表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

掌編置場

二人の行間

作者: 須藤鵜鷺

 まばたきとともに、その雫は風に流されて散っていった。

 なんて綺麗に涙を流すんだろう、といっときその光景に茫然とする。

「もう帰れない時ばかり、目の奥に浮かんでくるの」

 静かな、独白。私という傍観者がいなければ、どこか届かない場所への呼びかけに見えたかもしれない。

 広く開けた公園の芝生の上。少しだけ盛り上がったその天辺あたりから、私たちはその公園を見渡していた。春休みの間は子どもたちが多く遊んでいただろうこの場所も、今はとても静かで人の姿はない。昨晩ひとしきり降った雨が芝生や、広場の周りに置かれている遊具らを艶やかに濡らしている。他に人がいないせいか、まるでここだけ現実の世界から切り取られて、取り残されたかのような錯覚に陥る。

 隣の彼女は、流れる涙など一向に気にしていないとでもいうように、ただ前を見つめている。その目に映っているのはこの公園のはずなのに、まるで別の何かを見ているようで、その姿を見ている私は苦しくなった。私だけがここに取り残されたように感じて。彼女の心に触れることは、もう永遠にできないような気がして。

「この目はもう、今を映すことはないのかもしれない」

 それを言ってしまったら最後とでもいうように、彼女は告白する。

 私の中でゆっくりと、苦しさが痛みへと変わっていくのを感じた。取り残されたという悲しみは、理不尽な怒りへと。

 人はどれほど過去に囚われるものなのだろう。ときにそれはその人から今を、未来を奪っていく。私は彼女の過去を憎んだ。彼女が何より大切にしているものを、憎んでしまった。

 あぁ、もう本当に、このままではいられないのだ。

 やけになった私は、強引に彼女の手を引いた。驚くだろうかと思ったけれど、彼女はただゆっくりと私を見た。そして首をかしげた。

「どうして泣いてるの?」

 自分のことは棚に上げて訊いてくる彼女にも、私は怒っていた。

「もう、行かなきゃいけないんだよ」

 大切なものがその手から滑り落ちてしまったとき、人はその場に立ち尽くす。もう一歩も動けないような気持ちになって、前に進めなくなる。

 でも、行かなくちゃ。立ち止まっている時間は、もう終わり。

 手を引いても、彼女の足は動かない。わかってる。そんな簡単なことじゃない。彼女の心にすら触れられない私にどうにかすることなんて、できない。

 だから、ただ祈る。

 彼女は、傾げていた首をゆっくりと戻した。その目がやっと、私を見た気がした。

「あぁ、もうそんなに時間が経ってたのね」

 その目がやっと、今を映した気がした。

 願わくば、彼女の目に映った今が涙で流れ落ちてしまいませんように。流してしまいたくないと思えるような、優しいものでありますように。

 その足が、ゆっくりと一歩、前へ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ