出会い
『ユウちゃん。ウソをつくのって、必ずしも悪いことじゃないと思うの』
そう言ったのは、誰だったろうか。
『その人が大事だからこそ、ウソが必要なこともあるから』
忘れるはずもない。
母さんだ。
かけがえのない、たった一人の、僕の母親。
いつも明るくて、おちゃらけてて。ちょっと抜けてるところもあって。……優しかった。
十数年以上、一つ屋根の下で一緒に暮らしてきて、母さんのことは全部知っていると思ってた。
『でもね』
だけどその時の母さんは……、何だか、僕の知らない人みたいだった。
その時の僕は、『先輩』と別れることになって、失意の底にいた。
ベッドに突っ伏し、枕に顔をうずめる僕。
母さんはその横に腰掛け、そっと、言葉を紡いだ。
僕に。
そして--自分自身に、言い聞かせるかのように。
『大切な人にウソをつくのが……苦しくて苦しくて、どうしようもなくなったら--』
その言葉の続きは、何だったろうか。
…--忘れるはずもない
***
「今日は楽しかったなぁ~」
「うん。すごく楽しかった」
「いつの間にかすっかり暗くなっちゃった」
「もう7時過ぎだもんね」
あの後『MARINE&WALK YOKOHAMA』からクイーンズスクエア周辺まで移動した僕たちは、適当に周囲をぶらついた。彼女の気の向くままに店を出ては入り、出ては入りを繰り返してから、コーヒースタンドでドリンクを買ってベンチでダベった。僕はいつも通りコーヒー。彼女はレモンやミントがゴロゴロ入ったレモネードを、これまた美味しそうに堪能していた。
今はみなとみらい駅からほど近い場所にある、臨港パークに来ていた。ロケーション的に、ちょっとした散歩に使えるスポットなのだ。
そして気づけば、もうこんな時間だ。立花さんといると、時間が経つのが本当に早い。
「夜の臨港パークって雰囲気あるよねぇ」
「海の音がいいよね。ザァ~っていう」
「わかる~」
広い石畳の歩道を挟み、左手には綺麗に手入れされた芝生。右手には一面の海。夜の散歩をする人はもちろんのこと、釣りをしにきている人なんかもチラホラ見受けられる。
「そういえば……初めて立花さんとお茶した日も、ここ来たよね」
「そうそう! わたしが君にお礼したい~って無理言ってね」
「あの日はお昼だったよね。めちゃくちゃ暑かったの覚えてるし」
「夏真っ盛りだったもんね~」
立花さんと初めて出会ったのは、彼女のバイト先の居酒屋--『じん』だった。部活の定例飲み会で行った時のことだ。
そこで紆余曲折あり、連絡先を交換することになって……後日、この近くでお茶をする運びになったのだった。その流れで公園にも足を延ばしたのを覚えている。
「でも最初は君と付き合うことになるなんて全然思わなかったなぁ」
「だろうね。あの時、立花さん怒ってたし……」
「いい加減忘れてよ~! そのあと助けてくれたからそれで帳消しって言ったでしょ~」
「そうだったね。ごめん」
「ふふっ。でもあの時の君、カッコよかったよ! ホントにありがとね」
「う、うん」
「ちょーっと、顔はこわかったけどね~」
「ご、ごめん!」
「あははっ! 今の謝るとこ~?」
「はは……」
あの日は、本当に色々なことがあった。
立花さんと出会えたという意味では、もちろん最高の日だった。
だけどそれとは別に、思い出したくないこともあったりして--…
そう。
僕と立花さんの出会いのきっかけは--「キュウリ」だった。




