待ち合わせ①
結局、待ち合わせの駅に着いたのは約束5分前だった。
あの後大学からチャリを飛ばし、5分とかからず自宅マンションまでたどり着いた僕は、まずシャワー室に飛び込んだ。臭いが残らないよう、全速力かつ入念に体を洗浄。
そして無数のプランクトンを飲み込むシロナガスクジラのごとく、レンチンした冷凍チャーハンを一気にかき込む。
それから昨晩あらかじめ用意しておいた服一式を身にまとって家を飛び出した。
最寄りの東白楽駅から待ち合わせの馬車道駅までは東急東横線一本で行ける。乗り換えはなしで、所要時間はおよそ10分。
本当は10分前には着いていたかったが、仕方がない。
彼女は待ち合わせに来るのが割と早い。これまでに2度、先を越されてしまっていた。なので彼女を待たせてしまうのは可能な限り避けたい。
ホームに滑り込んだ電車のドアが開くや否や、改札のある階までエスカレーターを駆け上がる。
その先にはライブでもできそうな広々としたホール状の空間が広がっていた。エスカレーターから降りた僕は、キョロキョロと周囲を見渡す。
しかし、彼女の姿はなかった。
(……良かった)
静かに、ホッと胸を撫で下ろす。どうやら今日は、彼女を待たせずに済んだようだ。
昨夜、彼女も電車で来るとの連絡が来ていたので、僕は改札を抜けずにそのホールで待つことにする。
彼女が到着した時にすぐわかるよう、ちょうど良い位置にある柱に背中を預けつつ、待ち合わせ場所に到着した旨のLINEを彼女に送る。チャット画面にメッセージが投下されたのを確認して、僕はコートのポケットにスマホを戻した。
ホールにはウミネコの鳴き声を模したBGMが流されていた。ミャーミャーというその音は、まさしく港町といった風情を醸している。
段々と、気持ちが落ち着いてくる。
僕は心地よい音に身を任せるように目を閉じ、コツンと柱に頭を預けて天井を仰ぐ。
(今日はどんな服を着てくるんだろう)
目を閉じて最初に浮かんできたのは、そんなことだった。
彼女は服飾系の専門学校に通っているらしく、とてもオシャレなのだ。そして会うたびに結構印象が違う。
女子のファッションには詳しくないのだが、そんな僕でも分かるくらいにファッションのテイストが違うのだ。カワイイ系な時もあれば、大人っぽい雰囲気の時もある。それに合わせて髪型も変えてきたりもするし。
そして何より、その全てが抜群に似合っている。スラッとした細長い足に、170cm近くあるモデル体型がそれを可能にしているのだろう。その日の彼女のファッションを予想するのが待ち合わせ前のルーティーンになりつつあることは、僕だけの秘密である。
彼女の到着が待ちきれず、ついには脳内で彼女に思い思いの服を着せる僕主催のファッションショーを開催してしまうが、よくわからない罪悪感に駆られて途中で中止する。
そんなことを考えているうちにふと時間が気になり、スマホを取り出して画面を点ける。いつの間にか約束の時間を5分過ぎていた。
(立花さんが遅刻なんて、初めてだな)
まぁ、そういうこともあるだろう。今までの彼女が律儀すぎたというだけだ。多分、次の電車くらいで来るだろう。
そして僕は暗くなったスマホの画面に自分の顔を映し、髪型の最終調整を実施する。それは自宅を出る前、準備に時間を食った最大の要因でもあった。
僕はしばらく髪型というものにあまり気を遣ってこなかったのだが、彼女との出会いを機に変わった。具体的には、今まで予約機能しか使っていなかったホットペッパーアプリの髪型検索機能を使用するようになった。その甲斐あって、今の僕の髪型は大学生という身分にそれなりに合った雰囲気になっている。
いわゆるマッシュ風だが、キノコっぽい重めのものではなく、軽めのナチュラルな雰囲気のもの。
立花さんはオシャレだから、隣を歩く男がダサいのは嫌かもしれない。そう思って最低限、服装や髪型には気をつけることにした。
と、突如エスカレーターから人の頭が見え始めた。どちらの方面から来たのかはわからないが、どうやら電車が到着したようだ。数十人近くがぞろぞろと現れてきたので、おそらく横浜方面からやってきた電車だろう。
しかし、その中に彼女の姿はなかった。
そしてその次の人波にも、またその次の人波の中にも。
彼女の姿は認められなかった。