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キュウリ⑦

 話を聞き終えた彼女が見せた反応は、意外なものだった。

(……なんだろう?)

 目をまんまるに見開いて、僕の顔を見つめ続ける彼女。その意味するところは、よくわからない。


「じゃあ、一緒に行きましょっ」

「え……、一緒に?」

「ほらほら早く!」


 なぜか、一緒についてきてくれるという彼女。

 考える暇も与えられず、僕は彼女に腕を引かれて店長さんの元へと謝りに行った。

 すずさんに腕をつかまれた僕の姿を見て、店長さんはキョトンとしていた。

 が、僕の謝罪を聞くと、ワハハと豪快に笑った。なぜか、「わざわざあんがとな!」と逆にお礼を言われてしまう。最後には手土産にキュウリ棒まで持たせてくれた。


「--よかったですね!」


 店を出たところで、すずさんがニコッと微笑みかけてくる。ありがたいことに、彼女のおかげでだいぶ話が早かった。


「はい。わざわざ一緒に来てくれて、ありがとうございました」

「いいえ!」

「まぁ、正直……お腹いっぱいではあるんですけど」

「え! じゃあソレ、もらってもいいですか~? ちょうどお腹減ってたんです!」

「じゃ、じゃあどうぞ」

「やった~! わたしキューリ大好きなんです!」


 彼女はそう言って、嬉しそうにキュウリを受け取る。キュウリ1本でここまで喜べるものなのかと、ちょっと感心してしまう。

 彼女は律儀に「いただきます」と言ってから、キュウリにかぶりついた。


「おいひ~~!!」


 その顔が、文字通り、とろけた。

 食べ物を美味しそうに食べる人は魅力的--それは、巷でよくされる話ではある。だがここまでそれを体現する人は、そうそういないだろうな……と感じた。


「あっ、自己紹介しないと」


 緩ませていた目元を、突如としてハッと見開く彼女。

 口の中のキュウリをいそいそと飲み込み、一息ついてから、すずさんは続けた。


「わたし、立花って言います。立花すずです!」

「あ……、僕は藤間って言います」

「よろしく!」


 何だかすごく……変な感じがする。

 さっきまで接客をしていた人と、店の外でこうして自己紹介している。しかもあんな険悪な雰囲気だったのに。言いようのない、不思議な感覚だった。


 「それはそうと……。さっきのこと、何かお礼したいんですけど……」

 「え? いやいや! そんなの要らないですよ!」

 「わたし、こういうのちゃんとしないとモヤっちゃうタイプなんです! 今度お茶くらいご馳走させてください!」

「うーん……そういうことなら……」

 「やった! じゃあ連絡先交換しましょ!」


 僕のスマホに表示されたQRコードを彼女に読み取ってもらうと、間髪入れず彼女からメッセが。チャット画面を開くと、スタンプが押されていた。キュウリを片手に「Hello!」とあいさつするカッパのキャラクターだ。

[△4]

「カパエルくん、知ってますか?」

「このキャラクターの名前ですか?」

「そうです! カパエルくん、最近ちょっと話題なんですよ~」

「へぇ……」

「この子、恋のキューピッドならぬ『恋のキューリ棒』なんです~!」


 デフォルメされたカッパを、いわゆる「恋のキューピッド」に見立てたのだろう。見た目はカッパと天使を混ぜたようなデザイン。そしてその手には、相手の心を射止めるハートの矢の代わりに「キューリ棒」が握られている。

 なるほど。それで「恋のキューピッド」を文字って「恋のキューリ棒」というわけか。


「これ、すごい偶然じゃないですか!?」

「えっ」

「わたしたちも、キューリ棒がきっかけで出会っちゃいました!」

「……っ」


 彼女は手にしたキュウリを顔の横に掲げ、少し恥ずかしそうに「エヘヘ……」とはにかんだ。

(それは……反則だろ……)

 その笑顔と発言の、あまりの破壊力に、ドギマギして目を白黒させていると、


「よろしくね! 藤間悠也くん!」


 彼女はそう言って、空いている左手を差し出してきた。

 戸惑いつつも、僕はその手を握る。

 なんだか、喉の辺りがムズムズするな。


「じゃあわたし、お迎え来てるから!」

「あ、はい……」

「ふふっ、じゃあまた」


 そして手をひらひらと振りながら、彼女は夜の街に消えていった。

 夜の街を彩る店の看板のネオンサインや、建物の窓から漏れる明かり。そのどれよりも、彼女の笑顔は輝いて見えた。


「……みんなには言わないでおこう」


 確実にカモになるのが目に見えている。ネギどころか、カモが出汁と鍋とガスコンロまで持っていくようなものだ。ハジメなんかにバレた日には、部内どころか学科内にまで話が広まってしまいそうだし。


「ふぅ~……」


 色々なことが立て続けに起こりすぎた。本当に。ついさっきまで飲み会やってたなんて、ウソみたいだ。


「コンビニで水買ってこ」


 ついでに明日の朝ご飯も。適当におにぎりでいいか。

(確かあっちの方にコンビニあったな……)

 僕は大きい通りに向かう道を逸れ、人気のない路地に入る。少し薄暗くて気味が悪いが、駅に向かうにもちょうどいいはず。

 ここら辺は治安が悪いってよく聞くけど……大丈夫だろう。

 僕、男だし。襲うにしたってもう少し小柄な人を狙うんじゃなかろうか。

 チンピラ男から女の子を助けるだなんていうフィクションみたいな体験をしたせいで、多少気が大きくなってるのかもしれないけど。

 そんなことを考えていた時だった。


「助けてくれええええええ!!!」


 ビクッ!と心臓が跳ねる。

 男の声。正面からだ。

 しかも--聞き覚えがある。

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