キュウリ⑤
壁に貼ってあった一枚の紙に、目がとまった。
それは店長さんと60代後半くらいのおじいさんのツーショット写真が添えられた貼り紙だった。大ぶりなキュウリを片手に肩を組み、二人の笑顔が眩しい写真。その下に、説明書きが添えられている。
……どうやら店で出しているキュウリは、店長さんの親戚の農家で作っているらしい。
「……そうだったんだ」
ここで出しているキュウリは、店長さんにとってすごく思い入れのあるものだったんだ。
それを僕たちはオモチャにして--…
「おーい、みんなーそろそろ出るよー! ほら、ゴリラも」
「ゴリラじゃなあぁい! おれぁ霊長類だぁ!!」
「ゴリラもそうだっての」
沢田先輩と部長が、またバカを言い合っている。他の部のメンバーも、帰り支度もとい二次会へ向かう準備を始める。いつも通り沢田先輩が会費を集め、大量のお札を持ってレジに向かう。
「アサギさぁん、お金持って帰っちゃダメっスよぉ」
「そんなんするかっ!」
ハジメの言葉を力強く否定する沢田先輩だったが、直前まで明らかに顔がニヤけていた。
沢田先輩にお会計を任せて外に出ると、そろそろ日をまたごうかという時間にもかかわらず、まだ空気はモワッとしていた。店も、閉める準備が始まっている。
「おっしゃぁー!! 二次会だぁ、二次会ぃー!!」
部長に連れられて、ワイワイと次の店に向かう部員たち。
「んじゃまたなぁーユウ」
「あんま飲み過ぎんなよ」
「アホ! 飲み会ってのはなぁ、吐いてからが本番なんだよぉ!」
意味もなく僕の肩をモミモミしながら、世迷言を吐くハジメ。それからヒラヒラと手を振りながら、夜の街に消えていった。
「さて……」
僕にはやらなきゃならないことがある。
店内に戻ろうと、今しがた出てきたばかりの引き戸に手をかける。
その時、聞き覚えのある声がした。
「だから、行かないって言ってるでしょ!」
「つれねぇこと言うなよスズぅ~」
思わずドキッとする。
そこに立っていたのはなんと、“すず”さんだった。
どうやらちょうどバイトが終わったところらしい。髪を下ろして私服姿になった彼女は、まるで別人に見えた。
(……気まずいな)
そしてその後ろからもう一人。男だ。さっき店のトイレで気だるげにグロッキー客の対応をしていた男。長めの金髪に派手派手しいヒョウ柄のTシャツ。その耳はいくつものピアスでジャラジャラと装飾されている。ギャル男。一言でそう言い表せる感じの男だった。
「すぐそこだからよぉー」
「興味ない」
「ガチめにイカしたバーなんだって!」
「しつこい!」
あまり良からぬ雰囲気に見えるが……。
バイトの同僚なら、おかしなことにはならないだろう。気づかれたら嫌だし、さっさと行こう。
「ぜってぇ気に入るから! ほら!」
「ちょっ……!」
男の手がすずさんの腕をつかむ。彼女は明らかに嫌がっているのに、無理やり。
…………。
「…………あの」
気づいたら、話しかけていた。
アルコールのせいで頭がフワフワしていたためか、何を考えてそうしたのか、ちゃんとはわからない。
ただ事情はどうあれ、見知った人が自分の目の前で困っている。……見過ごせなかった。
「あぁ? んだテメェ」
「その……彼女、嫌がってるように見えたので」
僕を見たすずさんの目が、驚きでみるみる見開かれる。
「あぁ!? テメェにカンケーねぇだろ!」
「まぁ、そうかもしれませんけど……」
「俺らふつーにダチだから。でしゃばってんじゃねぇよ勘違いヤローが」
「…………」
「いこーぜスズ。ただのナンパだよコイツ」
「…………ちょっと、いやっ……」
男がグイッとすずさんの腕を引っ張った拍子に、彼女がバランスを崩して前のめりになる。
その時、彼女と目が合う。
すがるような目だった。
とっさに右手が動いた。すずさんの手を引く男の手首に向かって。
「手、放してください」




