クレープの食べ方②
「……スプーン」
「え?」
今僕たちの両手に握られているのは、ナイフとフォーク。
そしてそれらが元々置かれていた場所にはもう一つの武器、すなわちスプーンがある。
「スプーン使うと、案外食べやすいかも」
「これ、アイス食べる用じゃないの?」
「そうかもだけど……、無理にナイフとフォーク使う必要もないんじゃないかなーって」
「ほ~?」
RPGゲームと同じだ。たとえ普段は剣使いであっても、敵によって槍を使った方がいい場面があったりする。動きが鈍い代わりに、接近すると手痛い反撃をしてくるヤツとか。
「たしかに……見た目が豪華な食べ物って、ナイフとフォークでキレーに食べなきゃみたいなのあるかも」
「わかるわかる」
「でもそれで一番おいしく食べれるなら、絶対そっちのがいいね! 君、めちゃめちゃいいこと言った!」
「はは……ちょっと褒めすぎじゃない?」
「全然褒めすぎじゃないよ!」
ずいっと、彼女の顔が近づく。
その目は爛々と輝いていて、いつもの冗談っぽい感じとは違って見えた。
本当に、食べ物のことになると目がないな。思えば、初めて出会った時もそうだった。
「試してみよ!」
立花さんは早速ナイフとフォークを傍に置き、代わりにスプーンを右手に取る。
まずスプーンで生地を突いていい感じの大きさに砕き、バナナやアイス、ナッツなどを一緒にすくって、そのまま口の中にシュートする。
それらは一つの具材も溢れることなく、綺麗に立花さんの口内にゴールした。
「……え、待って待って。ホントに食べやすいかも」
「やっぱり?」
口元に手をやって、もぐもぐする彼女と視線を交わす。
一瞬間が空いて、立花さんが瞳をキラキラ輝かせて興奮気味に感想を言った。
「……めっちゃ食べやすいよこれ! 君、天才!?」
「はは、そんなに?」
「ほんとに! てか、もはやスプーンしか勝たんわこれ! あははっ……なんかジワってきた!」
何やらおかしなツボに入ったらしく、彼女は口元に手を当てながらコロコロと笑っている。
そしてその勢いのまま、僕の肩にとすんと頭を預けてくる。
ドキン、と心臓が跳ねた。
その髪から漂う甘い匂いが、鼻腔を経由して頭にまで届き、充満する。
それは夜更かしして翌日の昼間に起きてしまった時みたいに、僕の頭をポーっとさせた。
(いけないいけない)
僕はふるふると首を小さく振り、何とか正気を取り戻す。
「ねぇ、そっちのも食べたい!」
「どうぞ」
「いえーい」
そう言って嬉しそうにこちらの皿にスプーンを伸ばしてくる彼女。僕のクレープを頰張りながら「こっちもおいし~」と幸せそうに目尻を下げる。
「君も、わたしのクレープ食べる?」
「あ……うん。じゃあ、もらおうかな」
「あーん、してあげよっか?」
「え? いや、そんな」
「ありゃ、いいの? あとで後悔しても知らないからね~」
「はは……」
立花さんの提案はあまりにも魅力的だったが、結局僕は普通にクレープをもらうことにする。
「はぁ~、やっぱおいしいもの食べてる時が一番幸せだわ~」
「立花さんって、何でもすごく美味しそうに食べるよね」
出会ってからまだ数回目のデートだが、立花さんとのデートは食べ歩きになることが多かった。しかもスラリとした細い体型に似合わず、彼女は結構食べるのだ。下手すれば僕よりも。
そして本人の言う通り、その時の立花さんはホワホワとした幸せオーラを放っている。それはもう、惜しげもなく全身から。デート中は常に明るく楽しそうな彼女だが、食べ物を頰張っている時は……空気感が少し違う気がする。
僕の言葉を聞いて、えへへと少し照れたように笑った立花さんは「でもでも」と付け足す。
「君と一緒に食べてるともっと幸せ! 何だかいつもより美味しく感じちゃうなぁ」
「……!」
ストレートすぎるその言葉に意表をつかれ、思わずドギマギしてしまう。
すごく、嬉しかった。
僕も伝えなければ。彼女に伝えるべきこと。自分の、気持ちを。
「……俺も、立花さんといると……その、すごく幸せだよ」
それを聞いた立花さんは、モグモグさせていた口の中のものをゴクリと飲み込んだかと思うと、「ふふっ」と小さく笑った。
「それ、本当に思ってる?」
(--え?)
その瞬間、氷のように冷たいものが、僕の背筋を撫でるのを感じた。
(なんで、そんなことを聞くの)
真っ先に思ったのは、それだった。
ただの軽口だ。僕がまごまごしたから、いつものようにからかっているのだろう。
そんなことは、わかっているのに。
「……ちゃんと思ってるよ」
「そっか! 君もそう思ってくれてて嬉しいな」
立花さんは気にしたふうもなくそう言って、クレープにスプーンを突っ込む作業を再開する。
しかし僕の胸には、重くて冷たいものがのしかかったままだった。
「……立花さん」
「ん?」
そして気づけば、
「なんで、あんなこと言ったの?」
口が勝手に動いていた。




