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窓辺の君と煌めき  作者: さかいさき
8/12

8.接触



内心の動揺を必死に隠し、今後の進め方の相談を、と口を開こうとしたところ、壁にかかった時計を眺めたヴォラク卿がいそいそと立ち上がる。

「次の予定がある」と言う彼に、カレンは具体的な話がまだ何もできていない事実に大きな焦りを感じた。



「あとはダレルに任せるよ。カレン嬢はこちらで話を続けてくれ。エルンスト、君は同行してくれるかい?君が来ると聞いて、ヴァーリが話をしたい、と言っていてね。顔繋ぎを頼まれているんだ」



ヴォラク卿の言葉に諾を応えた室長は、「帰りの馬車はダレルに手配してもらうように」とだけ言い残すと、卿とともに部屋をでていった。

あっという間に二人きりにされた室内に、当惑するカレンは何度目かわからない助けを心中で求めた。




「慌ただしい上司ですまない」


「‥‥とんでもございません」


カレンの内心などいざ知らず、目の前の白銀が丁寧に詫びる。

なんとか一言だけ返すが、また愛想のない返事を‥!と内心ではじたばたとしていた。



「週に2,3度こちらへお伺いいたしますので、現在の受付係の方のご負担になっている箇所や、設置場所、ご準備いただく資源に制限があればお聞かせいただきたく存じます。お伺いした内容をもとに、機械をこちら向けに改良して、お納めする予定でございます。アッシャー様のご都合をお聞かせいただけませんでしょうか」


動揺が現れない自分の外見に感謝しながら、ツラツラと、予定していた質問を投げかける。

猛威を振るう内心とは裏腹に、かしこまった言葉を冷静に吐き出せたのは、事前の準備の賜物だろう。こればかりは、この場を作り上げた張本人でもある室長に感謝した。



「カレン嬢。そんなにかしこまってくれなくて構わない。俺は貴族でも何でもない、君と同じただの公人だ。訪問についてだが、碧の塔には週に2度訪問している。その際に時間をとるので、そちらで話をさせてもらえないだろうか」


「そんな、ご足労をおかけするだなんてとんでもない‥‥!」


「どうせ、あそこに行くと2,3時間待たされることがある。君も登城の手間が省けるし、こちらとしても特に負担はない。君に来てもらうより、よほど効率が良いだろう」


「‥それではお言葉に甘えてそのように」


上司のコネで受けた発注といえど、お客様だ。訪問いただくなど、とんでもないことだと考え、焦って反論するも最終的には瞼を伏せ応諾の言を返す。



「特に決まった曜日や時間があるわけではないのだが良いだろうか。訪問したタイミングで次の訪問日を相談しているもので」


「構いません。次回はいつのご予定でしょうか」


「2日後の昼前だ。そのあとは特に予定がないから、昼食後の時間で伺っても良いだろうか」


「かしこまりました。塔内の応接室を手配しておきます。明日にはアッシャー様宛てにくわしい場所のご連絡を差し上げます」


「ダレルでいい。君たちのところは皆、名で呼び合っているだろう。上がああだから、君たちとはそう距離が遠くない」


俺も勝手にカレン嬢と呼んでいるしな、そう続けると、口角を上げて微笑む姿に、帰るころには目が焼かれて見えなくなっているかもしれない、と見当違いな心配をし始める。



「はい、ではダレル様と」


「様もいらない」


「ダレルさん‥?」


そうだ、と満足そうに目を細めた彼に、今度こそ顔に熱が集まるのを感じた。


「アリシア嬢と同い年だと聞いた。俺ともそう変わらん。そう気を遣って遜ってみせられると、こちらも構えるからな」


熱をごまかすように、カップに手を伸ばすと、クツクツと喉を鳴らすような音が聞こえた気がした。

繕いようのない朱色の頬をさらしながら、「二日後までに素案を作成します」と伝えれば「ああ」と短く返される。

立ち上がり、扉の向こうへ何か言づけたダレルに「馬車の手配を頼んだから、もう少しだけここに居ればいい」と告げられた。




動揺をおくびにも出さず、心の中だけで悲鳴を上げていたカレンはもう過去のもの、すっかり頬を染め上げた姿は、食べごろの林檎のように真っ赤だ。

この先2人でやり取りをすると告げられ、部屋に2人きりにされ、さらには名前をよばれ、呼ばされと、一連のやり取りにカレンの心の許容量はとうに超えている。


「こう天気がいいと眠くなるな」


「確かに少しお昼寝したくなってしまいますね」


「この陽気では仕方あるまい」


唐突に、窓の外を眺めながら溢された彼の言葉に「まぎれもなく昼寝の彼だわ」と再認識する。

頬を染めて眩しそうに窓の外を見つめるカレンを、まっすぐに見つめる視線があることに彼女は気がつかなかった。






◇◇◇





「馬車の用意ができた」



声がかかり、応接室を辞したのは、その5分ほど後であった。

部屋から玄関まで見送りに出てくれた彼に、恐縮しっぱなしだったのは言うまでもない。

手配してもらった馬車へ乗り込み、誰の視線もなくなると、カレンは体から一気に力が抜け、革張りの椅子にへたり込んでしまった。

そのままぼうっと揺られているうちに、塔にたどりつき、なんとか南の部屋まで戻ると、カレンの姿を確認したアリシアが瞳をキラキラと輝かせていた。




「どうだった?」


「ダレルさんが担当になったわ」



常であれば子猫のような見た目のアリシアも、今は散歩前の小型犬のようだった。ワクワクと声をかける背後には揺れる尾が見える気がする。

彼の名を呼んで返したカレンに、感嘆の悲鳴を上げたアリシアは「うるせぇ」とトラヴィスに一蹴されていた。

話がしたくて仕方がない、といった表情でこちらをみつめる彼女が「進捗確認するぞ」とトラヴィスに隣の間へ引っ張っていかれるのを見送ると、カレンはへなへなと自席に座り込んだ。





「ふーん」



トラヴィス達の打ち合わせ、ということは部屋で留守番している量産化組は全員打ち合わせにいったはずだ。

誰もいないと安心して気を抜いたカレンだったが意地の悪そうなニヤニヤとした声に、バッと顔を上げた。

長い髪が揺れるほどの勢いをつけて、上げた顔の先には、声色の通りの笑みを浮かべたヒューゴがいる。カレンたちよりも後に訪問の予定が入っていたはずなのに。どうやらすでに戻ってきていた様子だった。


あれだけ熱心に窓の外を見つめていたのだ。アリシア以外の面々にも、カレンが何かに執心していることは筒抜けだったが、それがダレルのことである、という事実までは、ばれていなかったはずだ。


「そういうことね」


何か合点がいった様子のヒューゴは、既に普段通りの無表情だったが、どこか安心した様子にも見えた。






「今日は絶対飲みにいくからね」


会議室から戻ったアリシアが強い視線と共に宣言する。有無を言わさない言葉だが、今日何度も助けを求めた彼女の申し出はカレンにとっても天恵のようなものだった。


出かけるためには定刻までに仕事を終わらせなければ。

昼過ぎの顔合わせでしばしば話をして戻ってきて現在。終業の鐘がなるまではあと1時間と少しといったところだ。

まずは2日後の応接室を手配し、それから素案の作成に手をつけた。






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