第91話 キス-4
「………」
イゼはギュッと胸を抑えた。それに釣られてアイたちは自分の心を視る。
「哀れだ。アダムはマリオンハートなど存在するべきではないと言っていたな。正論ではないか。我々の存在は世界においての癌でしかない」
「いや、おれはそうは思わないけどね」
「?」
「おれの祖父と祖母は癌で死んだ。本当の病のほうでね。医学は進歩したがまだ人間はその壁を超えることができていない。あるいは奇病と呼ばれるもので今も多くの人間が苦しんでいる。だがマリオンハートがあれば医療のレベルを何段階も確実に跳ね上げることができるだろう?」
「それは、そうかもしれぬが……」
「病による死が絶対的な不運不幸だとは言わないさ。人はそれを運命と名付け、終わりの中で生きることに美学を見出すものや、大切なものを再認識する場合もある。あるいは不運を以てして学びを得るものもいるだろう。だがおれは、あくまでも人は寿命で死ぬべきだと思っている」
誠実に生きてきた人間が病に苦しみ、どうしようもない屑がのうのうと生きていると思うと気分が悪い。
「まあ、人は必ず死ぬというルールを変えるつもりはないけど、せめて最期の時まで理不尽なく生きるべきだ。頑張った人間が報われない世界なんて気持ちが悪い。おれが変えてやる」
それを可能にできる力がマリオンハートにはある。月神はそれを信じていた。
「知ってるか? キミたちの移住先である地球はあと五十億年で滅びるらしいぜ? だがマリオンハートがあればきっと滅びない」
「五十億年よりも遥かに早く滅びるかもしれぬぞ」
露悪的と思いながらも、口にせざるを得なかった。
「まあ、こうして悪用されてしまってはいるが……、それはこれからさ」
「前向きな、お兄様も素敵……!」
「とにかく、おれは未来を見捨てない。それが生きている者の責務であると思っている」
そもそも月神たちがマリオンハートを掘り起こさなかったとしても既に存在していることは事実だ。
他の誰かが使うより、月神が管理するほうがよほど世界のためになると自負していた。
「そう、か」
イゼはそこでもう一つ、大きな問題に向き合うことにした。
「安平舞鶴」
イゼに睨まれ、舞鶴は和久井の後ろに隠れた。
「学校の生徒たちを殺したのはお前なのだな」
「あー、えっと、あれだ。そう、アレだよアレ!」
舞鶴は何も言わない。かわりに和久井が頭をかいた。
「まあ、もういいじゃねぇか。全部アダムが用意した人形だったんだし」
「しかし、あの時はそうじゃなかった」
「ゲロルが悪いんだよ! 舞鶴は悪くねぇ! コイツはただッ、友達に会おうとしただけだ!」
イゼは言葉を探していると、光悟が舞鶴の前に立った。
「安平舞鶴。二度と間違えてはいけない」
ジロリと睨まれている気がして、舞鶴はすぐに視線を逸らす。
「オンユアサイドでお前は俺たちを助けてくれた。あの選択が正しかったのだと、どうかわかってほしい」
「真並くんの言うとおりだ。改めてキミたちに残された選択肢は二つ。地球で生きるか、ここで死ぬか。地球で生きるからには地球のルールに従ってもらう。ここで変われないなら、いっぞ死んだほうがいい」
「え……ッ」
「今ココでおれが殺してやるよ。そう言ったのさ」
舞鶴は和久井の肩を掴んでブルブル震えていた。
「いけないぞ月神。殺すなんて言っちゃダメだ」
「そ、そうだそうだ! ちょっと待てよ月神、皆もわかってるさ。なあ?」
魔法少女たちは頷いた。
舞鶴も和久井の後ろでコクコクと頷いていた。
その時、轟音。
和久井が慌てて窓の外を見ると、アポロンの家がある方向から炎が上がっている。
「移動しておいて正解だったね」
月神は小さく笑うが、ミモとモアは泣きそうな顔で胸をギュッと押さえた。
いろいろな思い出がある。
たとえそれが偽物だったとしても、そこが壊れていくのは悲しいものがあった。
「……これからどう生きたい? 俺たちにはきっとそれが必要だ」
その想いを汲んだのか、光悟がハッキリとそう口にした。
「俺も答えを見つけた。でもそれは単純なものだ」
ティクスの力は強力だが、その本質はみんなが持ってる。
それはイゼやアイ、ミモやモアの中にもきっとある。
「このままなら地球は大変なことになる」
もしもゲロルが本物となり、地球に降り立てば、多くの人間が死ぬ。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
「だから、世界を救いに行こう」
それに、ひとつ付け加える。
「やられっぱなしは、悔しいからな」
イゼは、アイは、ミモは、モアは、バラバラではあるが、しっかりと頷いた。
◆
「どういうことです!?」
サンダーバード、ネッシー、ビッグフット、チュパカブラ、モスマン。
ユーマたちの中心にいる市江は困惑していた。
光悟たちがアポロンの家にいるという情報があったから行ってみれば、何かがおかしい。
家を破壊してみたはいいが中にいる光悟たちは全く傷を負っていない。
炎の中で椅子に座っている。普通に喋っている。
市江は走った。
瓦礫を乗り越えて、存在しない壁にもたれかかっている月神に触れる。
「!」
腕がすり抜けた。
そして月神の体にジャミングが走る。
そういうことか、イブは周囲を探す。すると上空に浮かぶドローンを見つけた。
「どんな理由があって、アダムたちに協力しているのかは知らないが――」
ゾッとした。そこには何もなかった。
「俺はお前を止める」
しかし空間にジャミングが走ると、光悟と魔法少女が横一列に並んでいた。
透明化して監視を潜り抜けていたようだ。
イゼ、アイ、光悟、ミモ、モア。全ての瞳が市江のむこうにいるイブを見ていた。
瞳の奥に輝く光を見ていると、なんだかとても理不尽に感じてしまう。
「悔しくないの?」
「………」
「悲しくないの!?」
市江の姿ではあるが、誰もがその言葉はイブのものだと理解する。
「そりゃッ、幸せにしてくれたならいいけどッ、そうじゃないの! ワタシたちは宇宙人の駒にされてたの! それだけじゃなくてワタシは――!」
言おうとして、グッと堪えた。
「どぉしてワタシたちを不幸にしようとした地球人たちと一緒に暮らせるっていうの……ッ?」
誰よりも早くイゼが前に出た。手を伸ばす。イブに向かって。
「私たちがいるからだ」
イゼは、後ろにいる魔法少女たちのことを言っている。
それはわかってる。わかっているからこそ、なんだか腹が立った。
「そんなに仲良くなかったくせに! ここに来て友達面なの!?」
「だったら仲良くなればいいさ! 私たちは同じ苦しみを知っている! ならば、傷を埋めることもできる筈だ!」
「違う! ワタシのほうが何百倍! 何億倍も辛かった!」
市江は俯き、顔を覆う。
あんな想いを味合わせて楽しんでいた人間たちが住む世界で生きるなんて、それこそ死んでいった苺はどうなる?
認めては、それが本当の死になってしまう。
「………」
光悟は腕を組む。口を開こうとして、やめた。
同じようなことをイゼがもう口にしていたからだ。
「アダムはお前に何をしてあげたのだ?」
「ワタシを助けてくれたの!」
市江は震えながら、目を潤ませて叫んだ。
「あの地獄から誰よりも早く!!」
「違う!」
大声で叫んだのは、向こうにいるアダムに声を届けるためだ。
「見ているかアダムとやら! 見ているなら問おう! これはなんだ!」
アダムは、見ていた。
「見ろ! 命を救っただけだ! まだ苦しんでる! その証拠に震えているではないか!」
市江はグッと手を掴んで震えを止めた。
黙れと言わんばかりにサンダーバードの目からレーザーを発射してイゼを狙う。
しかしその光線はすぐに虹の結界に遮断された。たまらなく腹が立つ。
市江も、イゼも。
「いつまで下らないことに固執して彼女を縛り付けるつもりか!」
詳しい事情はわからないが、アダムは市江を助けておきながら、彼女と同じ運命を地球の人々に辿らせようとする。これを下らないと言わずして何を下らないと言うのか。
「痛みを負ったなら同じだけの痛みを他人に味合わせてもいいのか? それがお前が自分の物語で学んだことか! だとするならば愚かにも程があるぞ!」
イゼは両手を広げ、魔法少女たちを示す。
「答えろアダム! 彼女たちを見てもッ、まだお前は同じことを口にするのか!」
「うるさいです! アダムを困らせないでほしいですッ!」
市江は左手にカーバンクルを被せ、そのまま両手でイエティを変形させたハンマーを持った。
「行くぞ」
光悟の声に、少女たちが頷く。
「偉そうです! 変身もできないくせに!」
市江がハンマーを前に向けると、それを合図にしてユーマたちが一斉に動き出す。
モスマンは超高速で突進を仕掛けてイゼを肉塊にするつもりだった。
ネッシーは口から水流を発射してモアを真っ二つにするつもりだった。
ビッグフットは大きな足でミモをサッカーボールみたいに蹴り飛ばすつもりだった。
チュパカブラはアイを母親のようにミイラにするつもりだった。
ユーマたちはご丁寧に元の装着者を狙っていた。
しかし共通することは、いずれも少女たちに傷一つつけることができなかったという点だ。
「そ、それは……! どいうことです!?」
イゼが西洋剣を持っていた。
アイがサイバーな銃を持っていた。
ミモが燃えるグローブをつけている。
モアが小刀を逆手に持っていた。
衣装も変わっている。
イゼは紫を基調としたブレザー。
アイはオレンジを基調としたサイバーパンクをイメージした衣装。
ミモは大きなスリットが入った赤いチャイナドレス。
モアはくのいちをモチーフにした青い衣装。
「ミモにデザインしてもらった」
「そうじゃなくて……ッ!」
そこで市江は理解する。
「真並ッ、光悟……! 貴方はどこまでも邪魔をするんですね」
「"セブンスコード"。ティクスの各形態の力を、俺が指定した人間へ与えることができる力だ」
それを見ていたアダムはおかしいと光悟へ伝える。
ティクスの力のことは調べたし、何よりも捕食したことで把握しているが、そんな力はなかった筈だ。
「さっき作ったからな。これは俺たちだけの能力だ」
「め、滅茶苦茶です! インチキです!!」
市江は否定するようにユーマたちを再度向かわせるが――
「正義の凍志! 魔法少女! プリズムパープル!」
イゼが剣を振るうと、冷気が拡散してユーマたちの足元が凍り付く。
「光で貫く! 魔法少女! プリズムオレンジ!」
アイが銃から追尾する光弾を連射して、ユーマたちの電子機器を狂わせる。
「燃えろパッション! 魔法少女! プリズムレッド!」
動きが止まったところでミモが指を鳴らした。するとユーマの眼前に爆発が巻き起こり、後ろへ吹っ飛んでいく。
「澄み渡る魂! 魔法少女! プリズムブルー!」
分身したモアが竜の頭部状エネルギーを纏わせた掌底をユーマたちに打ち当てていく。
「違う。違う! こんなの私が欲しかったお話じゃないッ!」
ユーマをかき分けて市江が前に出た。
ハンマーを振り下ろすが、そこで視界いっぱいに広がる七色の信念。
辛いことや悲しいことから、人は逃げることができない。
悔しさを耐えるけど、時に器から漏れ出てしまう時がある。
だから拳を振り上げてみるけど、振り下ろす相手はあまりにも大きくて姿が見えないものだから恐れてしまう。
行き場をなくした拳を違う場所に叩きつける者や、下げ方を忘れてしまった者。
いずれもそれは酷く虚しくて、苦い敗北感だけが残り続ける。
あの見えない大きな何かを超えたくて、人は考えた。
あの苦しくて辛い何かとは――、そうだ、見つけた。
悪、だ。
我々の常識を超えた巨悪が存在していて、僕らの心を悪くしようとする。
たとえばそれ秘密結社。秘密にしてあるのだから、そう簡単には見つからない。
探そうと思っても、倒そうと思っても、なかなかうまくいかない。
そんな悪を超えるものがあるとすれば、それはただ一つ。
僕らにはできそうでできないことをしてくれる存在があるとするなら、それは――
「戦えない人たちのためにティクスがいる! 正義の虹よ! 俺は極光戦士! プリズムレインボー!」
「うぁぁあぁっづ!」
光悟が放った虹色の衝撃波が市江を弾き飛ばす。
並び立った魔法少女たちと、その中央にいた光悟は同時にポーズを決めた。
「五人そろって、虹色戦隊プリズムファイブ!」
五人の背後で虹色の爆発が巻き起こった。