表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/27

キュウリ⑥

 

 グッと握った男の手首は思った以上に細かった。

 思い切り握ったらポッキリと折れてしまいそうで、反射的に少しだけ握る力を弱める。


「ってぇな……。マジなんなのオマエ? シメられてぇの?」

「嫌がってます」

「あのなぁ、バイト同士コミュニケーションが大事なんだよ! シンボク深めようとしてんの!」

「でも、嫌がってるじゃないですか」

「新人がセンパイの誘い受けんのは当たり前のことだろうが!」

「そんなことないと思います」

「俺の店はそうなんだって! つか手ぇ放せや! ケーサツ呼ぶぞコラ!」


 この男が発する言葉を、これ以上聞きたくない。

 好き勝手に自分の気持ちをばら撒き、周りのことなど考えない。

 無自覚に相手を傷つける。

 気づいた時には、もう遅いのだ。

 腹が立つ。ふざけている。

 視界が暗転する。段々、目の前の景色が薄れていく。


「あぁ!? テメェいい加減に……イデデデッ!」

 


















挿絵(By みてみん)



 男の手首を握る手に、力を込める。

 頭はいたって冷静だった。万力のようにジワジワと力を強めていく。


「やめてください」

「イテェって!! マ、マジで折れるから!!」


 耐えかねた男の手がすずさんの腕を放す。

 だが僕はまだ、男の手首を放さない。


「スズ!! こいつ何とかしてくれ!」

「…………」


 すずさんは答えなかった。そしてチラッと僕の方に視線を投げる。

 数秒、場が膠着(こうちゃく)した。

 コツッという音がそれを破る。ブーツがアスファルトを叩く音。

 彼女が後ずさりする。ジリジリと……無言で、男と距離を取った。

 それで僕の心は完全に決まった。


「やめろって」

「わかった! わかったから!!」


 ついに、男が音を上げた。

 僕はホッとして、男の手を放した。これ以上強く握ったら本当に折れそうだったから。


「……ったく。何なんだよ……」


 手首をさすりながら恨み節を吐く男。そしてこちらに目もくれず、早足に去っていく。

 存外あっさりしたものだった。去り際に彼女の方をじろっと見ただけで、謝罪の言葉の一つもなかったのは気に障ったが。


「…………」

「…………」


 そして後には、僕とすずさんと……重苦しい空気だけが残された。……さっきまでの緊迫した空気の方がまだマシだった。

(……さっさと行こう)

 やるべきことは終わった。去り際にペコリと頭を下げるが、目も合わせられなかった。そのまま彼女に背を向けようとした時、


「あ、あのっ」


 控えめな声が、僕を呼び止めた。

 言うべき言葉を探すように、彼女の瞳が揺れている。

 2、3秒ほどそうしていただろうか。やがて、彼女は気まずそうに視線を逸らし、


「……ありがとうございました」


 吹けば飛んでいってしまいそうな声で、そう言った。


「いえ……でしゃばっちゃって、すみません」

「そんなこと……。あの人、割といつも絡んでくるんですけど……今日はかなりしつこくて、ホントに助かりました」

「そう、なんですね」

「…………はい」

「気をつけてくださいね」


 再び、沈黙が降りる。


「……それじゃ」

「ま、待って!」


 --?

 まだ、何かあるんだろうか。


「さっきは、その……ごめんなさい。初対面の人にあんなこと……」


 すずさんがチラチラと僕の顔を窺いながら、途切れ途切れに言う。


「気にしてません。大騒ぎして迷惑かけたのは事実ですから」

「…………そうですか」

「あと……大事な食べ物を無駄にして、本当にすみませんでした」

「えっ?」

「僕、お店の壁に貼ってあった貼り紙を見ちゃって。農家の人と店長さんが一緒に写った写真が載ってる……」

「……あっ。あれか」


 わざわざ彼女にこんな話をして……、罪滅ぼしのつもりか。

 こんなのは、単なる言い訳にすぎない。それなら初めからやらなければいいのだ。

 そう思いながらも、動き出した口を止められなかった。


「このおじいさんが頑張って育てたキュウリで遊ぶようなことして、無駄にして……って考えたら……せめて店長さんには謝りたいな、と」

「…………」

「今から謝りに行くところだったんですけど……」


 彼女はじっと僕の顔を見つめ、相槌も打たずに話に聞き入っていた。

 その眼差しは真剣そのもので、僕は話しながら、ちょっと落ち着かなかった。


 「…………へぇ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ