異世界の常識
2話目です。
誤字などがありましたら、申し訳ありません。
発見次第、修正して参ります
これから俺は魔王を殺す旅へ出る───
(とは言ったものの…この森突き進めって本気で言ってんのか…)
目の前に広がる森は、不気味という言葉があまりに似合いすぎる景観であった
(痛いのは嫌だし、怖いのものは怖いぞ…)
そんな葛藤を抱えつつも、全くもって冷静を欠かさない自身の心に恐怖すら感じた
(はぁ…進むか)
薄暗いとはいえ、まだ日は沈みきってはいない。辛うじて光が刺している今のうちに移動するのが得策だろう
(にしてもあの神、なんでこんな訳の分からん場所に飛ばしてくれやがったんだ…もしかして俺が死なないからって理由でこんな場所に放り出した訳じゃないよな…?)
そんなことを考えながら森を進む
怖い。その感情は明確にあるものの、それが俺の足を止めることは無かった。
進みながら周りを見ていると、見たことの無い模様の草花が咲いているのが分かる。
(これも世界の“普通”なんだろうな)
元いた世界とこの世界じゃ、進化も文化も色々と違うだろう
(…都市に向かえとは言われたけど、そもそも人間が存在するのか?)
(進化の歴史も違うだろうし、この世界の文明人が全く同じ姿かたちをしているなんて保証はないよな…)
(でも俺と同じ境遇のやつが居るって言ってたし人間もいるのか)
歩き続けているうちに日も殆ど沈み、辺りもどんどん暗くなってきていた
(まずいな、ちょっと走るか)
そうして進み続けること数分、ようやく森の終端が見えてきた
(森を抜ける…)
森を抜けた先に広がっていたのは、微かな陽の光と街頭に照らされた閑静な住宅街と思しき場所だった。
といっても、現代の日本のものとはかけ離れており、ヨーロッパを彷彿とさせる景観だ
ゲームの世界観と言われた方がしっくりと来るが、ここだけを切り抜いて見るのなら、まだ元の世界と言われても信じる自信がある。
それほどまでに“人工物”に酷似した建物たちの存在に、これまでの恐怖が和らいでいくのを感じた
(人間が住んでいるのか?)
この街を見てから最初に浮かんだ疑問。
建物内から人らしき声は聞こえるものの、時間帯のせいか人影は一切見えない
十中八九人間だろうと信じたい気持ちと、さっきの森で刻み込まれた一抹の化け物が住んでいるのかもしれないという不安
(こんな時間にいきなり尋ねるのも失礼だろうし、今日は野宿かな…)
そう思い、宿場を探そうと歩き始めた瞬間だった。
「!」
一番近くにあった家からガチャリと扉の開く音がしたのだ
「あ、あの…」
中から出てきたのは、日本人と言われても違和感のないごく普通の女の子だった
「は、はい」
人が出てきたことの安堵感と、いきなり話しかけられたことに対する驚き、そして何より日本語を喋っていたことへの驚きで一瞬思考が混乱した
「あなた、お家がないの…?」
「あ、うん…」
何を喋ろうか、相手の質問に対し素直に返答することしか出来なかった
「ちょっと待っててね」
「あ、」
そう言うと、女の子は家の中へと入っていった
少し玄関扉に近づき、女の子の戻りをソワソワと待つ
その待ち時間の間で、様々な憶測が頭に浮かぶ。
身を案じられるか、はたまた異端者的な扱いを受けるか
じきに、さっきの女の子の父親と思しき優しそうな男の人が出てきた。
緊張して言葉を待っていると、またもや質問を投げかけられた
「君は迷子かな?」
「え、あの…」
実際迷子だから返事に困った
「ご両親は近くにいらっしゃる?」
「い、いえ…私、は遠い所からここへ来た者です」
「これは失礼…旅人さんでしたか、この辺りの森は危険が多いです。もし今夜宛がないのであれば、家に泊まって行かれませんかな?」
「いいんですか…?」
「ええ、世界は、人は人へと恵みをもたらすすべきですから」
(?…宗教か何かの信者なのか?)
(怖さはあるが、外が危険なのは事実なんだろう。あまり外に人が居ないのもそのせいかもしれないし、ここは厚意に甘えようかな)
「では、お言葉に甘えます…ありがとうございます」
そうして迎え入れられた俺は、早速食卓に案内され親子からもてなしを受けた。
「こんな豪華な料理を…本当になんとお礼を言えばいいのか…」
「いえいえ、これも全て神のお告げですよ」
(やっぱり宗教なのか…?本当によくしてくれるけど、裏がありそうで怖い)
「あの、この国?街?はどんな場所なんですか…?」
「?ご存知ありませんか」
「!…もしやあなたは、異世界からいらっしゃった方ではありませんか?」
「え…」
(どうしてバレたんだ、これは素直に話してもいいのだろうか…?)
「は、はい…ここは別の世界だと伺いました」
「それは本当ですか!」
「は、はい」
「おお、神よ…私たちにこの方を任せて下さったのですね」
「あなた…神は見てくださっているのね…!」
テーブル越しに両手を合わせ、感激した様子の夫婦。その隣できょとんとした表情をする女の子
「ああ、取り乱してしまい申し訳ありません。この世界は神様を全面的に信仰しているんです」
「世界中の人々が神を信じるからこそ、この世界に人々の争いはありません。全ては神の御蔭であり、全ては神の為にあるのです」
「は、はぁ…」
(この夫婦の相当思想が強いのか…それとも本当にこの世界の常識なのか…にしても「神」って、あの神の事だよな、、あれにここまで熱狂的な信者が着くとは信じ難いな…)
「あなた様は神に選ばれし御人だったのですね…!」
「え、ああ」
「この世界では、神に選べれた方々は神従様と呼ばれ崇められているんです」
「是非、神従様のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「あ、ええと、私は九條 透と言います」
「おお、透様…!」
(崇められるってのは悪い気しないけど、事情が事情だけに怖いな…)
「…」
その間、ずっと俯いていた女の子が気になったが、触れられる雰囲気でも無かった。
それからこの夫婦からこの街とこの世界について、色々と説明してもらった。
この街はこの世界の中心にある都市の端っこであること。
この世界には頭抜けた権力者が居らず、神への信仰心により統一されていること。
この世界には魔力と呼ばれる特別な力があり、それを持って魔術というものが扱えるのと。
この世界では稀に、神啓と呼ばれる神から特殊な能力を授かって生まれてくる者がいること。
そして、この世界を脅かす魔王がいること。
食事を終えた後、今夜は客間を使わせてもらえることになった俺は独り考えを整理していた
(魔力?魔術?
統治する者も居らずただの信仰心ひとつで本当にそんな事が実現可能なのだろうか?
魔王とは具体的になんなのか、
何故日本語で統一されているのか…)
(少し聞いただけでもこれだけの疑問が…まだまだこの世界について知らない事だらけだな)
そういえば、と導きが何たらとか言っていた神とまたコンタクトが取れるかどうか試してみることにした
(少し癪だが、俺は利用出来るものは利用していくタイプだ)
「おーい神、聞こえてるかー?」
部屋の外には聞こえない程度の小声でそう読んだ
(…)
(…返事がないな、まさかこの街に着いたらあとはもう放任ってことか?)
「こんな夜遅くに、何の用だい?」
頭に一瞬の違和感が走り、脳内で言葉が再生された
「お、繋がった」
少しばかり安堵しつつ、小声で反応を続けた
「神を自ら呼び出すとは、君は神経が随分太いようだね」
(誰のせいで太くなったと思ってんだ…)
「ああ、声に出さなくても君の考えは丸わかりだから肝に銘じたまえ」
(!「じゃあわざわざ声に出す必要もなかったってことか…?」)
「もちろん、声に出す前から分かっていたさ。接続には少々時間が掛かるものでね」
(「うわ本当だ。頭の中覗かれてるみたいで気持ち悪いな…」)
(「…でも、これなら困った時はすぐ頭の中で聞けるんだな。自分にナビ機能がついた気分だ」)
「…少し待ってくれ、君はこれからも僕との通信を続けていくつもりなのかい?」
(「また頭を覗いたな…出来ないのか?」)
「…出来ないことはないが、君は少し馴れ馴れしすぎるんじゃないか」
(「俺はもうあんたを神だなんて敬いたくないんでね。で、ナビはしてくれるわけ?」)
「…はぁ、君みたいに僕と接してくる異世界人は初めてだよ」
「…わかったよ。困った時は僕を呼び出すといい」
(「おお、助かる。」当然だろ)
「本音が漏れているぞ」
「…まぁいいさ、で、君は何を知りたいんだい?」
(「そうだな…じゃあまず、お前について教えてくれよ」)
「うん?」
(「この家の家主に聞いた。この世界は“神”に対する絶対的な信仰心により統一されていると。その“神”はお前のことか?」)
「ああ、そうだよ。僕が知る限り、この世界に神は僕ひとりしかいない」
(「そうか…なら、なぜお前はそこまで信仰されているんだ?
あの夫婦の話を聞く限り、この世界の人たちの信仰心ははっきり言って異常だ」)
「…稀に神から能力が与えられる。
異世界から能力を持つ者が訪れる。
それらは私が魔王を倒す者を生み出すために行っていることで、紛れもない事実だが、前者の知りようがない筈の事実がなぜ知れ渡っているのか、
なぜそれらの事実だけで僕がここまで信仰されているのか、それは僕自身にも分からない」
「…ただ、ひとつ言えることは、価値観は人それぞれ、世界それぞれということだ。
この世界では、君の言う“異常”が常識として根付いているんだ。何百、何千年という時をこの世界は、この常識と共に生きてきた。
…歴史が違えば、文化も違う。文化が違えば、価値観も違う。
価値観の差異で、君が元いた世界での“異常”が、この世界での“常識”に当たることもあるんだよ、きっと。」
(「ふーん、熱弁して貰ったところ悪いが、世界規模の相違なんていまいちピンとこないな」)
「個人まで規模を縮小するならば、君以上の適例は中々いないよ。
君がどうしてそう思うのかは知らないが、
君は希死念慮という世界の常識と照らし合わせて明らかに異常な価値観を持っているじゃないか」
(「…ああそうだったな、少しわかった気がする」)
「理解して貰えたなら何よりだ。
…まぁ僕自身、こんな無意味な文化はただの悪習だと思っているけどね」
「ふっ」(「なんだそれ、本末転倒だな」)
「で、聞きたいことはもう終わりかい?」
(「そうだな、眠いからまた今度聞くよ」)
(「…おやすみ?」)
「神は眠らない。
…だがしかし、久しぶりにまともな会話をした気がするよ。ふふ」
(…)
何故だかは分からない。
だが少し、神から送られた最後の言葉からはほんの少し、人間味を感じられた