第94話 戦えぼくらの虹色戦隊-3
「神はいるか、いないか。そもそも定義とは何か? それを考えていると、人は寿命を迎えて死ぬ。だから誰も答えにたどり着けない」
声が、聞こえた。
和久井はため息をついて俯いた。
「そんなことを月神が言ってた」
「本当に、テメェはどっからでも湧いてくるよな」
舞鶴に虹色の光が当てられた。
真並光悟は和久井の隣に座る。
「俺は思う。その道の途中に、人は答えに近いものを見つけたんだ。それを可視化していく」
「はぁ」
「ティクスがその一つだ」
和久井はよくわからなかった。だから悪態をついておく。
「お前さ、いろんなヤツにやばい宗教やってるとか噂されてたよな。今ならマジで理解できるわ」
「みんな、正義という言葉を見失った」
「え?」
「光、希望、平和。そのあまりにも愚直な言葉を人は信じられなくなった。それを利用する人間がいたことは事実だが、それでもきっと信じ続けることはできた筈なのに。いつからだろうか……? わからない」
それは光悟の言葉なのか、それとも、彼の中に入っているティクスの嘆きなのか。
「和久井、これがお前の望んだ未来か?」
和久井はなんだか悔しくなった。
「これがお前の正義の末路か?」
和久井はなんだか情けなくなった。
「和久井、それはきっと『彼』も、同じ気持ちなんだろう」
「うるせぇ、わかってる!」
和久井は気を失っている舞鶴を見つめた。
「なあ光悟、お前ってさ、なんでもできるのか?」
和久井が一つのプランを口にする。
「できる。ティクスが第三十八話で同じようなことをしていたからな」
「すげぇな。はは……、じゃあ頼むわ」
◆
ルナが父と母になる人へ挨拶に向かった時のことだ。
二人はルナのことを快く迎えてくれた。まあ一緒に住むのではなく、あくまでも戸籍上だったからというのもあるだろうが。
「紅茶が好きだって聞いたから口に合うといいけど」
養母は、やたらと高そうな紅茶をごちそうしてくれた。とてもいい香りだった。
隣にはこれまた高そうなケーキがあって。ルナはそれを美味しく頂いた。
そこでルナは部屋の奥に、女の子の写真を見つけた。
それは箱の中にあった。
隣にいた月神があれは仏壇というもので、中にいる少女は養母たちの一人娘であると教えてくれた。
名は、美琴というらしい。
「治ったら、紅葉を見に行こう……」
ふと、養父はそう口にした。
それがあの時の口癖だったと教えてくれた。
病院のベッドで寝ている娘へ、かつて元気だった時に家族で見に行った紅葉が綺麗なお城へ行こう。
そこであの時みたいにソフトクリームを食べようと、何度も言って励ましたらしい。
「同じ夢を見ていた。虚しい夢を」
そう呟いた養父の顔を、ルナは一生忘れない。
彼は、いやきっと彼らは、幻想の中で旅立った。
奇跡か、はたまた医療の超進化により娘が治り、家族揃って紅葉を見にいって甘くて冷たいソフトクリームを舐める。
美琴はきっとあの時みたいにほっぺにクリームをつけて無邪気に笑うのだろう。
それをずっと妄想した。
病院の中で、受付の中で、帰宅途中の車の中で、シャワーの中で、ベッドの中で。
繰り返す妄想は真実ではない。
うなされる娘が目の前にいるのに彼らは夢の中で笑顔の娘と戯れる。
大丈夫。必ず治る。笑顔で嘘を隠し続けた。微笑みながら死に向かって歩いた。
家族の明るい未来を夢見ながら、癌患者とすれ違う。
元気になった美琴と遊園地に行った。
温泉でおいしいご飯を食べた。
美琴が彼氏を連れてきた。
結婚して、子供を産んで、結婚式で泣いて、孫を産んで、帰ってきて。
お祖父ちゃん。お祖母ちゃん。私は、私たちは幸せで――
「すべて幻だった。美琴は一度もよくなることなく死んだよ」
「………」
「行けもしない場所、ありもしない幸せを夢見た」
ルナは養母が泣いていることに気づいた。
ハンカチを握りしめて静かに泣いていた。
ルナは美琴を見る。彼女は紅葉の下で笑っていた。
「魔法が欲しかった。美琴が元気でいてくれれば、それでよかったのに……」
養父が消え入りそうな声で呟いた。
この人たちはどんな気持ちで私を受け入れてくれたのだろうか。ルナは考えた。
考えて、考えて、考えた。
その日は養父たちの家に泊まった。
翌日、目覚めた養父と養母は、庭へ飛び出した。
そこで泣き崩れた。
庭いっぱいに季節外れの紅葉があった。
「ホホホ! お義父様! お義母様! 私、魔法が使えますの!」
紅葉がヒラヒラと舞い落ちるなかで、ルナは腕を組んで笑った。
「あの時、私が感じたとても大きなものこそ、命の重さなのだと思ってるわ」
「そう。それがお前たちの中にある。そしてこれから抱えて生きていくものだ」
ミモたちの間を、月神とルナが歩いていく。
「重いぞ。落とさないようにせいぜい気をつけな」
月神は小さく笑った。
そこで虹色の薄明光線と共に光悟が舞い降りてくる。
三人は同じ方向を睨む。だからなのか、そこにあった大樹ユグドラスが大きく揺れはじめた。
幹が崩壊していく。
そこにあったのは樹ではなく、巨大な機械のタワーであった。
大きく広がる葉も同じくして湖に落ちていった。
「とことん性根の腐った連中ね」
ルナの言うとおりだ。
大樹の葉に隠れていたものが姿を現す。それこそゲロルの超巨大UFOだった。
つまりユグドラスこそゲロルが拠点にしていた場所だった。
『インベーダーゲームにおいて、まさかこれを使うことになるとはな』
ゲロル星人の声が聞こえた。
巨大UFOでの直接破壊行為。
寄生して、内部からジワジワとなぶり殺しにしていくスタイルを好むために使ったのは一度か二度だった。
しかしいずれも星ごと塵になった。それは今回も同じだ。
「ってか、マジでッ、やばくない?」
ミモが真っ青になってモアの背に隠れる。
確かに、超巨大なUFOは迫力があるが、なんとなく消えていない安心感。
「月神、頼む」
「ああ」
月神は前に出る。その表情には欠片の焦りもない。
「墜とす」
ホルダーから三本の刀が鞘に入ったまま分離し、宙に浮かぶ。
刀はそのまま一列に並んだ。するとどうだ。鍔以外が光となって一つに交わったではないか。
三つの鍔も重なり合い、やがてそれは一本の太刀を作り出す。
月神がそれを掴むと、激しいエネルギーが体を駆け巡り、エクリプススーツが耐え切れずに粒子となった。
犬の耳と尻尾が見えるが、服装が変わっている。
鎧に陣羽織、そして桃の紋章が刻まれた鉢巻き。
長くなる髪も、さらに長く。さらに背中には『日本一』と書かれたのぼり旗があった。
「我こそは正義!」
桃牙。
それは漫画『月牙の刃』にて、柴丸が手にした最強の刀である。
ちょうどその時、UFO下部にある無数の赤い円が光った。
『死滅しろ!』
ゲロル星人が操縦席にてボタンを押した。
すると赤い円から無数のレーザーが発射され、フィーネに直撃した。
魔法少女たちの悲鳴が聞こえる。
すさまじい衝撃と轟音だった。建物が破壊され、学びの校舎は一瞬で粉々になる。
それだけじゃない。住んでいた家も、よく行っていたカラオケも、公園も、蒸発し、融解し、分解され、消えていく。
『!』
ゲロルは見た。爆煙の中でさえも燦然と輝くピンク色の結界。
それは魔法少女たちや光悟たちをまるごと包み込む。大きな大きな『桃』の形をしていた。
「ノブレスオブリージュ! おれの力は何にも屈しない。最強であるがゆえに!」
月神が持っていた旗がシールドを展開していたようだ。
そのまま大きく振るって靡かせる。『日本一』の文字が揺れると、桃がパカンと割れて吸収していたレーザーが割れ目から発射されていき、UFOに直撃していく。
『ヌゥウウア!』
衝撃と警告音。ゲロルは苛立ちからコックピットを殴りつける。
UFOから小型の無人戦闘機がいくつも発射され、猛スピードで月神たちのもとへ飛んでくる。
月神は鼻を鳴らし、持っていた旗の石突を地面に打ち付けた。
すると彼の周りに桃型の光球がいくつも出現する。
さらにもう一度地面を突くと、光球はさらに増加される。
最後にもう一度地面を叩くと、光球がまだまだ増えて月神の周りに留まる。
「どんッ!」
旗を振った時、桃型の光球が飛んでいく。
それは目にもとまらぬスピードで縦横無尽に飛びまわり、向かってきた戦闘機に直撃して破壊する。
「ぶらァアッ!」
月神は旗を大きく振る。
光球はさらに加速して、戦闘機を撃ち抜いた。
「こォーッッ!!」
気づけば、UFOから出てきた戦闘機は一機も残っていなかった。
見えたのは炎と破片だけ。
「強い――ッ!」
イゼから漏れた声。すると月神はウン! と大きく頷いた。
イマジンツールには一つ大きなシステムがある。
ティクスが相手の悪レベルに応じて強くなるように、共通する強化ポイントがあった。
「当然だ!」
それは融合している道具を"愛している"かどうかだ。
柴丸を、そしてその裏にある月牙の刃を。その愛によって能力は上昇する。
「おれの思い出が! 殺意に負ける筈がない!」
旗を投げ捨てると、太刀を構えて腰を落とす。
鞘のサイドに隙間があり、そこから刀をスライドさせて抜くと、鞘を地面に落とす。
長い刀を両手で持って、月神は狙いを定める。
「一桃両断! 悪をッ、断つ――ッッ!」
そこで、踏み込んだ。
「総牙星破斬ッッ!!」
空間に一本の線が走った直後、UFOが綺麗に割れた。