キュウリ②
「お待たせしました〜!」
ハジメの言っていた通りだった。
だってその子は、芸能人だと言われても「だろうね」と納得してしまうくらい、美人だったから。子猫みたいにクリッとした大きな目が印象的な彼女に、その場にいた男全員の視線がくぎ付けになる。
何の気なしに、首元のネームプレートに視線が引き寄せられる。そこにはひらがなで「すず」と書かれていた。紙の端っこに、丸っこい文字で「元気いっぱい頑張ります!」とコメントも添えられている。
「ピッチャーここ置いちゃいますね!」
「あ……、はい」
彼女はビールがなみなみ入った2つのピッチャーをドン!と置くと、ニコッと笑顔を残して去っていった。
「おい藤間ぁ……今の子ぉ……」
「ハジメが言ってた子みたいですね。名札見た感じ」
「天使だぁ……。あれぞまさしく、ゔぃーなすだぁ」
「ヴィーナスは天使じゃなくて女神でしょうが」
「んなこたどうでもいいわぁ!」
「でもまぁアレは確かに……そう言いたくなる気持ちもわかるけどさー」
そう言った沢田先輩が、ニヤッと不適な笑みを浮かべながら僕の方を見る。
「あの藤間くんですら見惚れてたもんねー」
「いや、僕は……」
「でも気をつけなよー? 女神ならいいけど、夢魔だったら大変なんだから」
「何ですかそれ」
「いわゆるサキュバスってやつ」
「さ、サキュバス?」
「物の例えだよ。要は美人局とか気をつけなよーって話。あの子はそんなことないだろうけど、たま~~にそういう話聞いたりするから、一応ね」
「はぁ」
そういうのって、本当にあるものなんだ……。
「ガハハ! 藤間は色恋沙汰に疎いからなぁ!! 美人に言い寄られたからってホイホイ付いてくんじゃねぇぞぉ!!」
「や、樺沢のが100倍心配なんだけど」
「なぜだぁ!?」
「言っとくけど、さっき顔ヤバかったかんね?」
「な、何ぃ!? おれそんなヤバい顔してたかぁ!?」
「うん。控えめに言って、末代までの恥」
「う、うあああぁぁぁぁ!!」
部長が苦悩の咆哮を上げたところで、僕は一度トイレに立つことにした。
どうやら片方のトイレがグロッキー客に占拠されているようで、店員らしき金髪の男が「大丈夫っすかぁ~?」と言いながらドアを叩いていた。
しばらく待たされた後、用を済ませて席に戻ると部長と沢田先輩の姿がない。グラスごと消えているので別の席に移動したのだろう。
「ウエェェェイ! ユウ、飲んでんのかぁ!?」
代わりに、これまた騒がしいヤツがジョッキを片手に出迎えてくる。ハジメだ。
「グラス空いてたから注いどいてやったぞぉー!」
「あぁー! 何すんだよ!」
僕が飲んでいたはずの角ハイのジョッキに、なぜか溢れんばかりにビールが満ちている、というか溢れている。現在進行形で。
「それハイボールのジョッキだよ! 氷入ってんだろ!」
「新感覚だろ!? ビールに氷!!」
「てかまだ若干入ってたよな!?」
「飲んどいた!」
……本当にこいつは…………。
「ほらぁ、早く飲まねぇとジョッキが泣いてんぞ!」
「溢れてんだよ」
僕のジョッキがビールの涙を流し続けてるのは、ハイボールのジョッキなのにビールを入れられたからだよ。お前にな。
ハジメの隣に腰を下ろしてから、ジョッキから溢れない程度にまでビールをすする。
「ところでユウよぉ」
「何だよ」
そう言ってハジメが顔を近づけてくる。酒臭い。
「あの店員ちゃん、めちゃくちゃカワイイと思わねぇか」
「あ? あぁ」
ハジメがとろんとした目で隣の卓を見やる。
その視線の先を追うと、やはりさっきの店員の女の子がいた。ちょうど唐揚げが山盛りの皿を、隣のテーブルに置くところだった。ウチの3年の先輩がデレデレした顔で何やら絡んでいるようだったが、イヤな態度をおくびにも出さず、満面の笑みで対応している。
「あー、お近づきになりてぇなぁ」
「すずさん、だっけ? まぁ、美人なのはわかるけど」
「はぁ!? おま、何であの子の名前知ってんだよ!?」
「あ?」
( ……何だって?)




