クレープの食べ方①
「ん……?」
それは表面にダイヤルのみが付いた、シンプルなデザインのケースだった。
まるで、小さな金庫みたいな--
「……っ!」
彼女が、息を呑む音がした。
かと思うと、目にも止まらぬ速さで“ソレ”を拾い上げ、バッグの中にしまった。
「そのケース、変わってるね。中身は何なの?」
僕は軽い気持ちでそう聞いたが、彼女の表情を見て面食らった。
サァーッと血の気が引いて、顔が蒼白になっている。
「立花さん、どうかした……?」
「な、何でもない」
彼女は取りつくろったような笑顔で、ニコリと笑った。
(よっぽど見られたくないものなのかな……)
気にはなったが、詮索するのはやめた。誰にだって知られたくない秘密の一つや二つ、あるだろう。僕にだってある。いつか、立花さんが自分から話してくれるのを待てばいいだけだ。
「ほら、早く食べよ!」
そう決めた僕の横で、彼女は写真を一枚パシャリと撮ると、スマホをテーブルの隅に置いた。
そして、スッと両手を合わせる。
「いただきます」
まるで祈りを捧げるような、神聖さすら感じさせる佇まい。
立花さんは、絶対に食前と食後のあいさつを欠かさない。その姿を見るたび、彼女の食べ物に対する真摯な姿勢が見えて、思わず感心してしまうのだった。
(見習わないとな)
僕も彼女と同じように両手を合わせてから、ナイフとフォークを両手に装備し、いざ実食。
ナイフを入れると、クレープの生地はパリッとしており、切ると言うよりは砕くといった感じだ。付け合わせのバナナやアイスクリームと一緒に口に入れると、口の中が幸せになった。
「おいひ~~!!」
「美味しいね」
「生地パリパリでめっちゃ食感楽しい! フルーツも瑞々しくて最高だし! このブルーベリーとかどこ産のやつなんだろ!?」
「立花さんって、食レポ上手いよね」
「そう? じゃあグルメレポーターでも目指しちゃおうかな?」
「はは、立花さんなら本当になれそうだ」
「またまた~」
僕と軽口を叩きつつも、立花さんの手に握られたナイフとフォークの動きは一切止まる気配がない。僕の方も、今は目の前のクレープに意識を持っていかれてしまっていた。
僕は続けて、皿の隅に載っていたステンレス製の小ぶりなピッチャーを手に取る。コーヒー用のミルクを入れるのによく使うそれの中身は、キャラメルソース。ねっとりしたソースをかけると、クレープはまた別の表情を見せてくれた。うまい。
これならいくらでも食べられそうだ。そうなのだが……。
「美味しいんだけど……、ちょっと食べるの難しくない?」
「ん、まぁ……」
カチャカチャと皿を鳴らしながら、言葉を濁す立花さん。しぶしぶ同意した……というふうにも見受けられた。
確かにパリパリした生地は美味しいのだが、それゆえに若干食べづらい。ナイフで生地を小分けにした後に具材達と一緒にフォークで刺すと、生地がバラバラになってなかなか上手いこと食べられないのだ。
「オシャンな食べ物の宿命だよねー、こういうのって」
「んー……あんまりこういうの食べないからわからないけど」
「他の食べ物でも、そういうことない?」
「うーん、何だろう……。シュークリームとかは食べづらいかも。絶対クリームはみ出るし」
「たしかに!」
それを聞いた立花さんは、得意げに解説を始める。
「ではそんな君に、シュークリームを上手に食べる方法を伝授しましょう!」
「そんなのあるの?」
「実は~、シュークリームは上下逆さまにして食べると、クリームがこぼれにくいのです!」
「へぇ……知らなかった。じゃあ、このクレープにもそういう裏技あればいいのにね」
「そうだねぇ」
シュークリーム談義が終わったところで、クレープとの戦いを再開する立花さん。
何か、ないだろうか。今のシュークリームみたいな、何か簡単な……。
チラッと手元に目が行く。そして僕は、はたと気がついた。