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第二章 魔王様にわたしの境遇を知られてしまいました



 寮の自室に帰り着いたころには、もうすっかり夜が更けていた。

 フェアリエスト魔法学園は、全寮制の学園。わたしは、初等部に入学した6才のころから、ずっと寮のこの部屋で生活している。

 貴族の学園ということもあり、寮の部屋はわりと広い。おまけに豪華なバルコニー付き。天蓋付きのベッド、本棚、勉強机、食事やお茶をする机、衣装箪笥、お化粧台、その他こまごまとした家具や道具を置いても、まだスペースが余る。わたしは、余ったスペースを勝手に改装して、キッチンをつくっていた。


『ここが俺様の部屋か』


 寮の部屋に着くなり、魔王様が呟いた。その声色は、どこか満足気である。


『どうですか? 気に入っていただけましたか?』


『それなりに良い部屋だな。女の部屋だから、もっとフリフリぶりぶりな部屋を想像してたぜ』


『ま、女の子らしいフリルやレースは好きですけどね』


『そういや、まだてめえのツラを拝見してなかったな。あの鏡の前に立て』


 魔王様に命令されるがままに、わたしは、お化粧台の鏡の前まで歩いていった。

 魔王様に見えるように、鏡の中の自分の姿を覗き込む。腰まで伸びる髪の毛は、あまり一般的ではないピンクブロンド。そして、これまたあまり一般的ではないくすんだ紫色の瞳。わたしは、あまり自分の見た目が好きではない。


『……自分のことが嫌いなのか?』


 わたしの心の声が通じてしまったらしい。魔王様は、少し間を置いてたずねてきた。


『嫌いってほどじゃないですけど、好きではないです……。だって、変じゃないですか。ピンクブロンドの髪も、紫の瞳も』


 ラフィーナは、おとぎ話に登場するお姫様のような容姿をしている。ふわふわのブロンドの髪に、宝石のように輝きをまとう青の瞳。つややかな薄桃色の唇。陶器のような白い肌。

 ラフィーナとわたしは、二卵性の双子だ。容姿が似ていないのは当たり前なのだが、魔女としての才能だけでなくどうして容姿までラフィーナのほうが優れているのだろうか。わたしは、何もかもがラフィーナに劣っていた。


『そのラフィーナっつーのは、てめえの姉妹かなんかか?』


『はい……双子の妹です。ラフィーナは、生まれつき高い魔力をもってて、勉強もできて、とっても優秀なんです。この学園の主席で、卒業したら王子さまと結婚するんです。なのに姉のわたしは、成績も悪いし、見た目もこんなだし、ドジだし、もうすぐ卒業なのに誰からも縁談がなくて……』


 なんでだろう。今まで、誰にもこんな話をしたことないのに。なぜか、魔王様には話してしまう。聞いてほしいとすら思う。心を読まれて開き直ってるのかな、わたし。


『……なんつーか、あれだな』


 わたしの心境を察してか、魔王様は、ちょっとだけ明るい調子で言った。まるで、わたしを励ますように。


『てめえがそのラフィーナとやらに劣等感を感じる必要はねえ。ブロンドの髪だか青い目玉だか知らねえけど、そんなもんは好みの問題だ』


『……好み?』


『ああ。俺様は、金髪碧眼の女は好かねえ。てめえのその髪のほうがよっぽど好みだ』


 好み。その言葉が、胸に甘酸っぱく染みた。

 好み……好み、好み!

 自分でも信じられないことに、わたしは、魔王様に好みだと言われて、喜んでいた。単に男性にそういうことを言われたことがなくて、耐性に問題があるのかもしれないけれど。


『おい、喜ぶな。きしょくわりい』


『きっ……!? ひ、ひどい』


 そんなことを言いつつも、鏡の中の自分を見て、指先でくるくると髪を弄んでみる。こんな異質な色の髪を好きだと言ってくれる人がいるなんて。わたしは、純粋にうれしかった。


『さて。てめえのツラも拝んだことだし、さっさと飯を食おう』


『……っと。そうですね。魔王様は何か好きな食べ物はありますか?』


 なんの取り柄もないわたしだけど、唯一、料理の魔法だけは並みよりも得意だ。髪を褒めてくれたお礼に、何か魔王様の好きな料理をつくってあげたい。……と思ったのだけれど。


『俺様は、やっぱり生肉が好きだな』


『生肉ですか!?』


 てっきり、料理の名前が出てくるかと思ったのに。さすが、魔界から召喚されし魔王様だ。どうやら、食材は生で食べる派らしい。


『えっと……調理したほうがおいしくないですか?』


『調理だと?』


『はい。わたし、こう見えてけっこう料理は得意なんですよ。ちょうどお肉はありますし、何か肉料理をつくりますから、ちょっと待っててください』


 魔王様のためとはいえ、さすがに自分の身体に生のお肉を食べさせるわけにはいかない。

 わたしは、キッチンの隅にある保管庫から、お肉の塊、バター、トマト、じゃがいも、調味料などをありったけ取り出した。うーん、これで作れそうなものは……



***



『できました! かんたん魔法クッキング! 5分でつくれるリーサ特製のビーフシチューです!』


 ビーフシチューが完成するまでにかかった時間は、約5分。魔法をつかわずに手でつくればそれなりに時間がかかる代物だが、料理の魔法をつかえば、ざっとこれくらいでつくれる。ちなみに、ビーフシチューに限らず、わたしが魔法をつかってつくる料理は、だいたい5分前後で完成する。


『……なんだ、このどろどろとした液体は』


『だから、ビーフシチューですってば。ほら、ここにお肉が入ってるでしょう?』


 わたしは、スプーンでお皿の中のビーフシチューからお肉をすくいあげた。我ながらに、上手くできた。とっても美味しそう。


『いただきまーす』


 食前の挨拶をして、自分がつくったビーフシチューに舌鼓をうつ。空腹や痛みを共有するってことは、味覚もきっと共有してるよね?


『ど、どうでしょう? お口に合いますでしょうか?』


『……』


『ま、魔王様?』


 反応がないので、不安になり、呼びかけてみる。


『……美味い』


『え?』


『いや……ゴホン。わ、悪くない。人間にしては、やるじゃねえか』


 美味しいってことかな? 

 なんにせよ、お口に合ったならよかった。万が一調理したお肉が魔王様のお口に合わなかったら、毎日生のお肉を食べることになりかねなかった。わたしの胃袋も救われたというわけだ。


『こっちの葉っぱみたいなのはなんだ? それと、こっちの茶色い石みたいなのも』


『これは、付け合わせのサラダとパンです。シチューだけでは足りないかなと思いまして』


『ふむ……このサラダとパンとやらも、悪くないな。これもてめえがつくったのか?』


『はい! サラダはドレッシングと和えただけですけど、パンは小麦からつくりました! パンづくりの魔法は、わたしを育ててくれた乳母から教わったものなんです』


『ほう。その乳母とやらは、すげえ大魔道士なんだな』


『……へ?』


 関心しきっている魔王様に、いいえリーンは普通の魔法使いですよ、と言いかけて、やめた。もしかしたら、心の声として伝わっているかもしれないけど、リーンが褒められてうれしかったし、それを否定したくなかった。


「んっ……フレイド、さま……」


 ……ん?


 どこからか艶めかしい女性の声が聞こえた気がして、わたしは、食事の手をとめた。


「フレイドさま……こんなところで、ダメですわ」


 その声は、外――すなわち、バルコニーのほうから聞こえてきていた。そして、わたしの聞き間違いでなければ、この声は……


 椅子から立ち上がり、なるべく足音をたてないようにバルコニーへ向かう。そして、おそるおそる窓ガラス越しにバルコニーを覗き込んだ。


 フェアリエスト学園の学生寮では、一人の生徒につき一つの部屋を与えられている。しかし、バルコニーは階ごとにひとつづきになっており、バルコニーを通って隣の部屋に行けてしまう造りだ。つまり、隣の部屋の”だれか”がバルコニーで”なにか”していたら、わたしの部屋からも丸見えというわけだ。そして、わたしの隣の部屋の住人は、他でもない、妹のラフィーナである。


 バルコニーの手すりに背を預けるラフィーナ。彼女の手首をつかみあげ、熱い接吻をおくる、フレイド王子。二人の戯れの様は、まるでおとぎ話の王子と王女のようだった。……いや、事実、フレイド王子は王子だし、ラフィーナも数ヶ月後には王女になるのだけれど。


『おいおい。随分とおさかんだな。なんだあいつらは』


 ぼーっと二人に見とれていたわたしは、魔王様の嫌悪感あふれる声で我に返った。


『あの金髪の女の子が、わたしの妹のラフィーナです。そして、ラフィーナとキスしているのが、ラフィーナの婚約者のフレイド王子』


『げ。あれが例の妹と婚約者か。ここでおっぱじめたりしねえだろうな? 勘弁してくれよ』


 そのとき。窓ガラスの向こうのラフィーナが、わたしのほうを見た。ラフィーナの瞳が勝ち誇ったかのようにぎらりと輝き、唇に小さな笑みが浮かんだ。

 その瞬間、わたしは、気が付いた。ラフィーナは、この光景を、わたしに見せたかったのだと。



 ***



 わたしがフレイド王子に恋をしたのは、高等部に上がったばかりのことだった。


 一般的ではない髪と瞳の色にくわえ、落ちこぼれであるわたしは、学園で友人に恵まれなかった。そのため、授業時間以外は、たいていを図書室ですごした。勉強をしたり、本を読んだり、書き物をしたり。図書室で一人ですごす時間は、楽しくはなかったけれど、それなりに穏やかなひとときだった。


 その日は、とても良いお天気で、図書室にはあたたかな春の陽ざしが差し込んでいた。あたたかな陽に包まれて心地よくなったわたしは、つい眠ってしまった。

 わたしを穏やかなまどろみの世界から引き戻したのは、背中にかかったわずかな重みだった。


「……っ!」


 がばりと姿勢を正すと、背中にかかっていた何かが床に落ちた。それは、男子生徒の制服のジャケットだった。

 びっくりして視線を横にやると、わたしの背中にそのジャケットをかけたであろう青年と目が合った。その瞬間に、わたしの世界は、淡く色づいた。


 ……なんてきれいな人。


 きりりとした蜂蜜色の瞳。作り物のように整った顔立ち。すらりと高い背。長く美しいプラチナブロンドをうなじのあたりで一つに括っている。


「すまない、起こしてしまいましたね。風邪をひいたら大変だろうと思い、ジャケットをかけたのですが。あなたの眠りを邪魔してしまいました」


「い、いえ……! お心遣い、感謝します」


 わたしは、急いで立ち上がり、床からジャケットを拾い上げた。


「すみません。汚れていないと良いのですが……」


「気にしないでください。私がやったことですから」


「でも……」


「それより。その本、私も好きなんですよ」


 彼は、わたしが先程まで読んでいた本を指さした。

 シンデレラ・ワルツ。両親に虐げられ、義理の妹からも使用人のような扱いを受け、毎日汚い服を着て家の仕事をこなしていた少女が、ある日聖女の力に目覚め、王国を救う旅に出る物語。てっきり、女の子が好んで読む本だと思っていたが、彼がこの本を知っているなんて、意外だった。


「わたしも好きなんです。もう7回は読み返しました」


「それはすごいですね。ちなみに、あなたはこの物語のどのシーンが好きなんです?」


「わたしは……」


 やっぱり最後のシーンが好きです、と答える。最後、少女が王国に巣食う厄災を払い、王子さまと結婚して王女となるシーン。


「やはり、女性にとって、王子との婚姻はあこがれるものなんですか?」


「そうですね。自分とは縁のない世界ですから」


「そうですか……」


 彼は、神妙な面持ちで息をついた。かと思うと、わたしの手からジャケットを受け取り、かすかにほほ笑みかけてくれた。


「では、私はこれで。昼休みはもうじき終わりますから、遅刻しないように」


 そう言って去っていく彼を、わたしは、ふわふわした気持ちで見送った。


 彼が、この国の王位継承権第一位、フレイド王子であると知ったのは、そのすぐ後だった。



 ***



『何が良くてあんな野郎が好きなんだよ、おい』


 ……まずい。余計なことを思い出したせいで、魔王様にフレイド王子が好きだったことがばれてしまった。


『今はもうあきらめてますよっ。昔ちょっといいなって思ってただけです!』


『にしても、てめえの妹、大した女だな。姉が惚れた野郎と婚約するなんざ、血も涙もねえ』


『ラフィーナは、そういう子ですから。魔法の才能もなくて、何をやってもダメで、誰からも愛されない惨めなリーサ。それに引き換え、ラフィーナは、成績優秀で、容姿端麗。更に、あのフレイド王子と婚約していて、未来の王妃の座が確約されている。双子の姉妹なのに、すさまじい差……。周りからそういう目を向けられるのが、気持ちいいんだと思います』


『とんだ妹だな』


『でも、昔は可愛いところもあったんですよ。おねえさま、おねえさま、ってわたしの後をついてきたり、わたしに魔法できれいなお花をプレゼントしてくれたり』


『両親は? なんも言わねえのかよ』


『両親は、わたしのことを娘と思っていません。生まれてすぐ魔力が開花したラフィーナだけを可愛がって、わたしのことは乳母のリーンに任せきりでした。だから、わたしにとっての家族は、リーンだけなんです』


『さっき言ってた大魔道士のことか』


『……はい。リーンも、わたしがこの学園に入学した9年前に疫病で亡くなってしまいましたが』


 わたしは、窓から離れ、カーテンをしめた。

 もう、あの二人を見たくないし、過去も思い出したくない。そんなことをしていても、自分がますます惨めになるだけだ。


『さてと。辛気臭いおはなしは終わりです。さっさとシチューを食べ終えて、卒業試験の勉強をしなくっちゃ』


『試験?』


『はい。火、風、水、土、4つの属性の魔法について、筆記試験と実技試験があるんです。ぜんぶに合格しないと、卒業できないんですよ』


 たいていの魔法使いや魔女は、いずれかの属性の魔法に長けている。どの属性かは、身体の中をめぐるマナの特質によって変わる。

 しかし、わたしには、得意な属性魔法がない。魔力が弱すぎるせいか、そもそもどの属性とも合わないマナを持っているのか、はたまたきちんとマナが循環していないのか、よくわからない。わからないからこそ、努力しなくてはいけない。努力で補わないといけない。


 魔王様は、わたしが試験勉強をしている間、ずっと黙っていた。

 黙って、わたしを見守ってくれていた。



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