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第六章 魔王様と離れたくなくなってしまいました



 ラフィーナ・マガレットは、自他ともに認める天才だった。


 マガレット家は、その昔、魔法使いの中でも取り分けて高い魔力を誇り数多の魔法を操る存在である”賢者”の末裔であり、今もなお、優秀な魔法使いや魔女を輩出する名家だった。


 ラフィーナが、マガレット家に生を受けたのは、今から18年前。


 ラフィーナには、血を分け魂をも分けた双子の姉がいる。姉の名前は、リーサ。リーサは、いわゆる魔法の才能がない子供だった。魔法を使うどころか、言葉を覚えるのですら一般の子供よりも時間を有した。

 一方、ラフィーナは、生後1ヶ月で魔女としての才能を開花させた。庭に咲く花の色を変えたり、鮮やかな蝶を召喚したり、朝露を宝石に変えたり。言葉をしゃべれるようになると、使える魔法はますます増えた。


 ラフィーナは、双子の姉であるリーサのことが、大好きだった。

 二卵性の双子だから容姿は似ていないけれど、リーサのまっすぐなピンクブロンドの髪も、ぶどうのような紫色の瞳も、ラフィーナの憧れだった。

 リーサは、ラフィーナにとても優しくて、ラフィーナが転んで泣いていると、痛みがひくようにとおまじないの言葉を唱えてくれた。ラフィーナにとっては、どんな治癒魔法よりも、リーサのおまじないと優しく頭をなでてくれる手がよかった。


 そうして二人はすくすくと成長し、ラフィーナは、みるみるうちに魔女としての才能を開花させていった。


 両親は、才能のあるラフィーナに、家庭教師をつけた。魔法だけでなく、楽器やダンス、語学など。ラフィーナは、あらゆる勉強を強いられた。一日のほとんどを勉強と稽古に費やすようになったラフィーナは、次第にリーサと遊ぶ時間すらなくなっていった。

 両親は、リーサを才能のない子だと切り捨て、リーサの世話をすべて乳母に任せた。乳母は、リーンという優しく朗らかな女性だった。


 あるとき、ラフィーナが夜遅くまで勉強をしていると、隣のリーサの部屋から話し声がした。壁に耳をつけてよく聞いてみると、それは、リーンの声だった。

 リーンは、とある物語を読んでいた。そして、それを聞かせてもらっているのは、おそらくリーサだ。そのとき、ラフィーナの中に初めて”うらやましい”という感情が芽生えた。


 ラフィーナは、毎晩、壁のそばへ行き、聞き耳をたてた。そして、こっそりリーンの読む物語を聞いた。内容はきちんと聞こえなかったけれど、穏やかなリーンの声を聞いているだけで、ラフィーナはとても安心した。

 父も母も、ラフィーナを一流の魔女に育て上げることしか頭になかった。物語を読み聞かせてもらったことなど、もちろん一度もない。安心すると同時に、どうしておねえさまだけ、という黒いもやもやとした感情が、心の奥底からふつふつと沸き上がった。


 同じ日に生まれ、同じ血を分けた双子の姉妹なのに。どうしておねえさまだけ。どうして。


 理解できなかったラフィーナは、家庭教師のマリィにたずねた。すると、マリィは、こう言った。


「あの娘は、魔力が低くなんの才も持っていない忌み子です。高い魔力をもって生まれ、こうして教育の機会を与えられているラフィーナ様こそ、真に幸せなおかたなのですよ。あの娘と関わっても良いことはありません。もうあの娘のことは忘れなさい」


 ラフィーナは、どうしてもそうは思えなかったが、先生が言ったことこそが真実だ、と自分に言い聞かせた。

 ……幸せなのは、わたくし。おねえさまは、不幸せな子。だからもう羨む必要はない。

 心にそう念じるうちに、不思議と本当にそう思えてきた。ラフィーナは、リーサを羨むことをやめた。わたくしのほうが上、わたくしのほうが幸せ、わたくしのほうが皆に愛されている。そう思うことで、ラフィーナは、自分の心を守ったのだ。



 ***



『ねえ、魔王様』


『だめだ』


 言う前に、断られた。


『まだ何も言ってないじゃないですか!』


『てめえの心は読めるっつってんだろ。あの妹に本当のことを打ち明けるなんざ、ぜってえだめだ。俺様が許さねえ』


 いつになく強い語調の魔王様に、ちょっとだけひるんでしまう。


 寮の自室にて。ラフィーナと別れたあと、わたしは、ずっとこのことしか考えられなかった。

 あの魔法は、本当はわたしの力じゃないことを打ち明けたい。ラフィーナに、わたしは何も変わらないただの落ちこぼれだってことを、伝えたい。きっと、ラフィーナは、それだけでまた自信をもって歩いていける。


『でも……わたし、ラフィーナを誤解してました。これじゃラフィーナがあまりにも可哀想です』


『それとこれとは別だろうが。それに、あの女には婚約者がいるだろ。いけすかねえ野郎だが、あんなんでもこの国の第一王子だ』


『でも、フレイド王子、ラフィーナとの間に愛はないって言ってましたし……』


『でもでもうるせえな! それに、本当のことを言ったら、下手したら卒業資格が取り消しになるかもしれねえんだぞ。てめえも、留年だけはいやだって泣いてたじゃねえか』


『泣いてはいないですけど!?』


 でも、魔王様の言いたいこともわかる。それに、何より、本当のことを話したら、魔王様がわたしのためにしてくれたことが全て無駄になる。それだけじゃない。もしかすると、魔王様と引き離されてしまうかも……。


『俺様と離れるのは、いやか』


『いやですよ! わたし、魔王様のこと大好きですし!』


『……』


 これは、本心だ。まだそんなに付き合いが長いわけではないけれど、魔王様は良い人だってわかる。それに、ぶっきらぼうだけど、優しい。俺様だけど、わたしのこともちゃんと考えてくれている。ずっと独りぼっちで生きてきたわたしを、励まして支えてくれた。自信がないわたしのことを……褒めてくれた。


『わたし、もう魔王様がいないと生きていけないです!』


『……っ、おい。そういうセリフは恋人にでも言え、バカ』


『たしかに、プロポーズみたいになってしまいました……』


 ちょっぴり反省したそのときだった。部屋のドアをノックする音がした。


「は、はい」


 ドアを開けると、そこに立っていたのは……


「こんばんは、リーサ様」


 あまり会いたくない人物だった。


『うげ。またこいつかよ!』


「フレイド様、何かご用でしょうか?」


 この間の図書室でのこともあり、わたしは、少し警戒して王子から距離をとった。しかし、わたしが後ずさると、王子はその分距離を詰めてきた。


「!?」


「先程の実技試験、お見事でした。やはり、あなたにはすばらしい素質がある」


 フレイド王子は、ずかずかと部屋の中に入ってくると、後ろ手にドアをしめた。


「ちょ、ちょっと! 勝手に入ってこないでください」


「すみません。ただ、外では話したくない内容なので……」


「な、なんでしょう……?」


 いつでも自衛できるように、キッチンのフライパンに手をかける。何か危ないことをされたら、これで頭をぶん殴って気絶させて……あとは、魔王様にここでの記憶を消してもらえば……


「ラフィーナとは別れます。ですので、あなたに私の妻になってほしいのです」


「…………はい?」


 あまりにもわけのわからない内容に、わたしは、言葉を失った。


「あなたの魔力は、無限の可能性を秘めています。あなたこそ、私の妻に……そしてこの国の王妃にふさわしい存在だ。どうか、私に力を貸していただけませんか」


「力を……貸す?」


「はい。私には、どうしても成し遂げたいことがあるのです」


 どうしても成し遂げたいこと。それがなんなのかは、わからない。でも、この人は、そのためにわたしを妻にしたいと言っている。


「……ふ、ふざけないでください!」


 わたしは、フライパンを持って、剣のように構えた。


「もしかして、ラフィーナと婚約したのも、ラフィーナが魔力が高いから!? ラフィーナよりわたしのほうが利用価値があると判断したから、彼女を捨ててわたしに乗り換えるってことですか!?」


「簡単に言うと、そうです」


 あまりにもクズすぎる! しかも、それを隠す気すらないらしい。

 ラフィーナは、こんなクズ王子に騙されて婚約なんてしてしまったのか。それに、過去のわたしも……


「正直に申し上げます。わたしは、初めて会ったとき、あなた様をお慕いしていました。でも、それも今となっては人生の汚点です! あなた様の成し遂げたいことというのがなんなのかはわかりませんが、あなた様の妻になるなんて、絶対にいやです! お断りです!」


 言ってやった……!!

 気持ちを吐き出したら、なんだか、心がすっきりした。思わず、唇に笑みがこぼれる。……と思ったのもつかの間だった。


「そうですか。残念です。では、強硬手段にうつらせていただきます」


「えっ――」


 それは、一瞬のことだった。

 フレイド王子が懐から取り出した白いハンカチ。それを口と鼻を覆うように押し当てられた。息を吸い込むと、甘ったるい香りが身体中を取り巻いた。


『お、おい! リーサ!』


 遠くで、魔王様がわたしを呼ぶ声がきこえる。


 数秒とかからず、わたしの意識は、深い奈落の底へ引きずり込まれていった。




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