秘密
もったいつけてくる彼女。
僕は少しためらったが、ゆっくりとうなずく。
すると彼女はほんの少しだけ、困ったような表情を見せた。
視線を右に逸らし、考え込むように虚空を見つめ--
「言葉を、食べるの」
そんなことを言った。
「わたしね--、人間の言葉を食べないと、生きられないの」
「…………え?」
「それで、言葉を食べると……、そこに込められた気持ちがわかるんだ」
「食べるって……、普通の食べ物みたく食べるってこと? 言葉を?」
「そう」
逆光に照らされ、表情はよく見えない。
でもその雰囲気は、冗談を言っているようには思えなくて--
「私、人間じゃないから」
時間が、止まった気がした。
「わたし、小悪魔なの!」
…………へ?
「こ、小悪魔?」
「そう! 食いしん坊の小悪魔ちゃん! 君みたいな堅物でも、メロメロにしちゃうの!」
「そ、そっかぁ……」
予想斜め上の展開だった。
どちらかというと彼女は、真っ白な羽衣を身にまとった天使か……あるいは女神と言う方がしっくりくる感じもするけど。でもしょっちゅう僕をからかってコロコロ笑うところなんかは--
「確かに、そうかも」
「ふぅ~ん。やっぱメロメロなんだ?」
「え? …………あ」
……やられた。
「いっ……いや、その……」
「ちょ、キョドりすぎだよ! あははっ!」
爆笑しながら、僕の左胸の辺りをペシペシと叩く立花さん。
(……やっぱり、小悪魔だな)
ひとしきり笑い終えた彼女は「は~、おっかし……」と独りごちながら、目尻を拭っている。そして数秒かけて呼吸を整える。
「ほら! 行こ!」
「あっ……ちょ」
彼女はいきなり僕の前から姿を消し、小走りで歩道橋の上を駆け出す。
「置いてくよ~!」
あっという間に半分ほど駆け抜けてから、片手をメガホンにして僕に呼びかける。特に予定もないんだから、急ぐ必要なんてないのに。だけどそんなところも立花さんらしい。
「--待ってよ! 立花さん!」
前方を見据えると、歩道橋の上から望む街並みが広々と開けていた。天高く聳え立つ高層ビルたちが、僕たちを歓迎しているみたいだった。
僕は、右足を踏み出す。彼女に置いていかれないよう、大きく、一歩。
彼女の華奢な肩にかかったハンドバッグが、ゆらゆら揺れていた。
手招きするみたいに、ゆらゆらと。
なぜだか脳裏に、さっきのダイヤル付きのおかしなケースの映像が浮かんだ。
こっちだよ、と。バッグの隙間から、そう聞こえたような気がした。
--この時、僕はまだ知らなかったのだ
立花さんの秘密も。
僕を待ち受ける運命も。




