キュウリ③
「もうあの子と話したのかよ!?」
「いや」
「ユウに先越されるたぁ、オレも焼きが回ったもんだ!」
「いやいやいや」
ヤバい。それはさすがにヤバい。
「どんだけ酔ってんだお前。さすがに引くわ」
「あ? 何がよ?」
「何が、じゃないだろ……。1週間前のことも覚えてられないのかお前は」
「んんん??」
全然ピンときてない様子のハジメ。酔っぱらいすぎだ。
「先週もここに来たって話してたろーが」
「あー来た来た。それ話したっけ?」
「話してたよ……。部長とかみんなの前で」
「んー、そう言われると確かに……話した気がするな」
「気がする、じゃないだろ。その時にすずっていう名前の美人の店員がいるって、嬉しそうに言ってんだから」
「はぁぁぁ!?」
耳が痛くなるほどの音量でハジメが喚き散らす。そして眉をひそめて言った。
「この前はあんな子いなかったわ!」
「お前まだそんなこと……」
「や、ガチでガチで! あんなカワイイ子、記憶なくしたって忘れるわけねーだろ!」
「ああ?」
「つーかあの日は一次会で来たから、そんな飲んでなかったしよ! クラスのヤツらと話した内容だって大体覚えてるよ!」
「…………?」
(冗談にしてはこのノリ、長すぎないか?)
いい加減つまらないぞ、と言いたいところだったが……。それをためらってしまうほどに、ハジメの顔は真剣そのものだった。
「つまんねー嘘ついてんじゃねーぞユウ!」
「それはこっちのセリフ--」
「まったく……、こりゃもうアレだな! うん!」
わざとらしく胸の前で腕を組み、得心したように一人で勝手に頷くハジメ。そして高らかにこう宣言した。
「罰ゲームだな!」
--はい?
***
--3分後
「「「ギャハハハハハハハ!!!」」」

どうしてこうなった。
誰か助けてくれ。
しかしそんな思いが届くはずもない。周囲はタガが外れたような笑い声と、バンバンと床だのテーブルだのを叩く音で溢れている。不本意なことだが、間違いなく今日イチの盛り上がりを見せていた。
「何だこれ最高すぎる!!」
ゲームの内容はいわゆるポッキーゲームのパクリ。ポッキーをキュウリに代えただけ。僕と部長が両端からキュウリを食べ進めていき、たくさんキュウリを食べた方が勝ち。まとめて大きい塊をかじり取るのはなしで、ウサギみたいにカジカジとかじり進めろとのルール。……そもそも本家のルール知らないけど。
つまり先に半分以上まで食べ進めて口を離してしまうのが、唯一の助かる道。口を離すタイミングを誤れば、僕の貞操と尊厳が失われる。
「ちなみにぃー! ユウが負けたら二次会強制参加でぇーす!」
「「ウェェェェイ!」」
そう。僕が勝手にリタイアしないよう、いつの間にかペナルティまでつけられてしまっていた。ここまで恥を晒したからには、せめてペナルティの方は回避したい。
というか、途中で折れたらどうなるんだ。
「途中で折れたらユウが三次会まで参加しまーす!」
「「ウェェェェイ!」」
……逃げ道はなくなった。
「用意いいっスかぁ--!?」
そして対する部長はというと、ギンギンである。
完全に目がキマっている。それに加えて、臨戦態勢に入った闘牛のごとく「ふんふん!」と鼻を鳴らしている。今のこの人の感情は、一体何なんだ。
「行きますよぉ--! レディー……」
(もうヤケクソだ!)
どうせやるなら勝つ気でいく。負けたら何も残らない。
キュウリをくわえる口元にグッと力がこもる。
「ゴォ----!」
シャクシャク。
開始の合図と同時に、僕は全速力で顎を上下させ始める。
しかし、正面の男は……
シャクシャクシャクシャク。
僕の倍くらいのスピードだった。
眼はギンギンのまま口だけを高速で動かしている。
シャクシャクシャクシャクシャクシャク
(あ、ダメだこりゃ)
僕は早々に勝負を諦めた。目の前の男は、もはや生物の領域を踏み外している。その勢いは、鼻からシュッポー!と煙が噴射しそうなほどだった。
人間は、怪物には勝てない。
そう思った時。
シャ、ク。
突如、部長の動きが止まった。




