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キュウリ①

 大ニュースだぞ! ユウ!」


 8月初旬。2ヶ月にも及ぶ、長い長い夏休みが始まってすぐの頃。

 その日は昼から部活があったので、いつも通り大学の体育館でバスケに勤しんでいた。

 練習が一区切りつき、水筒を傾けていると、ハジメがいつにも増して意気揚々とそう口火を切ったのだった。


「大ニュース?」

「昨日『じん』に行ったら、はちゃめちゃに可愛いバイトの子がいたんだよ!」

「それのどこが大ニュースなんだよ?」

「いやいや、おま! 来週の部活の飲み会も『じん』だろうが!」


『じん』は桜木町にある、我が部行きつけの居酒屋だ。

 飲み放題コースが2時間3000円という安さに加えて、座敷の大部屋があるので、僕たちのような大所帯の貧乏学生にとって格好の溜まり場だった。素朴なメニューながら、ご飯も美味しいのがいい。


「山吹ぃ! その話詳しく聞かせんかぁ!?」


 と、横で他の先輩と談笑していた部長が会話に乱入してくる。一緒に話していた先輩方も「おいおいマジかよ!」と興味津々だ。公園の池でエサに群がる鯉みたいにゾロゾロとハジメの周りに集まってくる。残念なことに、僕だけが完全に異端のようだった。


「昨日クラスのヤツと『じん』に飲み行ったらなんか見慣れないバイトの子がいてー!」

「ほぉ!」

「『すずちゃん』って名前の子なんスけどぉ、もう読モなんか目じゃないってくらいカワイくてー!」

「ほぉほぉほぉ!!」

「しかもこう、ボンキュッボン……!」

「ほぉぁぁああああああ!?」


 ハジメが口を開くたびに色めき立つ男たち。

 ……付き合ってられない。

 僕はそれ以上話を聞く気になれなくて、そっとその場を離れた。

 しかしハジメのヤツ、名前まで覚えてくるとは。

(よっぽどその子が気に入ったみたいだな……)


 そして翌週--飲み会当日。


 その日の参加人数は30人余りで、部長とハジメはもちろんのこと、沢田先輩の姿もあった。いつも通り座敷席に木製の長テーブルが2列分用意されており、ハジメと部長は入り口側、僕は奥側の席で沢田先輩の隣に座っていた。

 僕は部内だと飲み会の参加頻度は少ない方だが、それは単純に金銭的な問題からである。なので基本的に二次会には行かないが、飲み会自体は嫌いじゃない。

 その日も初めは程よくワイワイしていた。

 が、30分もすると徐々にヒートアップしてくる。飲み会特有の卓のメンバーがグルグル変わる現象は、さながらゲルマン民族の大移動。ワイワイはギャーギャーに退化していき、畳が敷き詰められた大部屋は徐々に猿山の様相を呈し始める。


「キューリうめぇぇぇ!!」


 部長がテーブルの上のキュウリの一本漬けをもぎ取り、バリっと豪快にかじりつく。

 ……飲み会のコースメニューとしては、なかなか珍しい思う。理由は不明だが、この店は何かとキュウリ推しなのである。その理由については店長が実はカッパだからとか、根も葉もない噂もあったりする。


「樺沢って、なんかキュウリ似合うよねー」

「あぁ? そうかぁ?」

「なんでだろねぇ」


 ボリボリとキュウリを豪快に頰張る部長。その姿は何だか、野性味に溢れている感じがある。


「…………」

「あぁ? 何見てんだ沢田ぁ? おれの顔になんかついてんのかぁ?」

「いやー。皮、むかないんだなーと思って」


 ポリポリしていた部長の口の動きが、ピタッと止まる。


「……んん!? どういうことだぁ!?」

「ごめんごめん。いっつもバナナの皮むいてるもんだから……その、てっきり」

「んなしょっちゅう剥いてねぇぞぉ!?」


 部長の大迫力ツッコミが炸裂する。いつの間にか周囲の部員たちもニヤニヤと二人の動向を窺っている。


「つーかこれぁキュウリだろうがぁ! 皮むけねぇわ!」

「でも形似てるじゃん! 何ていうか、こう……ゴリラとしての本能がうずくでしょ!?」

「おれはゴリラじゃなぁい!」

「こういうのを、生命の神秘っていうんだね……」

「ゴ、リ、ラ、じゃ、なぁぁぁい!!」


 部長の素っ頓狂な叫びがトドメになり、周囲がどっと沸く。

 そんなバカ話をして盛り上がっていると、ビールのジョッキも次第に空になっていく。


「お待たせしました~!」


 その時、彼女が現れた。

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