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窓辺の君と煌めき  作者: さかいさき
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1.心機一転



「本日よりお世話になります、カレン・クレイバーグと申します」


春も浅く、風の冷たさが残る、ある朝


部屋に足を踏み入れた女性は促されるままに名乗る。言葉の後、曲げた腰に続くように、彼女の長く艶々とした髪がさらりと背中を伝った。



カレン・クレイバーグ 24歳

緩くウェーブのかかった色素の薄い墨色の髪に、青みの強い深紫のアーモンドアイ。すらりと背が高く、まさに「凛とした」女性である。

先日まで、王都市街の商家に勤めていた彼女は、本日より晴れてここ「論理回路応用室」の技師となった。



ハノンビアス王国が王都・イリヤの南端 碧の塔

「国内最高峰の研究機関」とは良く言ったもので、植物学・地学といった自然科学から、星読みや、まじないといった占術の類まで、なんでもござれな塔である。

その名の通り、碧色に輝く塔の2階、南向きの大きな窓のある日当たりの良い1室が今日からカレンの新たな職場であった。


緊張を悟られぬよう、ゆったりとした動作で頭を上げると、視線だけで室内を見回す。

入口に対して直角に設置され、向かい合うように2列に並んだ6台の机。部屋まで案内してくれた男性とカレン自身を含めても人数が一致しないが、机の数からみるに今日から5人が同僚となるようだ。



「論理回路応用室」は論理回路と呼ばれる書き物を組み合わせ、人々の暮らしに役立てることを目的とした王立機関である。

論理回路を扱うことの出来る技師は市井にも多く存在したが、それらを組み合わせて新たな道具を発明するといった仕事がこの研究室の役割であった。


論理回路の組み込まれた道具といえば、2つの数字を書き込むと、足し合わせた数字を出力してくれる計算機や、備え付けの皿に物を載せると重さを測ってくれる測量機と言った簡単な道具が一般的である。とはいってもこれらはこの碧の塔内のいくつかの研究室の叡知を結集して開発されたものであった。

塔内で開発された道具の設計図が、国内の技師が所属する工房や商家に伝搬・量産されて初めて、碧の塔の研究は人々の暮らしの役に立つ。

カレンは、そうした国から伝搬された道具の「量産を行う」商家に所属した技師であったが、「発明を行う」論理回路応用室に「転職してきた」というわけであった。




前任者が座っていたという、部屋の最奥・窓際の1席に案内され、改めて、室内の面々と向かい合う。


「トラヴィスだ。よろしく」



座って書き物をするより、訓練場で剣を振っていそうね。カレンは心の中でだけ呟いた。

立ち上がって迎え入れてくれた同僚たちのなかで、最初に口を開いたのは、真正面にたつ初老というには年若い男性だ。

短く切りそろえられた黒髪に鍛え上げられたがっしりとした体躯。あまり愛想もなく短く名前だけを名乗った姿はいかにも見た目通りの無骨な印象を受ける。


「トラヴィスさん、そんなクールな挨拶も素敵だけど、もう一声!」

「そう言われてもなぁ」



それだけ?何をしている人なのかしら。と疑問に思ったのも束の間、カレンのすぐ隣でニコニコと笑っていた女性が声を上げた。

黒く短い髪をかきながら、眉尻を下げる姿に不愛想そう、という印象は一瞬で覆った。



「現場リーダーのトラヴィスさんよ。室長は外回りが多くて不在がちだから、業務で判断に迷ったらトラヴィスさんを頼ればいいわ」


高く愛らしい声でありながらも、不快な印象を受けない話し方で、トラヴィスを紹介してくれた彼女はアリシアと名乗った。

肩より長い程度の赤毛で、こめかみ付近を両側とも太めの黒のピンでおさえている。グリーンの瞳と小柄な体系も相まって、トラ猫のような印象を受けた。


「カレンさん、同い年って聞いているわ。ジーン先輩がいなくなって、女性1人になっちゃうかと思っていたから、とっても楽しみにしていたの。業務以外でも、困ることがあったら、私に相談してね。出来る限り力になるわ」


早く話しかけたくて仕方がなかった、と言わんばかりのニッコリとした笑顔を向けられて、思わずこちらも笑みがこぼれる。

クールに見える見た目のせいか、初対面の人に怯えられがちなカレンにとって、こうして温かく迎え入れてくれる彼女の存在は、大いに緊張をやわらげた。


「みんな大体名前で呼び合っているわ。私のことはアリシアと呼んで頂戴」


「ありがとう。私もカレンでいいわ。遠慮なく頼らせていただくわね」


「次、ヒューゴさんどーぞっ」


心から歓迎してくれているのが伝わる態度のアリシアとは対照的に、興味なさそうにやり取りを眺めていた男性が口を開く。トラヴィスの隣でアリシアの正面の席。少し伸びたふわふわの濃紺の髪に、同じ色のフレームの太い眼鏡をかけ、背中を丸めている姿は、いかにも研究者とった装いだった。


「ヒューゴ・ノーランです。まぁ困ったらアリシアとかいるから、ね」


遠回しに、頼ってくれるなよと言われている気にはなったが、流せてしまう不思議な魅力があるのは整った容姿のせいか。

「こんなこと言ってるけど、聞けば答えてくれるから」とフォローを入れるアリシアに「余計なこと言うな」とすかさず切返している。この姿をみるに、なんだかんだと言いながら、面倒見はよさそうだった。





「入口でも挨拶いたしましたが、改めてブレット・ベン・バルマーと申します。」


よろしくお願いいたします、と丁寧にあいさつしてくれたのは、ここまで案内してくれた彼だった。

栗色の髪はしっかりとなでつけられ、いかにもおぼっちゃま然としている。

バルマーといえば、王都から近い伯爵家の姓で、聞くに彼はそこの三男だそうだ。初出勤のお出迎えにいきなり貴族の方が現れて、全く面食らったものだ。

兄2人姉2人の5人兄弟の末っ子で、実家を出て王都暮らしをしている、平民のようなものなのだと、この部屋までの道すがら懇懇と話してくれたが、きっちりと整えられた髪や、皺一つないパリッとしたシャツに育ちの良さがにじみ出ている。

席は扉の一番近く、アリシアの隣。この部屋での雑用は主に彼の仕事だそうで、どうやら本当に貴族扱いされていないことがうかがえた。




「室長はたまにしか来ないので、これで全員かな」

「上司の方にご挨拶しないなんて、良いのかしら」

「いいのよ、いないのが悪いんだし」



ブレットの向かいで、ヒューゴの隣。役付きの方が座るというのに他の面々と変わらぬ机が配置された席が、本日不在の上司の席だそうだ。出勤初日に上司にご挨拶もできないなんて、と思わざるを得ない。

というのも、一般的に職場の責任者とは事前に顔合わせをするものだが、カレンが先日挨拶に来た際にも「急用で」とお目通りが適わず、さらに上の方に代理でご挨拶させていただいていた。

曰く、室長は普段からほとんど不在にしており、使用されていない机に埃がたまらぬようブレット君が毎日せっせとはたきで叩いているとのこと。ふらっと現れては、王城や塔内の他部署からの開発依頼を持ってくるそうで、「主に仕事をとってくるのが仕事」な上司だそうだ。


「そんな上司だから、本当にいいのよ、これで全員よ。さて、初日からでほんっとうに申し訳ないんだけど‥」


挨拶もそこそこに、パンと勢いよく両手を合わせたアリシアが、縋るような顔付きで語りだす。


「本当は塔内の食堂とか、ルールとか、絶好のお昼寝スポットとか、説明しなきゃいけないこと、たっくさんあるんだけど」


そう前置きしながらも、今日から自席となった机に容赦なく紙の束が積み上げられる。




「要件書き、設計書、こっちが変換器にかける前の論理回路。で、これが一昨日分までの試験報告書よ」


並べられた一つ一つの束を指さしながら説明され、薄々と察しがついてくる。

隣の彼女は「せめて、口頭で説明したいところなのだけれど」とか「急にこんなの見せられてもわからないことばかりだと思うのだけれど」などと言い訳を並べながら「まずは一通り目を通してほしい」と締めくくり、慌ただしく席につくと、手を動かし始めた。

挨拶の為に手を止めていてくれた他の面々も、アリシアがカレンにあれこれと話しかけている姿を確認すると自身の作業に戻ったようだ。

時計をみれば、入室してまだ10分ほどしか経っていない。カレンは「技師あるある 転職先が炎上中、ね」と心の中で呟くと、積まれた紙の束に手を伸ばした。



初投稿です。よろしくお願いします

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