練習試合②
その日の練習試合を終える頃には、既に正午を回っていた。
わざわざこちらの大学に出向いてくれた相手チームにあいさつを済ませ、片付け作業を終えたところで、ドスッと僕の肩に肘が乗っかってくる。
「ユウ、今日は大活躍だったな!」
「ハジメ」
チームメイトの山吹ハジメだった。先ほどの試合で絶妙なパスを僕によこしたヤツ。
ハジメとは中学時代からの付き合いであり、僕の名前であるユウヤを縮めて「ユウ」と呼ぶのはこいつくらいのものだった。どういう巡り合わせなのか中高大と学校が同じで、部活も同じバスケ部という、俗に言う腐れ縁である。
「藤間に山吹ぃ~、よくやったなお前らぁ!!」
「二人ともお疲れ。今日の試合良かったよー」
その後ろから、さらに二人の姿が現れる。身長2m弱の巨漢は、部長の樺沢さん。その頭は古き良き角刈りスタイルに整えられており、ザ・漢という風情だ。女性の方は、女子マネの沢田先輩。長めのポニーテールとフレームの細いメガネが印象的なサバサバ系女子で、部長とは同期。
「最後のは運が良かっただけですよ」
「謙遜すんじゃねぇよぉ! 練習の賜物だろうがぁ! お前が居残り練してんの、ちゃーんと知ってんだぜぇ!」
「はは……ありがとうございます」
豪快に背中をバンバン叩いてくる部長。さきほど他メンバーにいじめられまくった背中が、再びジンジンと脈打つ。
部長は筋肉お化けのくせに力加減というものを知らないので、軽いスキンシップでもかなりの痛みを伴う。入部してもうすぐ1年と半年くらいになるが、これだけはいまだに慣れない。そして見ての通り裏表のない性格で、思ったことを率直に言葉にしてくれる人でもある。そういうところは、逆立ちしても僕には真似できないだろう。
そんなところが部員たちから非常に慕われていたりもする。無論、僕も含めて。
「樺沢なんて、スリーどころか普通のシュートすらダメだもんねー」
「ぬぅ……、おれはポストプレー専門だぁ!!」
「ゴリラだもんね」
「ゴリラではなぁい!!」
沢田さんと部長は仲が良くて、いつもこんなふうに軽口を叩き合っている。仲が良いなどと言ったら本人は否定するだろうけど、部長のことをゴリラなどと呼ぶのは沢田さんだけである。それだけでも物証は十分だろう。
「にしても、ユウ。マジで今日は絶好調だねぇ~。オレにも運気分けてくれ!」
「そう言われてもなぁ」
「頭でも撫でてみたらどう? ご利益あるかも」
「地蔵ですか僕は」
「おぉー! ナイスアイデアっス、アサギさん!」
「ちょ、おい」
ガードしようと挙げた僕の右腕を飛び越え、思い切り僕の頭をこねくり回してくるハジメ。
(昔からスキンシップ激しめなんだよなぁ、こいつ)
汗で汚いとかそういうこと考えないのだろうか。
「藤間ぁ! おれにもご利益よこせぇい!」
「樺沢は有料」
「金とんのかぁ!?」
出た。沢田先輩はお金に関してはかなりがめついのだ。そういうところがマネとして優秀だったりもするんだけど。
「僕でビジネスしないでくださいよ……」
「あら心外。お賽銭よ、お賽銭。こういうのって気持ちが大事でしょ?」
「ぬうう……。じゃあ10円でいいかぁ!?」
「100万」
「詐欺だぁぁぁぁ!?」
相変わらずいいリアクションだな、部長。
飽きもせず僕の頭をこねくり回し続けていたハジメが「ギャハハ!」と笑い声をあげ、その拍子に僕の頭はガクガクと前後左右に揺れる。おい、それ以上やると首無し地蔵になりそうなんだけど。
「つか、腹減りすぎてえぐいってー。ユウ、このあとラーメン行くよな?」
「あ、すまん。このあと用事あるから今日はパスで」
「ウソだろ~。また実家の手伝いとか?」
「いや、違うけど」
正直言って魅力的すぎる提案だった。が、このあとは非常に大事な用事が控えている。早く帰らなければ。
「おう、なんだ藤間ぁ。まさか、ついに女ができたなんて言わねぇだろうなぁ?」
「え? いや……その」
とっさにごまかそうとするが、上手く言葉が続かない。
その様子を見たハジメが会話に割り込んでくる。
「まぁ、その……はい」
「は……? マジ? マジなん!?」
「なんだとぉ!? い、いつからだぁ!?」
「3日前ですね」
「出来立てほやほやじゃねぇか!」
顔を強張らせた部長が僕の肩をがっしりつかみ、猛烈な勢いで揺らし始める。
「飲み会のネタが一つ減っちまうじゃねぇかぁ! 藤間ぁ!」
「いや、それは知らないですよ」
「へぇ……、藤間くんってマジでそっち系じゃなかったんだ」
「だから違うって毎回言ってるじゃないですか……」
「だって藤間くんってそういう浮いた話、一切ないんだもん」
いつの頃からか、僕に彼女がいないことは部内である種のネタになっていた。沢田先輩みたいに僕のことを男色家だと思っている人もいるくらいだ。
さらに不本意なことに、神央バスケ部七不思議などというものの一つにノミネートされる始末。
ちなみに残りはというと、「なぜ部長が一般受験で大学に合格できたのか?」というものなどがある。それと同列にされてるのも、イマイチ釈然としないんだけど。
「その話あんま言いふらさないでよ? 藤間くん、プロ目指してるじゃん。だから割と女子人気高いんだよね」
「別に言いませんけど。というか、そういうこと言われると反応に困るんですが……」
「あら、ごめんね。でもマジで困るから。全面的に私が」
まぁ……それはわかるけど。
「どこの誰だよ!?」
「言わない」
「はぁ!?」
「しょうがないだろ。言うなって言われてるんだから」
「ケチぃなぁー」
……実を言うと、この場にいる全員が、立花さんと面識がある。
ただし面識と言っても、話したことがあるのはハジメ一人のはずだけど。
あの日のことは鮮烈に覚えている。立花さんと初めて出会った日、という意味でもそうなのだが、思い出すだけで身の毛がよだつ出来事もあったりして--…
「ユウよ。時間大丈夫なんか? このあとその子と会うんだろ?」
「あっ」
ハジメの言葉にハッと我にかえり、スマホの画面を確認する。
(……ヤバッ)
一度家に帰ってシャワーを浴びてから身支度をしたりしなければいけないことを考えると、割とギリギリの時間だった。
「おら、早く行けよ。しけたツラして行くんじゃねぇぞ!」
そう言ってバシンと肩を叩くハジメ。
「お、おう」
「……上手くいくといいな」
「……サンキュ」
ハジメがいつになく神妙な面持ちで呟く。
「行ってこい藤間ぁ! 一発かましてやれぇ!」
「楽しんできてねー」
「ありがとうございます」
ハジメと先輩方の言葉に感謝してから、僕は足早に体育館を後にした。