第93話 戦えぼくらの虹色戦隊-2
病院のロビーで和久井は座っていた。
肉人形たちの残骸がそこらに転がっている。
偽物だと説明されても、見ていて気持ちのいいものではない。
ライガーたちが残骸を集めて隅っこに寄せてくれたものの、これがまた肉の塊であることを強調している気がして、和久井は鬱々としていた。
気持ちの置き場所がよくわからない。
光悟たちが戦ってくれているなかで和久井は椅子に座っていて、その隣には舞鶴がしがみついている。
舞鶴は和久井の胸に顔を埋めていて表情がわからない。
光悟は和久井に、これはお前の物語であると言った。
だとするなら、いったいこれはどういうシーンなんだ?
どのあたりのシーンなんだ? 考えてみるが、サッパリだった。
そもそもオレは、なんでココに来たんだっけ?
「……なあ、舞鶴。あのさ、別に無理にくっついてなくてもいいんだぞ」
「ダメ」
「ん、ダメ? とは?」
「リューシーに魂が入ったら和久井は裏切るでしょ?」
「………」
リューシーとは前に見ていたアニメのヒロインの一人だった。
えげちぃくらい可愛いなコイツ。そう言いながらフィギュアを買った。
あまりフィギュアは買わないが、買う時は買う。
だって、えげちぃくらい可愛かったから。
「捨てる、から。元の、世界に、帰っ……たら。ああいうフィギュア、全部捨てる」
「そういうパターンね。いやいや、それはよくないんじゃないかな舞鶴さん。だってほら、ネットでもそういう女って叩かれてるだろ?」
「不倫してる男だって叩かれてる。ああいうのは永遠に干されればいい。つか、死ね。そういう人間生んだ親とかも死ね。殺されろ。頭のおかしい●●●●に」
「こらこら! そういうことを簡単に言うもんじゃありません!」
「じゃあ言わせんなよ! 悲しいことをこれ以上! 私の口から!!」
「いきなり叫ぶ女になっちゃいけません! つーかお前アレだよ。安心しろよ。オレはリューシーが犯される本で抜いたことあるけど、お前のえちえちな画像は一度も検索したことがないよ? ん? ちょっと待って。これフォローになってる? なってないな。ごめんな。忘れてな。かわりにオレが自分の頬にビンタかますから。いくよ、いくよ? ほらッ! いてッッ! ほらね?」
「セックス、する?」
「どういう流れなんだよ! お、おいやめろ。そんなとこ触るなって!」
正直、本音を言うとちょっとしたかったが、こんなところで雑に消化するものじゃないと思う。
そもそも光悟たちは戦いに行ってるわけで勃つものも勃たない。
(いや、でもちょっと待てよ。童貞卒業がアニメキャラなんてこの先、一生ないかもしれないし、肉人形が解除されたらヤれるかどうかもわからんし……)
結果。
「ごめん舞鶴。やっぱお願いしようかな?」
そこで首に激痛が走った。
悲鳴をあげて立ち上がると、パピが首筋に噛みついていた。
『カス人間が! 死ね!!』
「いでででで! 離せテメェ! ぶっ殺すぞ!」
パピは椅子に着地すると、和久井を睨みつけてから、舞鶴を見る。
『もっと自分を大切にして! じゃないとアンタ、ずっと辛いままなんだから。残念だけど、どうでもいいヤツとでもエッチはできるらしいのよね』
舞鶴の表情は変わらない。淀んだ瞳でパピを見ていた。
「つうかお前、まだネコのままなのかよ」
『アマテラスが遠隔でエクリプスのバグを直してくれて、ぶっちゃけもう戻れるけど、戻ったらそれはそれでヤバヤバなんでしょ?』
「あぁ、お前が死ぬんだ瞬間、アダムが創生魔術を使えるようになるんだっけな」
『ヴォイスが複製してくれた賢者の石は創生魔法を使った時点で消えちゃったんだけど、きっと向こうは別の作品引っ張り出してきて、またなんとかするんでしょ?』
なんだか複雑よね、パピはそう唸った。
創生魔術を発動するにはパピの中にある『曜日の魔術師が持ってる魔力』が必要な筈だ。
だが、これがアダムのものになったらば彼の中にある『魔王候補が持っている魔力』を増幅すれば発動できるのだろう。
アダムの中にある『魔力』と、パピの中にある【魔力】は作品が違うため、定義に些細な違いがあるはずなのだが共通する言語ならば設定を超越するらしい。
たとえばどこぞのゲームで魔法使いが新しい魔法を得られる巻物があったとするなら、パピが読んでも、アダムが読んでもそれを得ることができるのだろう。
魔力があるのだから。
「頭がおかしくなりそうな話だな。やめとけ、お前みたいなアホが考えても仕方ない」
パピは爪で和久井をズタズタにしようとしたが、先に和久井が口を開いた。
「なあパピ、一つだけ聞いていいか?」
『ウザウザウザウザウザ! 内容による!』
「お前、何で光悟を好きになったんだ?」
パピは目を細めた。
『アタシの空に虹を掛けてくれたからよ』
気取った言い方してんじゃねぇぞ。なんの参考にもならねぇわカス女が。
和久井はそう言ってやろうと思ったが面倒なのでやめておいた。
そもそもどんな答えが返ってきたところで参考になるわけがなかった。
なんだか虚しくなって席を立つ。
舞鶴はノーリアクションで、和久井を追いかけはしなかった。
ちなみにパピはあえて、あんな言い方をしてみた。
べつに嘘ではない。
それでも自分で言っておいて一瞬恥ずかしくなったので、聞こえないくらいの音量でボソッと呟いた。
『……ハートに来たのよ』
そこでパピの胴体が浮き上がった。
『ほぇ?』
◆
「おいおいおい!」
和久井は慌てていた。
パピの悲鳴が聞こえて戻ってきてみれば、見えたのは立っている舞鶴と、そのすぐ傍にある大きな魔法陣だ。
見覚えがあった。あれはベルゼブブが作った『口』だ。
するとそこで病院の待合時間を表示するモニタに、アダムが映る。
『やっぱりアホだねキミたち。腹の中で喋ったことは僕の耳に入るんだよ』
アダムはパピの首を掴んで掲げていた。
バチバチと黒い電撃がほとばしり、パピは悲鳴を上げて気絶する。
『パピがもう戻れるなら戻ってもらえばいい。本人が嫌だと思っても痛い思いをすれば考えも変わるだろう』
やられたと、和久井は思う。
そうか、そうだな。光悟たちが外に出ている今なら絶好のタイミングであることは間違いない。
狙われるのは当然だ。
パピが拷問されれば、人間の姿に戻ってしまうかもしれない。
そしてパピが瀕死の状態で胃の中に戻されて死ねば、創生魔法が使えるようになって、地球が大変なことに――
って、まあまあ、そこはわかった。
でも和久井には一つ、どうしても聞きたいことがあった。
確かアダムは自分で胃の中に入れる筈だ。
だったらここに来てパピを直接連れていけばいい。
「……なのに、なんで舞鶴を使った」
アダムは薄ら笑いを浮かべていた。
「ってか、てか、え? つか、お前もお前だろ。何で裏切ってんだよ……?」
もう思わず笑ってしまった。
掠れた笑い声に釣られたのか、舞鶴もひきつった笑みを浮かべていた。
「だって……、だって」
舞鶴の頭の中にアルクスの声が響いたのはついさっきのことだった。
魔法陣を展開するから、そこにパピを投げろ。
そうすればアダムが奈々実に会わせてやると言っていた。
なんてことを言われたので、投げただけだ。
「お前……! ぐふっ! うぅぅァ」
変な声が出た。悲しいのに、ひどく笑えてしまう。
「お前、信じたのか? アダムが本当に奈々実に会わせてくれると思ったのか? 奈々実はゲロル星人がお前を騙すために作った妄想なんだぞ」
和久井は、遠くにある受付モニターに舞鶴の映像を見た。
その日、舞鶴は必死に頼み込んで母親と一緒にお出かけした。
牧場があったので、そこにいった。
おいしいソフトクリームが食べれるらしいが、その前に空飛ぶUFOに牛と一緒に連れ去られて脳を弄られた。
孤独や寂しさ、大きなストレスが生み出そうとするイマジナリーフレンドの種を見つけられ、それをより鮮明に感じさせるように改造してあげようと。
「だ、だじゅげでぐだざい……! なんべぼじまじゅがら……!」
鼻血を流し、白目をむきながら舞鶴が懇願していた。
一緒に来てくれた母親は丸焼きにされて、皿の上に並んでいた。
ゲロル星人は笑うだけで、その言葉を無視して脳に電極を突き刺す。
「うぎぃぃぃいいぃぃい」
待ってて、もうすぐ会えるよ。
めちゃくちゃな世界でその言葉を聞いた。
本当の意味で、それが奈々実との初めての思い出だった。
「わかってる。わかってる……ッッ、けど!」
舞鶴が大声をあげるものだから、和久井は肩をビクっと震わせた。
「出会えるかもしれない! だって! 不思議な力があるんだから! そうでしょ? 現に和久井だって私と会えたでしょ!」
「オレに乗り換えてくれたんじゃないのか? そんなにオレが嫌いなのかよ……」
「だって、そりゃ、消去法! でも奈々実がいればッ! 全部ッッ、やっぱりそれは大切なのは! 奈々実だけだから!!」
舞鶴はアダムを見た。
「言わ! れ、たとおり! に! したから……! 奈々実に会わせて!!」
アダムは噴き出した。
『会えないに決まってるだろ。お前は本当に屑で馬鹿で救いようがないな』
「ぇ」
『嘘だよ。お前は簡単に騙された。お前みたいな屑は存在自体が害悪だ。少しでも良心が残っているなら、地球に赴く前に自殺しろ』
そこで映像が切れて、モニタは真っ暗になった。
舞鶴はしばらく固まっていたが、やがてガリっと音がした。
口から血が出てきた。舌を噛んだようだ。
ガブガブ噛んでいた。
噛みちぎろうとしたが、なんだか悲しくなって泣けてきたので上手くいかなかった。
激痛でさらに泣けてきた。
だがもうすぐ神様に会える筈だ。
ならば舞鶴は聞いてみたかった。
どうしてこんなゴミをお創りになられたのですか。
もしかしたらミスですか? ミスならばさっさと心臓マヒか事故か何かで殺して捨ててくださればよかったのに。
舞鶴はそこで倒れた。
真っ青になって、口からはダラダラ血を垂らしながら。
ゴポッと、喉が鳴っている。
和久井は何もしなかった。
肉人形を傷つけているだけなので死ねるかどうかは怪しいが、本人が死んだと思ったのならもしかしたら死ねるのかもしれない。
なので、和久井は何もしなかった。