言葉の真意
「何のこと?」
「……この前の別れ際に」
「……あぁ」
明らかにこのタイミングで聞くべきではなかった。
せっかく楽しい雰囲気だったのに。
だけど--確認せずにはいられなかった。
「ごめんね。困らせちゃったよね」
「いや……」
「あれは、その。あんまり深く考えないで欲しいっていうか」
困ったような表情であさっての方向に目を逸らす立花さん。
いつもハキハキと快活な彼女にしては、歯切れの悪い感じだった。
「……わたしの勝手な気持ちなんだけどね」
彼女の右手のスプーンが皿に置かれ、カチャンと音を立てる。そして心を決めたように、そう前置きして話し始めた。
「あんまり好き好きって、そればっかり言われると冷めるっていうか……」
「……なるほど」
「それだったら、わたしのどういうところが好きなのかなって思ったり。気持ちを具体的に言葉で伝えてくれる方が、嬉しいなって。そう思っちゃうんだよね」
僕の気持ちを、言葉で--…
頭の中に、過去の記憶がフラッシュバックする。その真っ黒いものに支配されそうになった僕を見てどう思ったか、立花さんが早口でフォローを入れてくれる。
「でも勘違いしないでね。好きって言ってくれるのは嬉しいんだよ?」
「う、うん……」
「でも“好き”は、大事な時のために取っておいて欲しいの」
「大事な時…… 」
「うん」
彼女はそう言って、黙りこんでしまう。
そして、ポツリと呟いた。
「いつか来るよ。……きっと」
「……?」
何だか、違和感の残る言葉だった。僕は思わず、右隣に顔を向ける。
「はい、この話終わり! 早く食べないとアイス溶けちゃうよ?」
そこには、再びスプーンを手にした立花さんがいた。いつも通りの、明るい立花さんだ。
「食べないならわたしが食べちゃおっと!」
「あ、ちょ」
そう言って僕の皿にスプーンを入れる立花さん。
思わず情けない声を上げる僕を見て、彼女が「あははっ!」と無邪気に笑う。その笑顔はスポットライトみたいに眩しくて、湿っぽい雰囲気を一瞬にして塗りつぶしてしまう。
だけど彼女の言ったことは、僕の心に暗い影を落としていた。
どれだけ彼女の笑顔に照らされようと、その影が消え去ることはなかった。
ひとしきりクレープを詰め込むと、さすがにお腹も冷たくなってきた。
「立花さん、ごめん。ちょっとお手洗い行ってきていい?」
「はーい。行ってらっしゃい」
僕は、早足で店を出る。催してきたのは紛れもない事実だが、少し一人になりたかった。
(気持ちを言葉で伝える……、か)
彼女の魅力的なところを挙げろというのであれば、簡単だ。いくらでも思い付く。軽く大学ノート1ページ分は埋めることができるだろう。
でも“好き”なところと言われた瞬間、その文字はかすれてしまう。インク切れのボールペンで書かれたみたいに、内容が読み取れなくなってしまうのだ。
(あれからもう、3年と半年か)
あの日から、僕は一つの考えに支配され続けている。
--僕には、『人を好きになる力』がない
僕は、バスケが大好きだった。
部活中は休憩時間も惜しく、ひたすら練習した。
部活が終わった後、体育館で居残り練習した。
休みの日も、市民体育館や公園で夢中になって練習した。
毎日がきらめいていた。全身から飛び散る汗で、キラキラと。
そして高一の春。
女バス部に憧れの『先輩』ができた。
一目惚れ。そんな経験は、後にも先にもあの時だけだと思う。
大切な人だった。人生で初めて好きになった“はず”の人。
その人のおかげで、僕の青春はより一層、輝きを増した。
ずっとこの時間が続けばいい。一生続けばいい。
本気でそう思ってた。
だけど僕は--その人を、深く傷つけた。
その記憶はいつまでも消えることがない。脳みそに直接、焼印を押されたかのように。
それから、全てが変わってしまった。
僕は、バスケが大嫌いだ。
憎い--とすら言えるかもしれない。
だけど、それ以来初めて、特別な感情を抱いた女性ができた。立花さんだ。
彼女なら、あるいは。
そんなふうに思える女性ができるなんて、これっぽっちも思っていなかった。だから散々迷った挙句、告白した。
(でも……)
無意識にズボンのポケットの中に、手を突っ込む。
そこには、いつも持ち歩いている、母さんのお守りの感触。
それは僕の心を落ち着けてはくれたが……、癒やしてはくれなかった。
告白したのは--やっぱり、間違いだったのかもしれない。




