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異変①

「誰かあああああああ!!」

「……!?」


(あの人は--!)

 涙声で助けを乞いながら路地の曲がり角から現れたのは、さっきの金髪男。

 その姿は、無惨だった。

 暗くてはっきりは見えなかったが、自慢のブランド物のシャツはビリビリに破け、ところどころ出血しているようにも見える。

 そして、だらりと垂れた右腕は--ぶらぶらと揺れていた。


「ああああああああああああ!!」

「ちょ、ちょっと!?」


 僕が声をかける前に、男は路地を突っ切って反対側の道に消えてしまった。こちらには全く気がつかなかったようだ。

 あまりの出来事に思考が止まり、しばらくその場で立ちすくむ。

 ハッと我にかえり、慌てて男の消えた場所まで向かうが、その姿は既にない。

(右腕……折れてたよな、あれ)

 男が走って行った路地に入るが、思った以上に道が入り組んでいて追跡が困難だった。しばらく周囲を探してみたが、収穫はゼロ。

 結局、男の姿を見つけることはできずじまいだった。


「……と、とりあえず交番に」


 周囲に怪しい人影は……ない。

 僕はそれを確認してから、もと来た道を急いで引き返した。



 ********



「なに考えてるの?」


 ハッと我にかえる。

 横を歩く立花さんが、不思議そうな表情で僕の顔を覗き込んでいた。

 ……結構な時間、考え事をしてたような気がする。


「ごめん、ちょっとその、感傷に浸っていたというか」

「ん~?」

「……初めて会った日のこと思い出してた」


 立花さんはそれを聞いてキョトンとしたかと思うと、すぐにニヤ~ッと小悪魔っぽい笑みを浮かべる。


「ちょっと~、なんかエモいんだけど~。いきなり泣きじゃくったりしないでよ?」

「そんなんするわけ……」

「ほんとに~? 怪しいなぁ。……あれ、目尻にちょっと涙にじんでない?」

「いやいや、にじんでないでしょ!」

「あははっ! ムキになった~、やっぱ怪しい!」


 恥ずかしさやら何やらで顔に血が昇る。サーモグラフィーを通して見たら、そこには顔面完熟トマト男が立っているのではなかろうか。


「エモくなる気持ちもわかるけどね~」

「そ、そうでしょ?」


 静かな夜の公園に響く、サァーッという波の音。心地よいその音に包まれていると、感傷に浸りたくもなるというものだ。


「そういえば……」

「なに?」

「金髪の彼の調子はどう?」

「あぁ。あの人ね」


 思い出したついでに、聞いてみることに。

 あのあと僕は、急いで交番に駆け込んだ。お巡りさんに自分が見たことを話していると、程なくしてあの男を保護したという通行人から電話が入って、僕はお役御免になった。男はどうやら、そのまま救急車で運ばれたようだった。

 そして肝心の何が起こったのか、ということなのだが……。

(結局、よくわかんなかったんだよな)

 端的に言うと、謎の人物に突然襲われたらしい。

 暗い路地で襲撃された上に、向こうは黒のパーカー姿でフードを目深にかぶっていたらしく、顔はおろか性別すら定かではないようだ。

 本人は、誰かの恨みを買うような覚えはないと言っていたらしいが……。それは少し怪しい気もする。


「入院したってのは聞いたけど。それっきりだよ」

「バイトにはまだ来てないの?」

「ありゃ、言ってなかったっけ。わたし、バイト辞めたんだよね」

「え、そうなの?」

「最初っから長くやるつもりなかったしね」

「そっか……」


 あんなことが起きるくらいだ。帰りは家族か誰かに迎えに来てもらってるみたいではあったけど、女の子がバイトするには、いい環境とは言えないだろう。僕としてもその方が安心だ。


「何にしても、通り魔とかだったら嫌だね。早く捕まるといいけど」

「……そうだね」


 あまり気のない感じの返事だった。

(もう少し、危機意識持った方がいいと思うんだけどなぁ)

 立花さんみたいな女の子は、一番そういうのを気をつけるべき人なんだから。

 そんな話をしながら散歩していると、アーチ状の小さな橋が目に映り始めた。その周辺一帯は開けたスペースになっていて、橋の上からは視界いっぱいに海が見渡せそうだ。ちょうど周囲に人影もない。

 橋の中央まで行ったところで、僕たちは足を止めた。

 僕たちのすぐ目の前に、広大な太平洋が広がっている。頰に吹き付ける海風は、結構冷たい。


「夜の海っていいよね~」


 ん~っ、と伸びをしながら彼女がそう言う。


「立花さん、寒くない?」

「ん、まぁ……ちょっと?」

「よかったら俺の上着…… 」

「それじゃあ君が寒くなっちゃうよ」

「いや、でも」

「いーの! でも、ありがと」

「……うん」


 僕の提案は彼女の言葉によって、静かに拒否されてしまう。僕としては、できれば上着を受け取って欲しかったのだが。


「でもこれだったら、昼に来た方が良かったかもね」

「なんで?」

「え、いや……昼の方があったかいから……」

「……夜の方がいい」

「そう?」


 立花さんは海を見つめながら、何だか神妙な面持ちでそう言った。

 が、すぐに明るい表情をこちらに向ける。


「だって夜の海の方がロマンチックだもん!」

「あ~。それはまぁ、そうだね」

「なんていうか、いつもと違う特別な気分にならない?」

「特別な気分……か」


 シーンとした夜の空気の中、しばし海の音に耳を傾ける。

 スゥーッと引いては、ザァーッと寄せる波の音。一定周期で繰り返されるそれは、まるで海が呼吸しているみたいだった。

 周囲を包む夜の静けさは、より一層鮮明に、僕たちの住む星の息遣いを感じさせてくれた。

 そして、僕の隣で海を見つめる、彼女の息遣いも。


「……でもね」


 しばらくして、彼女の声が沈黙を破った。


「いくら夜の海がステキでも、一人じゃこんな気持ちにならないだろうなーって思うの」

「そう……なのかな?」

「そうだよ」


 ほんの少し考え込んでから、結局、何とも煮え切らない回答をしてしまう。


「--君と二人だから、こんな気持ちになるの」


 完全に、不意打ちだった。

 立花さんが僕の左腕に体を寄せてくる。

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