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練習試合①

「焦んなよぉ! じっくり攻めろぉ!」


 大砲の砲撃のような部長の怒号が体育館中に響き渡る。

 それを受け、最後の力を振り絞るようにコート上の攻防が激しさを増す。心なしか、ダムダムと床を突くボールの音も大きくなったように感じられる。


「ディーフェンス! ディーフェンス!」


 キュッキュッ。体育館の床とバッシュがすれ合って生じる小動物の鳴き声のような音に混じって、相手側のベンチから野次が飛ぶ。

 点差は2点。こちらのビハインド。残り時間は10秒を切った。

 しかし、ボールはこちらが所有している。

 残り時間から考えて、これが最後の攻撃になる。僕たちのチームは時間をきっちり使い切りつつ、相手チームからゴールを奪わなければならない。

 普通のシュートならば同点。スリーポイントシュートを決めれば逆転。

 極限の緊張状態。

 だが、そんなことは関係ない。

 全身を包み込む疲労感など忘れ、僕--藤間悠也--の意識は、地上3mに位置するゴールリングにのみ向けられていた。


 --俺が、決める

 勝負は一瞬だった。

 それまでの静止状態から最大速度で左側に体を躍らせる。

 コンマ2秒ほど遅れて、相手がついてくる。


(--ここだっ!)


 相手の重心が右足に乗り切った。

 そう感じたのと同時に、床を思い切りバッシュで踏みつけて急ブレーキをかける。

 相手がわずかに「しまった」と言いたげな表情を浮かべる。が、それを眺める時間もなくボールが一直線に飛んでくる。


 パシッ。


 小気味よい音を立てながら、ボールが僕の両手の間に収まる。寸分違わぬ完璧なタイミングだった。

 猛然と伸びてくる相手の左手。それが届く前にボールを頭上に逃しつつ体を浮かせ、シュートモーションに入る。

 次の瞬間。

 ボールは宙を舞っていた。

 十分に体勢を整える時間などなかった。それでも相手の干渉を受けることなく僕の手を離れたそれは、綺麗な軌跡を描きながらゴールリングに向かっていく。

 着地の瞬間、半ば反射的に足元を見る。スリーポイントラインの外側。

 そのラインの外側からシュートしないと3点にはならない。踏んでもダメ。言わば絶対の境界線。

 着地時に踏むのは問題ないので、着地後にそれを確認するのはあまり意味がないと言えなくもない。

 だがその癖は、頑固な油汚れのごとく体に染みついていた。

 あの日。

 スリーポイントシュートで人生が変わった、あの日から。


「入れぇー!」


 どこからともなく響き渡る声を聞きながら、僕はその結末を見届ける。

 そして--ボールが、ゴールリングに吸い込まれた。


「「「……うぉぉーっ!」」」


 体育館が轟音で揺れた。

 味方ベンチから響き渡った歓声が、僕の鼓膜を震わす。

 それと同時に、試合終了を告げるブザーがファンファーレのごとく鳴り響いた。


「……ふぅ」


 肺の中に溜まった空気を絞り出すように、息を吐く。

 (せき)を切ったように押し寄せてくる安堵感。

 それに浸りつつ、僕は天井を見上げる。

 しかし、それを許すまいと背後からニュッと腕が現れ、僕の肩をがっちりつかむ。


「やったなユウ! ブザービーターじゃんか!」

「あぁ」

「相変わらずクールだなぁ! プロ志望ならこれくらい当然ってか!?」


 少し遅れて他のチームメイトたちが駆け寄ってくる。皆口々に賞賛の言葉を口にし、バシバシと背中やら肩を叩いてくる。


 --僕には、秘密がある。

 誰にも言っていない秘密が。


 こうして勝利に沸き、満面の笑みを浮かべる仲間に囲まれる時間が好きだ。

 こういう時、バスケをやっていて良かったなと思う。

 この瞬間だけ。

 バスケが今の僕に与えてくれるのは、この瞬間だけだった。


 僕は何があっても、プロのバスケットボールプレーヤーになる。

 だけど僕は--…バスケが、大嫌いだ。


 ゴールリングにボールを放るたび、過去の過ちを思い出すから。

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