緋色と白翼
ミズダコって、甘海老のような弾ける食感と甘さを秘めてる名前だと感じる。きっと口に入れたら、まとわりつくような舌触りと甘さを感じて、唸らせる。 何故か頭の中で、透明なタコが透き通った海で美味しそうに泳いでいるイメージが流れた。茹でると良い塩加減の味なんだろうな。
ずっと答えを探している
命の価値と魂の存在を
オラ群島は温暖な気候に恵まれた常夏の国。透き通った海と宝石のように美しい砂浜。色彩豊かな貝は観光客にとっては定番のお土産として扱われている。リゾート地として開発され、近くには大きな漁港も出来た。確かに島民の生活は豊かになり、人々の活気に満ちた様子が随所で見られる。
かつて、ここは不毛の土地であった。荒れ狂う火山の噴火が幾度も起こり、植物は枯れて動物も寄り付くことはなかった。私が訪れるまで、この地に住んでいた人々は日々の糧を得るだけで精一杯だった。
行く宛もなく放浪していたとき、私はこの地に腰を下ろした。生命を刈り取る毒も、山の憤怒でさえも私を傷付けるには至らない。
私は考えていた。
私が何者で、何を為すべきかを。
私の父はその理由を答えてはくれなかった。何故私を生み出したのか、彼はただ私を不完全な生命体だとしか言わなかった。
神のなり損ない、それでいて人ではない。
だとすると、私は化け物ということになる。ただ何かを求めてさすらう化け物。物語の戯曲に出てきそうなそれは、果たして私なのだろうか。
そうかもしれない、だが父は私を化け物としても生んでくれなかった。言葉を学ばせ、字を学ばせ、学を与えた。物語を読み、善と悪についても知った。
まるで私を人と同じように扱って。
「お前は完全からは程遠い。そしてお前は神に至れない。それはお前がお前であるがゆえ。私は知性を尊ぶ。だが、それは生きるために必要なものだからだ。お前は何度も同じ時を繰り返せる。それは無と有の循環を行き来に過ぎない」
彼は私を拘束することはしなかった。おそらく彼も人並外れた者だろう。しかし、彼は人間であった。きっと何かにすべてを捧げて、生きようとしている。
ただそこにあるだけの私と違って。
父がどんな結末を得たのかは知らない。一方で、私は結末を得ることは叶わなかった。身体は年月を経て成長しても、いずれ幼い頃の姿に戻る。そして全てを忘れてしまう。それまでの経験を。知識として残ろうとも、私の手元に残るのは何かが焼けた残滓だけ。
今のオラ群島あたりに来たのは偶然だった。不毛の地であった頃のオラには人身御供の習慣があった。道端でゆっくりしていた私は格好の捧げ物にされて儀式場まで運ばれた。あの夜明け間際の時代ではそう珍しくもない。ただ、住人が私を火口に投げ入れたあと、私が生き延びてしまっただけのこと。それが、今でも私をこの島の現人神として扱う理由だ。
「だけど、もう私の時代ではなくなった」
私は必要とされなくなった。火山は遥か昔に鎮静化され、文化も変容した。
「火の継ぐ子の仕事はもうおしまい」
人々が幸せならそれでいいと思う。そしてそれを自身の手で叶えられるのなら、私は邪魔をしたくない。
「……なるほど、これが愛なのね。少し名残惜しいけど、繰り返せばまた空になる」
魂とはなんだろうか。少なくとも、繰り返す私は同一個体ではあるが、その時宿っていた想いは別々だ。それらに価値はあるのか。知識としては残っても、記憶としては残らない。人々が紡ぐ記憶を魂と呼ぶのなら、私にはない。私は空虚で人ではない何かだから。悠長に時間を過ごして、ただ何も生まずに眺めるだけだから。
白い髪に触れる。赤い髪の混じった白い髪に。これは私が純粋でない証、かつて見た神は真っ白な髪を持っていた。他の神を見たことはない。でも、彼女は私にとって憧れと言っていい、色褪せない存在だった。
神代はある一人の英雄によって幕を閉じ、人の時代を明けさせた。ならば、次はどんな時代になるのだろう。
『きっと次の私は様々なことを経験する。魂のない私が生きることはできないけれど、あらたな時代の脈動を感じることはできる。そこに平和はなく、争いがある。でも、きっとそれが生きているから。人は原罪を背負って生きていかなければならない。でも、その罪は悪いものなのか。その答えを考えて』
新たな私への手向け、それは自由への片道切符。もう戻ることはない、次に来るときは何もかも移り変わる。
旧友を頼ろう、例え仮の羽であっても
新たに毛づくろう羽が純白であることを願う
我らの火種を託そう、それが傲慢であっても
この影が慰めになり得ることを望む
「新たなレイア、貴方が新たな心を見つけられることを願う」
✴レイア
遥か昔からオラ周辺の統治者をしている。今でも人々は彼女を崇めるが、時代の流れに任せて人々に後を任せようと、その座から退くことを決めた。
彼女はただその場にいることに満足するために欲がない。人が懸命に生きる姿を好むが、自身がそのような経験を得ることはないと感じている。故に、彼女は高貴な身でありながら、人の世に生きるしかない。
……ただ彼女は“観察者”でもない。もし助けを求められたら、真っ当な理由である限り力を貸してくれる。