二人の行間
まばたきとともに、その雫は風に流されて散っていった。
なんて綺麗に涙を流すんだろう、といっときその光景に茫然とする。
「もう帰れない時ばかり、目の奥に浮かんでくるの」
静かな、独白。私という傍観者がいなければ、どこか届かない場所への呼びかけに見えたかもしれない。
広く開けた公園の芝生の上。少しだけ盛り上がったその天辺あたりから、私たちはその公園を見渡していた。春休みの間は子どもたちが多く遊んでいただろうこの場所も、今はとても静かで人の姿はない。昨晩ひとしきり降った雨が芝生や、広場の周りに置かれている遊具らを艶やかに濡らしている。他に人がいないせいか、まるでここだけ現実の世界から切り取られて、取り残されたかのような錯覚に陥る。
隣の彼女は、流れる涙など一向に気にしていないとでもいうように、ただ前を見つめている。その目に映っているのはこの公園のはずなのに、まるで別の何かを見ているようで、その姿を見ている私は苦しくなった。私だけがここに取り残されたように感じて。彼女の心に触れることは、もう永遠にできないような気がして。
「この目はもう、今を映すことはないのかもしれない」
それを言ってしまったら最後とでもいうように、彼女は告白する。
私の中でゆっくりと、苦しさが痛みへと変わっていくのを感じた。取り残されたという悲しみは、理不尽な怒りへと。
人はどれほど過去に囚われるものなのだろう。ときにそれはその人から今を、未来を奪っていく。私は彼女の過去を憎んだ。彼女が何より大切にしているものを、憎んでしまった。
あぁ、もう本当に、このままではいられないのだ。
やけになった私は、強引に彼女の手を引いた。驚くだろうかと思ったけれど、彼女はただゆっくりと私を見た。そして首をかしげた。
「どうして泣いてるの?」
自分のことは棚に上げて訊いてくる彼女にも、私は怒っていた。
「もう、行かなきゃいけないんだよ」
大切なものがその手から滑り落ちてしまったとき、人はその場に立ち尽くす。もう一歩も動けないような気持ちになって、前に進めなくなる。
でも、行かなくちゃ。立ち止まっている時間は、もう終わり。
手を引いても、彼女の足は動かない。わかってる。そんな簡単なことじゃない。彼女の心にすら触れられない私にどうにかすることなんて、できない。
だから、ただ祈る。
彼女は、傾げていた首をゆっくりと戻した。その目がやっと、私を見た気がした。
「あぁ、もうそんなに時間が経ってたのね」
その目がやっと、今を映した気がした。
願わくば、彼女の目に映った今が涙で流れ落ちてしまいませんように。流してしまいたくないと思えるような、優しいものでありますように。
その足が、ゆっくりと一歩、前へ。