隣国の皇太子のせいで、頼りない婚約者と別れましたの。でも人生にもしもという事はないのかもしれないわね。
皇太子が怪我をする場面があります。どこを怪我したかは追及しないように(笑)
クラディーヌ・アフェルテ公爵令嬢は、17歳の金の髪で青い瞳のそれはもう美しい顔をした令嬢である。
アフェルテ公爵家の婿としてトッド第三王子と婚約を結び婿に来ることが決定していた。
トッド第三王子といえば、王太子殿下と第二王子が、優秀で王妃の子であるのと比べ、王が気まぐれで手につけたメイドの子であり、歳は16歳。気が弱く、外れ王子と言われて、世間では馬鹿にされていた。
何故、クラディーヌが婚約者になったといえば、厄介者を押し付けられたのである。
メイドの子であるとはいえ、王の子である。無理やり押し付けられたのだ。
茶の髪で冴えない外れ王子のトッド第三王子。
クラディーヌはそんなトッド第三王子と婚約の顔合わせで初めて会った10歳の時に、
「あなたがわたくしのお婿さんになる方なのね。わたくしはクラディーヌ。よろしくお願い致しますわ」
「トッドと申します。よろしくお願いします」
おどおどとして、頼りない感じのトッド。
でも、クラディーヌは思ったのだ。
上の二人の王子と比べれば、この方はとても可愛いわと。
二人の上の王子達は、どことなく威張っていて、優秀であることを鼻にかけていた。
それに比べれば、トッド第三王子のなんて可愛い事。
一つ年下のトッド第三王子に、クラディーヌから積極的に交流を持つことにしたのだ。
王宮に押し掛けて、トッド第三王子と共に庭に出てデートをする。
おどおどとしたトッド第三王子と仲良く、王宮の庭の芝生に座って、
「とても綺麗なお花ね。さすが王宮だわ。ねぇ。トッド様はうちにお婿に来るのはいや?」
「そ、そんなことは無い。でも、君の家は迷惑だろう?こんな私が婿に行って。大人たちは言うんだ。なんて外れを押し付けられたのだろうって」
「あら、外れだなんて。貴方はまだ9歳。これからどうなるか解らないわ。わたくしだって10歳。二人で頑張ればとても素晴らしい未来が待っている。そう思いましょうよ」
トッド第三王子を励ました。
確かにクラディーヌの父であるアフェルテ公爵は、あんな外れ王子を押し付けられてもと、文句を言っていたけれども。
メイドの子であるトッド第三王子を押し付けられても、何も家としては旨味もないかもしれない。
自分のお婿さんとして、これから共に高めていけばいいのだ。
そう、クラディーヌはトッド第三王子と共にいて思ったのである。
それに、わたくしはトッド様の顔、とても好きよ。
あの、濃くて派手で目鼻立ちたはっきりしていて、嫌味な王太子や、第二王子と比べるとなんて、安らげるお顔。
きっと、お母様に似たのね。
愛しさを感じるクラディーヌ。
クラディーヌはトッド第三王子と共に、仲良くして頑張ると心に決めたのだ。
そうこうしているうちに、クラディーヌ17歳。トッド第三王子16歳。
婚約者として仲を深めてきたクラディーヌとトッド第三王子。
そんな中、事件が起こった。
「私は隣国から留学してきたレディオス皇太子だ。よろしく頼むよ」
二人が通う王立学園に、隣国の皇太子が留学してきた。
クラディーヌに向かって、近づいてきて。
「とても美しいお嬢さんだ。学園の案内を頼めないか」
クラディーヌとしては断る訳にもいかない。
「解りましたわ。皇太子殿下」
学園の中の案内をすることになってしまった。
親し気に距離を詰めて、色々と話しかけてくるレディオス皇太子。
クラディーヌはうっとおしい男だとイライラしたが、態度に出すわけにはいかない。
レディオス皇太子はクラディーヌの手を握り締めて、
「君のような美しき令嬢が、無能の第三王子の婚約者だなんて、いや、外れ王子だったか?もったいない。どうだ?私の婚約者にならないか?」
「光栄な事だとは思いますが。わたくし、公爵家を継がねばなりませんの。一人娘ですし。隣国の皇妃になるなんて出来ませんわ」
「誰が皇妃になると言った?」
「あら?違いますの?」
「側妃だ。皇妃は優秀な帝国の公爵家のルディシア・アレス公爵令嬢がなる予定だ。側妃にそなたを迎え入れてやろうと言っているのだ」
「光栄なお話ではありますが、わたくし、アフェルテ公爵家の一人娘ですので。謹んでお断り申し上げます」
「帝国に逆らう気か?」
「強制ですの?プルド大帝国の皇太子様とあろう方が、我がレリク王国の第三王子の婚約者を強引に奪い取ろうだなんて」
「我が帝国の方が軍事力は上だ。怒らせない方が身のためだ」
「オホホホ。わたくしを側妃にする為に、戦が起こるだなんて。プルド大帝国の皇太子様はなんて器が小さいのでしょう。そもそも、戦が起これば周辺国が黙っていませんわ。次は自国ではないかと、皆、プルド帝国を恐れていますから。そう、簡単に戦は起こせないでしょう?そもそも、皇帝陛下がお許しになると?たかがわたくしなんかの為に戦?笑わせますわ」
レディオス皇太子は思いっきり顔を歪めた。
黒髪碧眼で、美男子のレディオス皇太子は、帝国でも人気がある皇太子だ。
そんな皇太子が、隣国の公爵令嬢を側妃にする為に戦を起こすだなんて。
さすがの皇帝陛下も黙ってはいないだろう。
クラディーヌは愛しのトッド第三王子の元へと、向かった。
彼はおとなしい性格で、図書館で本を読むのが好きだった。
勿論、休みの日はアフェルテ公爵家に来て、一生懸命、領地経営の勉強に励んでいる。
当初は煙たがっていた父も母も、今は家族同然にトッド第三王子と接してくれていて。
「トッド様」
「クラディーヌ」
本を読んでいたトッド第三王子は、クラディーヌに呼ばれて図書室を出た。
クラディーヌをぎゅっと抱き締めてくれて、
「大丈夫だった?私は立場上、文句を言えなくて」
「大丈夫でしたわ。わたくし、側妃に望まれましたの。でも、しっかりとお断りさせて頂きました」
「ああ、よかった。それにしても、君を側妃にだなんて。私の婚約者なのに」
「本当に頭に来ますわ」
「愛してる愛してる愛してる。本当に無力な自分が嫌になる」
「わたくしもお慕いしております。トッド様」
トッド様の温もりが愛しい。
まさか、あの皇太子が、強引な手段に出てくるとは思いもよらなかった。
王立学園の授業が終わった放課後、トッド第三王子に呼ばれていると、生徒の一人に言われて、別棟にある研究室へ行ったのだ。
そこで、待っていたのはレディオス皇太子だった。
「あら、皇太子殿下。何用ですの?わたくしはトッド様に呼ばれてきたのですわ」
「どうしても諦めきれなくてな」
「お断り申し上げたはずです」
「私に愛されて嫌がる女なんていない」
そう言うと、教室で押し倒された。
助けを呼ぼうとして口を塞がれる。
「さぁ、観念するんだな」
クラディーヌは護身用のナイフを持っていた。
いざという時に自分の身を守る事は必要だと、そして護身術を幼い頃から習っていたのだ。
思いっきり、レディオス皇太子の腹を膝蹴りし、ひるんだ所をナイフを力強く振るった。
「とある物」が思いっきり宙を舞っていくのが見えた。
レディオス皇太子の悲鳴が響く。
皇太子とグルになっていた護衛達がなだれ込んで来て、慌てて、レディオス皇太子に駆け寄る。
遅れて、トッド第三王子や他の先生や生徒達が駆けつけてきた。
トッド第三王子がクラディーヌに駆け寄って、
「大丈夫か?クラディーヌ」
「わたくしは無事ですわ。それより、皇太子殿下を早く手当てをした方がよろしくてよ」
護衛達がいきり立つ。
「レディオス皇太子殿下に危害を加えた女を拘束だっ」
「その前に、皇太子殿下の手当てを急いだほうが……」
レディオス皇太子は運ばれていった。
「嫌な物を斬ってしまったわね」
それにしても困ったものだわ。いくら自分の身を守るためといえども、皇太子殿下を傷つけてしまった。帝国と問題にならなければよいのだけれども……
トッド第三王子は泣きながら、クラディーヌを抱き締めて。
「私が弱いから、君を危険な目に遭わせてしまった。私なんかが婚約者ではいけないんだ。だから、婚約解消してくれ。もっと強い男が君の婚約者だったら今回の事は起こらなかった」
「わたくしから逃げる気なの?わたくしは皇太子殿下を害してしまった。だから逃げる気なのね。解りましたわ。処刑されてもおかしくない。国王陛下と父に言って婚約解消して下さいな。いえ、婚約破棄ですわね」
「違う。自分のふがいなさに、君の婚約者でいる資格がないと思ったんだ。もちろん、今回の事で私は君を守る為に、父上に願い出るよ。君が無実になるように。それでも、私の発言なんて紙のように軽くしか見られないんだ。兄上の発言なら重く見られるのに」
あああっ。わたくしはトッド様を愛しているわ。
それなのに、それなのに……凄く悲しい。自分の弱さで苦しんでいる彼を今まで一生懸命、持ち上げて、共に良い方向へ行くように頑張って来た。
愛しているから。彼との未来を夢見ていたから。
なのに貴方は、わたくしから逃げようとするのね。
「さようなら。トッド様。わたくしはどんな沙汰が降りようとも罪を受け入れますわ。処刑されようとも構いません。貴方の事は愛しています。どうか、新しい方とお幸せに」
トッド様とこうしてわたくしは別れました。
結局、わたくしは処刑される事もありませんでしたわ。
帝国も皇太子殿下の醜聞が広がるのを恐れたのでしょう。いえ、皇族の醜聞でしょうか。
子を成すことが出来なくなったレディオス皇太子殿下は、表向き、病気という事で皇城を出て行ったとの事です。風の噂では某匿名希望騎士団が、拉致していったとか……
その後、クラディーヌは、伯爵家の次男と婚約した後、結婚した。
風の噂でトッド第三王子が、王族を抜けて、王立学園の教師になったと聞いた。
20年近く経って、トッドと、クラディーヌが再会することがあった。
王立学園での入学式でである。
「アフェルテ公爵夫人?」
「トッド様?」
トッドはにこやかに近づいて来て、
「ご子息が入学を?もう、そんな歳になったのですね」
クラディーヌも微笑んで、
「ええ、息子も今年で15歳。よろしくお願い致しますわ」
トッドは頭を下げて、
「あの時は、君から逃げてすまなかった。私は臆病者だ」
「過ぎた事ですわ」
そう、長年愛していたトッド。あの時は悲しかったけれども、今は互いに別の相手と結婚して。
クラディーヌは今の夫をとても愛している。
領地経営もしっかりとこなして、クラディーヌが困った時には救いの手を差し伸べてくれる頼りある夫だ。
トッドも噂では年下の女性と結婚して、子には恵まれなかったが夫婦仲は良いようだと聞いたことがある。
互いに縁がなかった遠い日の恋の思い出。
あの皇太子が暴挙に出なかったら、トッド様と幸せな家庭を築いていたのかしら。
もしも、あの時にあの事件がなかったら。
いえ、人生にもしもだなんて事はないのかもしれないわね。
互いに背を向けて……
愛する夫の元へと、クラディーヌは歩いて行く。
夫はクラディーヌに、
「あの人は、トッド元第三王子?」
「王立学園の先生にご挨拶していたのよ。息子がお世話になるのですもの」
「そうか……」
夫も昔の事件は知っている。それでも、自分を望んでくれた。
そんな夫に感謝しかないクラディーヌ。
クラディーヌは愛する夫に、
「この後、街で素敵なカフェでお茶して帰りましょう。ね?貴方」
「そうだな。たまには良いだろう」
遠い日の恋の思い出に蓋を閉めて。
今ある幸せを噛み締めて、青く晴れた空を見上げるクラディーヌであった。