び輸送中隊を混成した後方部隊は、先任のミフィル・レマソール少佐が務めます。後はお手元の資料の通りですので、そちらをご覧ください。以上です」

「はい。じゃあ、情報参謀」

 次に、ジュレーニーツは、情報参謀のウェステーリスに振った。彼女からは気象情報の伝達がある。

 気象()()と言うくらいなのだから、天候も重要な情報の一つだ。その所掌は情報部の人なので、情報参謀から説明することになる。

「私から気象情報をお伝えいたしますわ。

 この気象情報は本日の0900時の物ですが、今日の天候は曇りのち晴れ。ファルロン・エーレ北方地域の風速は4、風向は西南西。雲量は8、雲底高度は3000ft(約900m)、降水確率は20%ですわ。最高気温は15℃で、最低気温は4℃。日の出……は割愛しまして……日の入りは1644時、今後の予報としましては、東の低気圧が西に偏移しつつありますので、天候は崩れそうですわね。以上ですわ」

「次、補給状況をネールファンスから」

 この説明は部隊の状況を一番知っている人がやる。本来なら兵站参謀の所掌だが、ここにはいないので致し方ない措置だ。

「はい。私からは補給状況をお伝えします。幸運にも、昨日に大々的な物資の補給がありました。このおかげで弾薬や食料にはある程度の余裕があり、4日程は戦闘行動が可能です」

「じゃあ、作戦参謀」

 いよいよ私の出番が来た。返事をして立ち上がると、皆の視線が集まった。私の次の言葉を待ち侘びている。

 空気は緊張していた。何か張り詰めている様にも見える。ここにいる指揮官達が焦りから失敗しないように祈りつつ、私は口を開いた。

「では、現在の状況の確認を行います。

 まず、ファルロン・エーレからの増援部隊がここに向かってきています。ですが、皆さんご存知かとは思いますが、現在の前線の小康状態は敵の火力部隊の補給が終わるまでで、それを迎えてしまうと我々は成す術もありません。そして、増援はそれまでにたどり着く事は極めて困難であり、ここで迎え撃つのでは戦力の逐次投入になると見積りました。

 そこで、作戦目標は現在地を放棄し、ファルロン・エーレ側の隘路口まで遅滞戦闘を展開しつつ、最終的に地図上の統制点、『ミリール03』がありますが、ここまで後退する事です。ここにいる部隊の人は基本的に、戦術行動としては遅滞、部隊によっては部隊交代後をしてもらいますが、その部隊は爾後、行軍をします。

 遅滞の意図はその隘路口に陣地を構築して、防御力を高めることまでの時間稼ぎを目的としております。さて、それでは命令下達に移りたいと思いますが、その前にここまでで質問はありますか?」

 すると、名前を知らない、中年というには少し若い、口の周りに髭を生やした男性士官が、手を挙げた。陸上迷彩のヘルメットにゴーグルを着けているので、彼は戦車兵なのだろう。

 名簿によると、彼の名前はシェトル・エルオートと言い、階級は大尉らしい。所属は機甲科、第2旅団隷下、第4機甲中隊の隊長らしいが、私の記憶では、機甲科の前線指揮官は別人だったはずだ。つまりはそういう事だろう。

「はい、エルオート大尉」

「つまり、部隊交代があるということですか?」

 指すと、彼が質問をした。

「部隊によります。それはこれから話します。他には?」

 質問はこれ以上なさそうだったので、命令下達に移ることにした。

「では、命令下達に移ります。事前に連絡を入れたと思いますが、書面は作成の余裕がないため、後日送付とします。それに従って、内容は口頭で伝えます。じゃあ、第1魔装歩兵大隊」

「はい」

 そう呼ぶと、ネールファンスが返事をした。

「あなたの部隊は道中で部隊交代をしてもらいます。第2魔装歩兵大隊が増援として来るので、それまでは遅滞戦闘を実施し、部隊交代後は行軍の要領に従って移動すること。あなた達が急げば急ぐほど、肩代わりしてくれる第2大隊が楽になるので、部隊交代後の行軍は速度を重視して。以上。質問」

「はい、今、防御戦闘で用いている陣地の資材はどうしますか?工兵隊に知らせる必要がありますが」

 それは私の権限では決められないので、ジュレーニーツを見て答えを求めた。

「完全に放棄で良いよ。撤収する余裕ないでしょ?」

「放棄ですね。わかりました。以上です」

「次、第2偵察中隊」

「はい」

 掠れているのか勘違いする様な控えめな小さな声で、メガネをかけた、航空迷彩の作業服姿の若い女性士官が、背筋を伸ばして返事をした。偵察科のクラローネ・ファリア少佐だ。所属は第2偵察大隊の隷下、第2偵察中隊の中隊長だ。彼女には見覚えがあった。

 結構小柄な体格で、やや薄めの金色の髪は長く、後頭部のお団子は握り拳ほどの大きさがある。

 うちの軍は偵察中隊か魔装歩兵中隊なら大尉か少佐が指揮官となる規定だが、ファリアは結構若い。それが意外で覚えていたのだ。見た目だけだろうか。あるいは、結構やり手なのかもしれない。

「貴部隊は引き続き、敵の動向の観察を頼みます。ただ、犠牲は最小限に留め、何より置いていかれない様に留意して、情報収集よりも後退を優先して下さい。以上。質問」

「はい、内容は了解ですが、この作戦においてこちらの偵察機材の撤収時間は考慮されていますか?補給の観点から、放棄は望ましくないと思いますが」

「まだ具体的な開始時刻を決めていないですが、それはどうしましょうか?」

私はジュレーニーツを見て聞くと、ジュレーニーツはファリアを見て、腕を組んだ。

「撤収までには、どれほどかかる?」

「2時間です」

「短くできない?機材の放棄も認めるから」

「どの程度ですか?」

「君の裁量に委ねるよ。ただ可能な限り早く、かつ今後の補給の観点からも両立できるバランスでね」

 ジュレーニーツが言うと、ファリアは視線を横にずらして、考える様子を見せた。

「……それなら、1時間程度です」

「いつの時点から?」

「作業開始時点です」

「了解。これが終わり次第すぐにかかって」

「わかりました。質問は以上です」

「では、次、第4機甲中隊」

 やり取りを終えたタイミングを見て、私は機甲中隊指揮官を指した。

「はい」

 返事をしたのは、先程質問をしたエルオートだ。

「あなたの部隊は機動戦力として、第1魔装歩兵大隊の支援を頼みます。増援合流後は機甲大隊指揮下に入る予定なので、それに従って下さい。おそらく第2魔装歩兵大隊の支援が言い渡されるとは思いますが、一応、そのつもりで。それと、基本的に故障車以外は離脱できない物だと思って下さい。以上。質問」

「はい、故障車は捨てる感じですか?」

「戦闘中に故障車が出た場合は戦車牽引車が増援の中にいますから、それに引っ張って貰って下さい」

「ああいや、そうではなく、今ここにある故障車はどうします?」

 おっと、その前提を考えていなかった。突貫工事のツケが回ってきたみたいだ。

「行動不能な車両がありますか?」

「ええ、一両だけ。後方で修理すれば使える程度の故障ですが、どうします?」

 私はジュレーニーツを見た。おそらく戦車を引っ張っていけるような装備もない。あるとすれば他の戦車だが、それにつきっきりにならざるを得ないので、戦力にはならない。いずれにせよ、ジュレーニーツの判断による。

「作戦参謀はどう思う?」

 すると、ジュレーニーツが私に振ってきた。私が一番に思い浮かんだのは爆破処理だ。足手まといになるなら捨てる。単純だ。

 だが、戦車や装甲車という車両には、その専属の乗員が付き、日々の点検や整備、運用を行うものだ。そうして日々を過ごしているうちに愛着が湧き、簡単に捨てられなくなるものだ。これは心理的な物で、我々上の人がどうこうできる話ではない。可能なら持って帰りたいのが乗員としての心理だろう。それは非情な選択でもある。

 おいそれと、その選択を私が口にして良い物だろうか。私は躊躇った。だが、誰かが言わねばならない。

「……爆破処理が一番早いと思います」

 ジュレーニーツは真顔でこちらを見ていた。

「他に手段はない?」

「戦車を運ぶトレーラーはファルロン・エーレに保管してあります。もしやるなら動く戦車で牽引するとかですが……、当然、その分、戦力は落ちます」

「言ってしまえば、トロッコ問題ですね。愛着のある物か、人命かの」

 そう形容したのはフィルナールだった。上手いことを言うものだと思ったが、私は複雑な思いだった。

「興味深い言い方だね。だが事実だ」

 ジュレーニーツはエルオートを見て、それをきっかけに彼に視線が集まった。おそらくエルオートの判断次第という事だろうが、当の本人は、かなり考え込んでいる様子だった。

「……なんとかしましょう」

 エルオートは絞り出すように言った。

「すまないね」

「いえ、人命か物かなら、どちらを取るかは自明です。説得はお任せ下さい」

 これが昔なら、怪我をした愛馬を殺したのだ。騎兵の馬、戦車乗りの戦車。どちらが見捨てやすいかを比べる権利は私にはないが、想いは同じ物だろう。心苦しい事この上なく、自らの提案に押し潰されそうな思いだった。だが、負けるわけにはいかない。心を鬼にしなければ。

「他には大丈夫ですか?」

「ええ。今のところは」

一応確認をしてから、私は次の部隊に説明を始めた。

「では、第1砲兵中隊」

「はい」

 今度は小太りの中年の男性が返事をした。へディル・トーナスというらしい、見覚えのない男性士官だ。これはすなわち、比較的後方にいる砲兵士官もやられたという事らしく、事の深刻さを物語っている様に思えた。

「あなたの部隊も基本的には機甲中隊に準じます。火力部隊として、全体的に他の戦闘部隊の支援に徹して下さい。増援との合流後は砲兵大隊の指揮下に入って、その命令に従ってください。特に移動が容易な自走砲や自走ロケット砲は終始重要で、かつ貴重な戦力ですから、機甲中隊と同様に部隊交代はないものだと思って下さい。以上、質問」

「はい、補給はどうなりますか?」

「この後言おうかと思ってましたが、今言っちゃいましょうか。いずれの部隊も、兵站段列が後方連絡線上の途上に補給ポイントを設けてありますので、そこで弾薬類や燃料、飲食物などの補給を受けて下さい」

「その補給ポイントの部隊の撤退のタイミングはどうなります?」

「それは補給部隊指揮官に委任します。ただ、戦闘の足手まといにならない程度のタイミングに切り上げますから、協力もお願いします」

「わかりました。質問は以上です」

「では、全体を通して何か質問は?」

 すると、複数人の士官が手を挙げた。まずは近くにいたネールファンスを手で指した。

「詳細な作戦開始予定時刻はいつになりますか?また、部隊交代のタイミングも教えて下さい」

「Hアワーの予定はこの会議が終了した1時間後ですが、最終的には旅団長の判断によります。部隊交代はそれこそ増援部隊の摩擦を考えると、なんとも言えません。後ほど伝えます」

「わかりました。……ああ、もう一つ。遺体などの撤収作業はどうなってますか?」

「遺体を最優先に、一部重要機材は既に運び出しを始めています」

「ありがとうございます。質問は以上です」

 ネールファンスの次に、私はエルオートを指した。

「はい、エルオート大尉」

「補給ポイントは患者集合点も兼ねてますか?それとも別で?」

「あれ?資料になかった?」

 書いたはずなのだが、ミスっただろうか。私は慌てて資料のページを捲った。

「確かに、記載はないですね」

 ファリアの指摘が入ったタイミングで、ようやく資料の該当ページを開けた。見ると、確かに補給ポイントとしている部隊の集合点を示す場所に、本来あるべき衛生部隊の兵科記号がなかった。夜通しで仕上げたのでこういうこともある。

「これは失礼。急拵えの作戦案だから抜けてるわね……。ええ。その通り、全ての補給ポイントは患者集合点も兼ねてます」

「わかりました。質問は以上です」

「ご指摘ありがとうございました。他に質問は?」

 聞いたが、手は挙がらなかった。

「大丈夫?ここのメンツは作戦終了まで会わないから、聞くなら今のうちだよ?」

 ジュレーニーツが促したが、やはり手は挙がらなかった。

「では、私からは以上です」

「じゃあ、最後に私から。忘れがちだけど、遅滞戦闘は、『可能な限り消耗を避ける行動』という記載が教範にある。戦闘をする以上は損害が出るし、既に出ている。けれど、それを少なくするのが我々士官の役目だ。それを忘れる事なく、きちんと果たしてくれれば、私としては文句はない。また会える事を祈ってるよ。以上。全体を通して質問は?……ないなら解散だ。各自、かかれ」

 ジュレーニーツの訓示でその場は締められ、私達は各自の作業にかかった。


 作業を終えた私は、皆を見失ってしまっていた。

 会議をしていた場所は既に撤収作業が済んで、空っぽの天幕や、まだ微かに煙の上がっている灰があるくらいで、人もまばらだった。置いてかれたか?

 誰かに聞くか?いや、だが知らないかもしれない。落ち着け。まだ近くにいるはずだ。落ち着いて辺りを見回すと、天幕の裏手に歩いて行く、見覚えのある姿を発見した。

 近づいてみると、案の定、それはウェステーリスその人だった。近くにはジュレーニーツとフィルナールに加え、重そうな通信機を背負った人も居る。

「あら、来ましたわね」

ウェステーリスの言葉で、私に皆の視線が集まった。

「お疲れ様。そろそろ移動しようかと思ってるけど、大丈夫?」

「ええ、作業は終えたので、大丈夫です」

 ジュレーニーツの質問に答えると、彼女は満足げに頷いた。

「そう。じゃあ行こうか」

 ジュレーニーツの言葉で、私は魔装背嚢に力を込め、やがて空に飛び立った。

 魔装歩兵、あるいは魔装兵というのは、ネクロマンサーという愛称を持つ、簡単に言えば空を飛べる歩兵の事である。リュックと背中の間に魔装背嚢という装備を身に纏い、それで自らの魔法のポテンシャルを発現し、魔力を飛行に用いているのだ。ここら辺は時代に助けられている。技術の進歩で、昔なら魔法が使えないとされた人も、今や空を飛べる人になっている。一般に、自分の身体を浮かす事が可能かどうかが、魔法が使えるかどうかの基準であると見做されるのだが、魔装歩兵は全員例外なく飛行ができる。その敷居が低くなったのは、良い面もあるだろうが、こうして悪い面も引き起こしてしまっているのは、何とも言えない気分になる。

 魔装歩兵は普通の歩兵よりも機動力に優れ、ある程度の地形なら飛んで無視してしまえるので、渡河作戦や機動力を要する作戦では有利に立ち回れるのが強みだ。弱点と言えば、撃たれて怪我をすればまず助からない事と、そもそも魔装歩兵の装備を扱える人が少ない事だろうか。おかげで損耗率も激しい上に代えが効きにくいという面倒臭さがあり、そのせいで世界のほぼ全ての軍隊で、魔装歩兵を大々的に運用する事はなくなっている。あるとすれば、この魔法軍くらいだ。

 そこに魔法使い不足が拍車をかけている。近年では、年々、魔法を使える人が減少しており、もう何世紀か経ったら誰も魔法が使えなくなるのではないかとすら言われている。これは歴史にあった魔法使いの世界的な迫害運動、いわゆる「魔女狩り」の爪痕や、魔法使いの人口の7割強が集中している国である、我がシャルステル・ウェルス王国の人口減少、少子高齢化問題、エルフやドラゴニュートなどに対する民族問題がその原因になっている。

 魔法使いが世界的に少なく、かつその人口をほぼ独占している我が国ですら数十万人を集めるのが精々なのだから、他所の国ではそんな事も言っていられないのだ。

 それに、魔法使いと言っても、強力な爆発を繰り出すとか、氷を落とすとか、海を割るみたいな事は不可能だ。何せ、そのような事が出来る大魔法使いは高齢化するか、死んだか、隠居するか、政治闘争に敗れて消えるとかの道を辿っているので、おそらくシャルステルですら見ないほどには消えている。数十年くらい前にはいたのだが、そもそも便利な科学の進歩と共に、不便な魔法魔術が隅へ追いやられていってしまっているのだ。魔法を使うのは疲れるが、電気は使っても疲れない。時間が経てば、そのうち魔法は絶滅するだろう。

 そういう事情があるので、このシャルステル・ウェルス王国魔法軍が世界で唯一、大々的に魔装歩兵を運用する組織となっている。もしかすると、私は魔法使いが活躍する、最後の舞台に立っているのかもしれない。そう考えると少し誇らしいが、それでも戦争が最悪なことに変わりはない。

 魔装歩兵は楽かと言われれば、そんな事はない。上空は寒いし、高度を上げ過ぎれば息が切れるし、魔法を使うことは普通に疲れるし、弾は当たらないし、銃はどれも重たいし、物は落とせないので水を飲むのにも細心の注意を払うし、何より撃たれた時の生還率は歩兵のそれの比じゃない。

 歩兵は四肢がなくなっても生きられはする場合がそれなりにあるが、魔装歩兵の場合は一度上空で意識を失ってしまうか魔法の集中が切れると、後は地面に真っ逆さまだ。その後にどうなるかは言うまでもない。空挺兵の方がなんならマシかもしれないレベルだ。遺体が見つからない事もザラにあるし、人の形を留めない遺体とかがあるという話も聞く。

 それに、実戦で怖いのは銃弾よりも、上空で炸裂する砲弾だ。時限信管か魔力場信管か、起爆の仕組みの違いはあれど、砲弾が歩兵の大きな脅威なのは空を飛ぶ歩兵も変わらない。時間経過とか魔力場に当たった瞬間に、半径何十mの範囲に破片を爆発に乗せて撒き散らすのだ。その下にいると、もうどうしようもなく、鉄片の雨に晒される事になる。

 地雷はないが、悪質ないたずらというか、我々相手の嫌がらせでよく使われる打ち上げ花火ですら充分に危ないな上に、攻撃ヘリや、最近なら対空ミサイルとか対空機関砲とかも脅威になる。音速レベルの戦闘機や高速鉄道並みの速度のヘリコプターを撃つのが目的のSAMや対空戦車からすれば、私達ネクロマンサーは止まっているも同然だ。どうなるかは言うまでもない。

 そんな脆弱な事この上ない魔装歩兵。これが、今の私達、ネクロマンサーを取り巻く環境だ。根本的に危険な仕事なのに、やれ陸軍の連中は「行軍は楽そう」とかほざくし、海軍の連中は「ネクロマンサーの魔女っ子を口説いてやる」とか舐めてるし、空軍の連中に至っては「爆弾落とすのに邪魔」とか文句を言うしで散々な言われ様だ。軍はどこもそんな感じらしいが、うちは女性が多い分、一際苦労が多い気がする。それに慣れてきた私もどうなのだろうか。いずれにせよ、あまり救われない職業だと思ってしまう。

 さて、作戦開始後、我々は補給ポイントで足を止めつつ、あらゆる場所で発生するトラブルの対応が仕事になる。

 早速、手元の大隊・中隊指揮官系統の無線機が鳴った。無線手が持っている奴と繋がっていて、

『ノースポール、フィーネ・サーベルより一方送信。敵の発砲を確認。弾着予想地点は223、556。時間は90』

 トラブル第一号の内容は砲兵隊司令部から、敵の発砲があった旨の報告だった。砲兵隊からの報告なので、我々の対砲兵レーダーに引っかかったのだ。自走砲が対砲兵射撃を行う手筈だが、おそらく逃げられる。そして、この事は敵の砲兵の補給が終わった事も意味している。思ったより早い。

 私はすぐに地図を取り出して、予想地点を探した。目標はおそらく撤退準備中の魔装歩兵部隊だが、外れそうだ。

「ノースポール、了解」

 ジュレーニーツが無線を返している間に、私は彼女に地図上の着弾予想地点を指で示した。

「ここです。おそらく第3中隊かと」

「思ったより早いな……。Hアワー(作戦開始時刻)まで後何分?」

 ジュレーニーツも同じ考えだった。おそらく情報が間違ってたが、いつもの事だ。

「3分です」

 彼女の質問には、フィルナールが答えた。

「早いけどもう始めちゃおう。レーリンツ」

 私はジュレーニーツを見て頷き、無線手が背負っている無線機のマイクを手に持って、送話ボタンを押した。

「各局へ、ノースポールより一方送信。『北風』『北風』『北風』。現時刻を以て発令。以上」

『ツリーハウス、了解』

『フィーネ・サーベル、了解』

『シェロル・スコープ、了解』

『ティーナ・フラッグ、了解』

作戦開始の暗号を伝えると、各司令部から返答が来た。

 こうして、この戦いは、敵の砲火の音で始まったのだった。

挿絵(By みてみん)

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