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トラウマ①

「……っと」


 考え事をしながら階段を上るものだから、途中で段差につまずいて体勢を崩した。慌てて手すりをつかんで事なきを得て、深く息を吐く。

 階段の上に到着し、その先にあったトイレに続く通路に入る。しかし角を曲がったところで、僕の侵入を拒絶する存在が目に飛び込んできた。


「掃除中か……」


 デカデカと「清掃中」と書かれた立て札に行く手を阻まれた僕は、一旦立花さんの元に戻ることにする。正直、用を足すのは考え事のついでだったし。

 僕は彼女の待つ店に戻ろうと、急ぎめに階段を駆け降りる。席の手前まで戻ると、立花さんが誰かと電話をしているのが見えた。

 邪魔しちゃ悪いなと思い、静かに近づく。


「……蘇芳(すおう)。『アレ』の補充をお願い。そろそろなくなるから」


 その声は、今さっきまでの彼女と同一人物とは思えないくらい、冷たかった。

 補充? なくなる? 一体、なんのことだ……?


「お願いね。……ああ、うん。ちゃんと『食べてる』。大丈夫だから」


 ちゃんと食べてる、って……。実家の人が、今日のデートを心配してきたとか?

 結構過保護なご両親だったりするのだろうか。

 僕がソファの前まで来たところで、彼女はハッとこちらに気づき、大きく目を見開く。

 しかしそれも束の間。彼女はニコッと口元を緩めて、スマホを持っていない方の手を小さくフリフリする。


「ごめん、またかけ直すね!」


 通話口にそう言って、立花さんはあっさり電話を切る。

 冷たい声で話していた彼女は、どこかに消え失せてしまったみたいだった。


「早かったね?」

「トイレ、掃除中で使えなかったんだ。……電話、良かったの?」

「うん! 大した用じゃなかったし、気にしなくていいよ」

「そっか」


 明るくそう言う彼女の様子は、いつもとなんら変わりないように見えたので、気にしないことにした。

 それから僕らはクレープ店を出て、オープンモールの中をぶらぶらした。特に何も買うことなく、ウインドウショッピングで終わるかと思われた。が、最後に入ったお店でお眼鏡にかなうものを見つけたらしい。


「これ可愛い! わたしに似合うかな~?」


 僕の方に手のひらを突き出しながら、そう聞いてくる立花さん。

 それは、ゴールドに輝くリング状のピアスだった。付けたら耳たぶが千切れるんじゃないかと思ってしまうくらいに、大きい。

 正直言うと、その主張の強い雰囲気はあまり僕好みではなかった。だが、わざわざそんなことを言う必要はない。そもそも彼女が身につければ、何でも似合うと思った。

 僕はなるべく意識して口角を上げながら、感想を伝えた。


「うん、似合ってると思うよ」

「……ふ~ん。そっか」 


 立花さんのその反応は、僕をドキリとさせた。

 彼女の大きな黒い瞳が、僕の心の中を見透かしているような気がして。

 そんな僕の胸中など露知らず、立花さんはピアスについた小さな値札をめくって値段を確認している。


「じゃあ買っちゃおっと! お会計してくるからちょっと待ってて~」

「うん……」


 彼女はそう言って、小走りで店員さんの元に向かっていった。


「お待たせ! 行こっ」


 程なくしてレジから戻ってきた彼女の耳には、買ったばかりのピアスが揺れていた。その場で値札を外してもらったらしい。

 それはやっぱり彼女に似合っていて、やっぱりちょっと派手だった。


 気持ちを言葉で伝える--…

 先ほど言っていた彼女の言葉を、裏切った気分になった。

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